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転生令嬢はバリアフリー王国の夢を見る  作者: 黄猫屋トモロヲ


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16/22

15:約束の丘にて

 正門のある西側を王都の正面とするなら東側が背中となる。その背部を支える強固な城壁、それは自然が長い刻をかけて築きあげた偉大な山脈だ。尾根に近づくほど、その斜面は険しいものとなり、そこを登るのも下るのも相当なリスクがあるのだろうと素人の私にも見て取れる。極めつけは、その頂から稜線にかけて粉砂糖をまぶしたように広がる真っ白な雪渓だ。おそらく万年雪だろう。その美しくも威厳に満ちた佇まいには、王家モンブランがその名を冠するに至った理由として納得できるものがある。


 王都サンサリアは、そんな山の裾野に抱かれた山麓都市だ。人々が暮らす土地で最も上層且つ東に位置するのが王宮のあるエリア。そこから北に逸れてさらに上へと九十九折りの細い山道を進んだ先に、山肌に張り出した小さな丘がある。どうやらそこが、本日マデリンが引率する王都観光ツアーにおいて最も重要なスポットだったようだ。



「西国歴一六四五年、帝国の追撃を逃れた亡国の王女エレンシア、そして彼女を護り、密かにこの地へと送り届けた英雄たちは、来るべき戦いに備え、この丘に難攻不落の砦を築いたのですわ!」


 私が細い階段状の山道を登り終え目的地にたどり着くやいなや、マデリンは堰を切ったように語り始める。


「険しい山の中腹にあるこの丘に資材を運び上げるのは容易なことではありません。そこで! 英雄たちは付近を流れる川から水路を引き込み、筏を使って周辺より伐採した木材や採掘した石材を運び入れ、瞬く間に強固な砦を造り上げたのです!」


 どこぞの太閤の一夜城を彷彿とさせる話だ。


「間もなく帝国はこの地に王女がいることを嗅ぎつけ、四千の兵を率いて攻め込んで参りました。対する英雄軍の精鋭は二百! けれど要塞と化したこの地においては戦力比は問題になりませんでしたの! この地の下層から上層へ攻め込むには、限られたルートを通るしかありません。仕組まれた攻略ルートへと敵軍を誘い込み、英雄軍は後退しながらも地の利を生かして一方的に相手の戦力を削ることが可能だったのです! 英雄たちはあたかも苦戦し敗走しているように見せかけ、敵兵が体勢を立て直す必要を感じないように最終防衛ラインへと誘き寄せました!」


 その仕組まれた攻略ルートに関しては、この丘へ来る前の道中でマデリンの実地解説を交えたレクチャーにより履修済みである。


「そして最終防衛ラインであるこの砦の下までたどり着いた帝国兵の数は四百! 上から浴びせられる投石に対し、焦る敵軍は、勢いで押し切ろうと一気に坂を駆け上がりました。それこそが! まさに英雄の思うつぼだったのです!」


 マデリンの語る熱き戦いの物語はいよいよ佳境へと差し掛かる。


「九十九折りの道を敵兵が埋め尽くしたのを好機と見定め、ラングシュタイン将軍は水門の開放を命じました! 水路から引き込んだ川の水でダムを満たしていたのです! 狭い山道で逃げ場のない帝国兵を突如激しい水の流れが襲う! 足を取られた帝国兵は山道を踏み外し、急斜面を転落! いかに勇猛で知られる帝国兵といえど無傷ではいることなど不可能! 帝国軍の戦力は瓦解し、ここに雌雄は決したのです!」


 私たちの登ってきた細い道が水攻めにされるところを思い浮かべると、すこし身震いしそうになる。高所恐怖症というわけでは無いけれど、高いところはそれなりに苦手だ。人類が持つ生存本能だから仕方ないね。


「その後も護りを固め、帝国のさらなる強襲を打ち払いながらこの地にとどまっていた王女と英雄たちの元へ吉報が届きました。帝国が内部からの分断により消滅したという知らせでした。英雄たちは危機が去ったことを祝し、ここにエレンシアを初代女王とするサンサリア王国の建国が宣言されたのですわ!」


 マデリンはぐるりと背後へと振り向き、諸手を突き出すように掲げる。


「建国に際し、かの王女と英雄たちが一堂に会したこの場所こそが! サンサリア王国発祥の地と呼ぶにふさわしい場所なのです!」


 マデリンの視線の先では、崩れ落ちた建物の残骸のような瓦礫が、高く生い茂る草の隙間から見え隠れしていた。


「……と、ここまでがラフカーディオの著書、サンサリア建国戦記に記された王国成立の流れですの。なにかご不明な点はありましたでしょうか」


 振り返ったマデリンはモジモジとどこか照れくさそうにしている。私は惜しみない拍手で答えた。


「すごくわかりやすかった! マデリンは歴史に詳しいんだね! 尊敬するよ!」

 平和そのものに見える王都の町並みにも戦いの歴史があったのだと知れれば、丘から見える景色も先ほどまでとはどこか違って見える。興味を抱かなければ、おそらく向こう数年は知ることの無かった知識だろう。そのような知識を持った相手には敬意を表したい。


「ヴィーチェにそう言っていただけますと、わたくしとても光栄ですわ!」

 マデリンは安堵とはにかみが混ざったような笑顔を見せる。おそらく不安だったのだろう。己の知識を語る相手が、はたして自分に理解を示してくれるのかということが。


「あちらに記念碑がありますの。志半ばで倒れた英雄の同士が眠る墓所もありますのよ! さあ参りましょう!」


 記念碑はともかく、お墓は嬉々として向かうところではない気がするけど、マデリンが楽しそうなので良しとしよう。


◇◇◇


 その高台では、一面に小さくも可愛らしい花々が咲き乱れており、空中庭園と形容された先日のお茶会の場を思い起こさせた。花々の隙間からは故人の眠る場所を示す小さな石碑が顔を出し、その周囲はきれいに手入れされ、そこを訪れれる人の存在を示している。


 事実、その場所には先客がいた。


「バートリー夫人」


 私が呼びかけると、その人物、ミレイユ・バートリー子爵夫人は少し驚いた顔をした後、優しく微笑んだ。


「ごきげんようラングシュタインのお嬢さん。それにバヤリスのお嬢さん。昨日のお茶会では、素敵なイルカをありがとう。懐かしい友達に会えて嬉しかったわ」


 夫人は後から来たママさんやバヤリス夫人とも挨拶を交わし、会話の流れから、トマス君がお昼寝しているところを義母に見てもらっていることや、この場所を訪れた理由について話し始める。


「この場所には、私の母が眠っているんです」


 石碑の一つを見つめながら、バートリー夫人が語る。


「母と二人で王都で暮らしていた頃、よく母に連れられてこの場所に来ていたんです。ここからだと、父の船が戻ってきたことがにすぐわかるからだと言って」


 墓所のある高台からは、王都の外壁を越え、そこから続く街道の先で青い水面と空が交わる場所までを見通すことができた。


「父と母は結婚前、この丘で約束したそうなんです。父は次の航海が終わって帰ってきたとき母と結婚することを。母は父の帰りを信じて待つことを。そして約束通り二人は結ばれました。私は母からその話を聞いて育ちました」


 過去を懐かしむように語る夫人の声は穏やかだった。


「母は生前、この場所で父の乗る船を見つけるのが楽しみだと話していました。父はそんな母の言葉を覚えていて、母の眠る場所をここに決めたようです。そのおかげで私が子爵家でお世話になる間も、ここへ来て母とともに父の帰りを待つことができたんです」


 そこでバートリー夫人は言葉を句切り、視線を彼方へ向ける。


「これからも母と一緒に父の帰りを待つつもりでした。……けれど、もうすぐ冬になりますし、お腹の子のこともありますので、しばらくの間それも難しくなりそうです」


 バートリー夫人は腹部に手を当て、視線を落とす。


「お腹に赤ちゃんがいるんですか?」


 私の問いかけに、バートリー夫人は微笑みで肯定する。

 そこに宿る新しい命を思えば、この丘へ続く道を上り下りするのは危険なのは間違いないだろう。


「私が母に会いに来られない間も、きっと母は父の帰りを待ち続けてくれると思います」


 その言葉には、どこか割り切った思いが込められているように感じられた。


 そして私たちはバートリー夫人と別れ、約束の丘を後にした。


◇◇◇


 翌日、私はママさんとともに再び王宮を訪れていた。お茶会のメンバーとともに芸術鑑賞するのが目的だ。王宮のホールで王家お抱えの楽団と演者たちによる歌劇が披露された。子供でも理解しやすい易しめの演目が選ばれたことがうかがえるが、子供たちの大半はあまり集中できていない様子だった。けれど、これといったトラブルもなく、その日のイベントは平和に消化されていった。


 そして私は今、王宮の一角にある謎の建物の中にいる。

 建物の長い廊下にはいくつもの扉が並んでおり、扉の横には名前らしきものが書かれた金属のプレートが取り付けられている。

 この光景に奇妙な懐かしさを感じるのはなぜだろう?


 プレートの文字を確かめるように私の手を引いて廊下を進むママさんは、ある扉の前で歩みを止める。


「ここがモーガンお兄さんのお世話になっているラッセル先生の研究室よ。ご挨拶しましょう」



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