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転生令嬢はバリアフリー王国の夢を見る  作者: 黄猫屋トモロヲ


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18/22

17:エレベーターの作り方

4歳児がエレベーターについて語ります

 私の記憶の中の知識を辿ると、クレーンとエレベーターにはいくつかの共通点があることがわかる。


 目的として共通するのは、重量物を吊り上げること。そして、そのための構造として共通するのは滑車の原理を用いることだ。


 高所に設置された滑車にロープをかけ、その片方の先端を荷物にくくり、もう片方を人の手が持てば、人の手が引き下ろす力が滑車で向きを変えて伝わり荷物を引き上げる力になる。そのような役割を果たす、固定された滑車を定滑車と呼ぶ。

 その定滑車の仕組みを基本構造に取り入れているのがクレーンでありエレベーターである。


 私の知るエレベーターの仕組みで単純なものを挙げると、次のような構造だ。

 カゴをワイヤーロープで吊り上げ、そのロープを上端の定滑車(動力を兼ねるため駆動綱車と呼ぶ)に巻き付け、折り返した先に釣り合い重り(カウンターウエイト)を吊り下げる。これにより両端の自重を相殺する。相殺しきれない分の重量をブレーキの力で支え、モーターの力で駆動綱車を回転させ、ロープを巻き取る力でカゴに乗った人や物を上下に運搬する。

 構造としてはシンプルに見えるけれど、当たり前のように人が乗って利用出来るのは、各所が電気仕掛けで制御され、何重にも安全装置が働いているおかげだ。電気が無ければ安定した運転を行うのは難しいだろう。


 そう、この国には電気がない。


 物心ついて最初の頃は、スピニグラードが田舎で、お屋敷も古い建物だから電気が通っていないのかとも思った。照明がオイルランプやロウソクなのも、何か事情があってそうしているのかと思っていた。

 だけど、交通手段が馬車だったことや、こんな活気のある王都でも同様に電気が使われていない様子を目の当たりにすると、文明レベルそのものが私の前世で知る世界とは別物だと思い知るようになった。


 けれども、電気が無ければ無いなりに別の方法を考えれば良い。エレベーターを動かすためのその方法に、私は思い当たっていた。


◇◇◇


「エレベーターだって?」


 ラッセル先生は私の叫ぶような発言に興味深げな反応を示した。


「はい。高い場所と低い場所を移動するための乗り物です」


「ふむ、昇降機か。王都のお屋敷では地下の調理場から上の階へ料理を運搬するのに使われているね。古代の建築でも人を別のフロアに移動させるための仕掛けが見つかっている。そういったもののことかな?」


 ラッセル先生が確認する言葉に、私は頷く。

「はい。それらよりもっと大きく、もっと高いところまで人を運ぶ乗り物です」


「それを、このクレーンを見て、思いついたと?」


 再び頷く。


「聞かせてくれるかな? まず、どうしてそんなことを思いついたんだい?」


 そこで私は、昨日この足で登った約束の丘について話す。


「あの丘の上にたどり着くには、登山道の手前で馬車を降りて、九十九折りになった階段状の坂道を長時間歩く必要があります。健康な人なら問題のない距離ですが、足の不自由な人や、お腹に赤ちゃんのいる人には大変な道のりだと感じました」


 自分にとっても大変だったけど、そこは割愛しておく。


「あの場所には馬車が入っていけるルートが無いからね。勾配が急すぎるから道を整備するには相当山肌を削り取らないといけない」


「そうした場合、おそらく丘そのものの形も変わってしまうのではないでしょうか」


 ラッセル先生の説明に、モーガンお兄ちゃまが懸念事項を付け加える。


「あの場所は歴史的にも価値があるし、人気の観光スポットでもある。みだりに手を入れて形を変えてしまうのは問題だね」


 問題だね、と言いながらも、その表情はどこか楽しそうに見える。


「なので、登山道の横にエレベーターを設置すれば、景観に大きく手を加えることなく誰でも簡単に丘に上がれるように出来ると思うんです」


「そのエレベーターに、このクレーンの技術を使おうというんだね。だけど……」


 ラッセル先生は真面目な授業を開始するような顔つきになって腕を組む。


「このクレーンは、屈強な男が3人以上で稼働させることを想定しているんだ。安全確認などで、実際にはもっと多くの人数が必要になるだろう。商業的な施設でもないのに、そのような人員を配置するのは現実的とは言えないだろうね」


 模型を見る限りクレーンの動力は人力である。貨物を扱う現場であれば、それなりの人員を置いておくのは理にかなっている。けれど約束の丘を訪れるのはバートリー夫人のように墓所を訪れる人や私たちのように史跡めぐりで訪れる人、または景観を楽しむためにやってくる人たちだ。ある程度の利用者数は見込めるものの、そのためにどれほどの稼働人員を用意できるだろう。


 とはいえ、私の想定する人員の数はそこまで多いわけではない。


「人を置く必要はあるでしょう。けれど、私の考えるエレベーターでは、このクレーンのように動力を担当するための人員は不要なのです」


「ほぉ? ではどのようにして動力を確保するのかな?」


 そう問うラッセル先生の眼光は、学生とディスカッションを行う教師のそれだ。探るようでもあり、期待するようでもある。


 私はマデリンから聞いた丘についての逸話を思い出す、


「あの丘の土地は、かつては川から水路を引いたり、蓄えた水を放水して登山道を水浸しにしたり出来るほど、水の利用に事欠かない場所でした。今でもその川の水が利用出来るのではないかと考えています」


「水車の力を利用するわけかな? 必要な動力を確保、伝達出来るか難しそうではあるが……」


 先生の疑問を呈する声に、私は首を振って否定する。


「いいえ、水車ではありません。水そのものの重さを利用するんです」


「水の重さを?」


「はい。……ええと、そうですね。何か書くものを貸していただけますか?」


 口頭での説明に限界を感じた私が筆記具を所望すると、モーガンお兄ちゃまは自分のデスクから紙と鉛筆を持ってきてくれる。


 私は受け取った紙を空いている製図デスクに広げ、エレベーターの概略図を描きはじめる。

 その構造は、ある点を境に2つの領域に分割される。右側にはカゴを中心とした構造。左に釣り合い重り(カウンターウエイト)を配置した構造を描く。それらを隔てるのは図の中央最上部に配置された定滑車・メインシーブである。ロープを示すラインはメインシーブから下ってカゴの下を通り右へ抜け、さらに右上端に配置された滑車へと持ち上がっている。


「ここがカゴと釣り合い重りを隔てるメインシーブになります。カゴはメインシーブから先のウエイトと、右上の滑車の先の固定端によって支えられます」


 カゴの下からは二つの滑車が生えており、それを介してロープの上に乗っている。トロッコのような見た目だ。


「これは、動滑車だね。カゴの重さの半分は固定端で引き受けるわけか」


「はい。こうすれば各部の負荷を軽く出来るので」


 そこでいったん顔を上げると、ママさんとメアリさんが目を丸くしている。私とラッセル先生が当たり前のように滑車の仕組みについて言葉を交わしていることに驚いたようだ。モーガンお兄ちゃまは感心したように話の続きを待っている。


 さすがに4歳児の話す内容としては行き過ぎ感が否めないけれど、この機会を逃すわけにはいかないので今は気にしないことにする。


「ここからが重要です。ウエイト側に、水を溜めるバケツのようなものを追加します」


 そう言って、私はカウンターウエイトに寄り添う形でもう一つのウエイトを描き足す。


「ここに川から引いた水を溜めます。ウエイト側の重量が人が乗ったカゴをやや上回るくらいの重量になるまでです。このときカゴはブレーキによって下のフロアに留まっていますが、ブレーキをリリースすることで上昇します」


「下る場合は、水を捨てれば良いわけだね?」


「はい。ワイヤー操作で給水と排水を切り替える構造を考えています。あと、速度の制御をする仕組みも。なのでこのエレベーターを運転するのに人の手が必要なのは給排水とブレーキの操作になります」


「制御操作だけで重量物を運搬するわけか……ふむ、なかなかに興味をそそられるね。是非とも実現してみたいものだ」


 おお、これは好感触なのでは?


「これを約束の丘に設置したいのですけど、できますか?」


 私のプレゼンはここまでだ。ここから先は専門家の判断に委ねるしかない。


「観光を誘致して利用料を得る名目にすれば許可は下りると思う。ただ、すぐにというわけにはいかないだろうね」


「どのくらいかかりますか?」


「来年度の都市開発計画はすでに予算を通過して承認期限が過ぎている。今から新しい開発を申請するとなると、再来年度以降になるね」


 それではバートリー夫人を1年以上待たせることになってしまう。さすがに見通しが甘かったか。


「研究室の研究工事予算で進めれば良いのではありませんか?」


 その声は書類に埋もれたデスクの向こうから聞こえた。

 そして、その影からクセの強いアッシュブロンドを無造作に束ねた丸眼鏡の女性が顔を出す。


「今年度の研究開発費がいくらか残っています。そちらを初期費用に充てて、着工費用は翌年度予算を仮計上すれば問題ないかと」


「いつからいたんですか」


「ずっといましたよ」


 物音がしないので、この部屋にはラッセル先生とモーガンお兄ちゃまの二人しかいないのかと思っていた。他の机の書類の影にも人が潜んでいるのではなかろうか?


「彼女はオリビエ。ここでは積算を担当してもらっている」


「積算」


「実際に物を作ったり工事をするときにいくらお金がかかるのかを計算して、予算を使う許可をもらうための書類を作るんだ」


「そのためには工数に抜けが無いようお願いしたいのですよ。後から後から工程を増やされて、その都度修正予算を申請して経理部から嫌みを言われる身にもなってください」


 普段から苦労されているようだ。


「この研究室の予算は王都の都市開発予算とは独立しています。新しい設備の研究目的であれば予算の承認は難しくないでしょう」


「なるほど、設備試験を約束の丘で行うというわけか。そいつは思いつかなかったな」


「だいたい、試験データもないのに本番開発予算が通るわけはないでしょう」


 しっかりしてくださいとばかりにため息交じりだ。この部屋で一番のしっかり者はオリビエさんで間違いないだろう。


 話をまとめると、この研究室に割り当てられた予算でエレベーターの試験機を約束の丘に建設し、試験データを取り終えた後は一般利用に回すということらしい。


「よし、決まりだな。ヴィリアーチェくんはエレベーターの設計草案をまとめてくれ。問題なければモーガンくんはそれを元に設計と模型の製作。そこから工法の策定をして、それが終わればオリビエくんの仕事というわけだ」


「わかりました」

「御意に」

 やや緊張の面持ちのモーガンお兄ちゃまと、クールにメガネを直すオリビエさん。


 当然のように私に仕事が割り当てられてるんだけど、良いのだろうか? 責任重大だ。けれど、そうと決まれば私も気を引き締めねばなるまい。王都に滞在中に設計の草案を仕上げないと。


 急遽結成されたエレベーター開発チームのメンバーになった私。そんな私が決意を新たにするのを、ママさんとメアリさんは唖然とした面持ちで見ているのだった。



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