14:王女接近注意報
本宮から続く渡り廊下の扉から現れた人影は、小学校の中学年に差し掛かったくらいの少年に見えた。
サミュエル殿下と同じく金の飾緒をあしらった白い服をまとっていることから、この子も王族であるらしいことがうかがえる。
さて、私が「少年に見えた」という言い回しをしたことにお気づきだろうか。そう、あえて断定を避けたのだ。なぜなら装いこそ男性的であるものの、その容貌は少年と言い切るにはいささか艶やかさに勝ちすぎていたからだ。そしてその判断は正しかったようだ。
「これ、ジャクリーヌ! お客様がいらっしゃる前で、はしたない!」
王妃様からぴしゃりと叱責を受け、“彼女”は肩をすくめ縮こまった。
彼女の動きに合わせ、サラサラストレートの前下がりボブがアッシュブロンドの輝きを湛えて揺れ広がる。
彼女こそ、国王夫妻の第一子にしてサミュエルの姉、王女ジャクリーヌであった。
「母上、このお茶会のこと私には教えてくれなかったですよね」
「今日招待したのは、3歳から5歳までのご子息ご令嬢を持つ夫人たちです。サミュエルも同年代のものと顔を合わせる良い機会だと思ったのですよ。ところで、あなたはどうしてこちらへ?」
「やっとヘルマン先生の授業が終わったのです。一刻も早くサミュエルから弟分を摂取しなければと思い探していたところ、母上とこちらにおられると聞いて来てみれば……」
お片付け中の子供たちに視線をめぐらせていたジャクリーヌ殿下が、サミュエル殿下と、その横の私を認める。その一瞬後には、すぐ目の前に彼女の姿が迫っていた。
「サミュエル、こちらのお嬢さんは?」
キラキラエフェクトが付きそうな優雅な所作を交えつつ問いかけるジャクリーヌ殿下は、ある意味サミュエル殿下よりも王子様っぽい。
「ラングシュタイン侯爵家のヴィリアーチェ嬢だよ姉上」
対する本物の王子様が、どこか感情を失った声で紹介してくれる。
「はじめましてヴィリアーチェ嬢。私はジャクリーヌ・モンブラン。弟のサミュエルが世話になったようだ」
「お初にお目にかかります王女殿下。ヴィリアーチェ・ラングシュタインと申します。お会い出来て光栄です」
ちょこんと小さくカーテシーをしてみせる。
「……っ!」
顔を上げる前に、息をのむような音が聞こえたのは気のせいだろうか。
「ジャクリーヌ、他家のご令嬢を驚かせてはいけませんよ」
自由すぎる王女の振るまいを放っておけないと感じたのか、王妃様も階下へ下りていらした。
「母上、五日後の私の誕生会に、彼女を、いえ、この場にいる全員を招待いたします」
そして唐突な宣言。
「ええ? 今回の誕生会は、ごく近しい人だけ招いて行うプライベートパーティーですよ? そんな場に一部の貴族家の方だけを招待するのは、好ましいことではないとわかるでしょう?」
ふむふむ、王妃様の言うことはもっともだ。私的なパーティーに政治的な意味が生まれることを恐れてるんだね。
「招待客はあくまでも子供たち。夫人たちはその付き添いという形式を明確にいたしますので、どうかお許しください。なあサミュエル、お前からも頼んでくれ。お前も友達に来て欲しいだろう?」
助けを求められたサミュエル殿下は、どこか諦めムードだ。普段から強引な姉に振り回されているのかもしれない。
「母上、私からもお願いいたします。今一度彼らの人となりを目にする機会を得たく思います」
我が子二人からの求めに、王妃様は根負けしたようだ。
「わかりました。その代わり招待状の手配は自分でするのですよ」
「ありがとうございます母上! ヴィリアーチェ嬢、五日後の招待、楽しみにしていてくれ。それでは急いで手配してくるので、これで」
そうしてジャクリーヌ殿下は本宮へ続く渡り廊下へと消えていった。すごかった。なんだか予期せぬ夕立に遭った気分である。
「驚かせてすまないヴィリアーチェ嬢。姉上は年下の人間に対して強い関心を抱くクセがあるようなんだ」
「はぁ、年下に」
「いつもは私が相手をしているのだが、思わぬ光景を目にして歯止めが効かなくなったようだ」
それはなんともご苦労が忍ばれる。
「だけど、招待を受けてくれるというなら、僕も嬉しく思う。また話を聞かせて欲しい」
さっきの話の続きをご所望なのだろうか。まだ私に教えられることがあるのか、正直自信はないけど頼まれたからにはベストを尽くそう。
「はい、私で良ければ、喜んで」
こうして、この日のお茶会はお開きになったのである。
◇◇◇
「あと少しですわ! 頑張ってくださいヴィーチェ!」
私の足腰が悲鳴を上げ続けるのとは対照的に、マデリンは目の前の階段坂を軽やかに駆け上がっていく。
いや、こんなにきついとは聞いてないんですけど。
周りを確認すると、護衛の騎士さんたちはもとより、ママさんにメアリさん、バヤリス夫人までもが涼しい顔で階段状に整備された急勾配を登っていく。この中で私だけ体力が極端に低いらしい。
「ヴィヴィちゃん頑張って。もう少しよ」
ママさんは手を貸してくれるそぶりも見せず、私がひいこら登る様を笑顔で見守っている。この人意外とスパルタかも。
そうしてどうにか最後の階段を登り終えると、少しひらけた場所に出た。そこは山肌の中腹に張り出した小さな丘であった。
先に到着していたマデリンが、両手を広げるようにして高らかに宣言する。
「ここが王都一番のおすすめスポット、“約束の丘”ですわ!」




