12:あの日見た笑顔
お待たせしました! 主人公視点再開です。
……と、言いたいところですが、途中から再び三人称視点となります。
「みんな、注目!」
マデリンが手を打って号令をかけると、めいめいの遊びに熱中していた子供たちが手を止め、何事かと彼女とその横の私を見る。
「まだ遊び足り無いと思うけど、もうすぐお片付けの時間です。でも、このまま終わりにするのはちょっと寂しいよね。だから最後にみんなでお母様たちをビックリさせてみるのはどうかな」
「びっくり~?」「なにするの?」
子供たちはマデリンの言葉に興味を持ったようだ。さすが人を乗せるのが上手い。
「それは今からこの子が教えてくれます。よく聞いてね」
マデリンからバトンを渡された私は覚悟を決めて口を開く。
「お絵かき組のみんな、さっきは積み木の遊びを教えてあげられなくてごめんなさい。今からみんなとも積み木を使った遊びをしたいんだけど、一緒に遊んでくれる?」
私にはマデリンのように相手を上手く乗せて動かすような器用さはない。ただお願いするだけだ。
「いいよ!」「遊んでみたい!」「教えて~」
元々積み木倒しに興味を持ってくれていたからだろう。子供たちは皆嫌な顔もせず応じてくれる。全員に了承してもらえてホッとしたけど、断られたらそれなりにショックだったろうなと思う。
「みんな、ありがとう。あともう一つ聞いて欲しいことがあるの。お母様たちをビックリさせるのはもちろんなんだけど、一番の理由はトマスくんのお母様を元気にしてあげたいからなの。協力してくれるかな?」
一方的に子供たちを利用するような形にはしたくないので、事前にきちんと目的を伝えておきたかった。子供たちは互いに顔を見合わせるようにして、私の言葉の意味を探っているようだった。
「トマスくんのママ、元気ないの?」
トマスくんと画板の引っ張り合いをした女の子が、彼の方を見ながら尋ねる。エスコット男爵家のグレーテ(3歳)だ。
「ママね、ずっとじぃじに会えなくて寂しがってるの。もうずっと待ってるの」
トマスの言葉に、グレーテは何か感じるものがあるようだ。
「テテもおじいさまと会えなくなったら寂しいと思う。いつも遊んでくれるから」
少し考えるそぶりを見せると、彼女の中で結論が出たようだ。
「わかった。テテもきょーりょくする!」
その言葉が呼び水になったのであろう。あちこちから手が上がる。
「ぼくも!」「わたしも!」
グレーテの一言が子供たちの気持ちを後押ししてくれたようだ。みんなの瞳にやる気が満ちるのを感じる。
「みんなありがとう!」
機が熟したところで本題に入ろう。
「それじゃみんな、これから、積み木を並べる遊びをするんだけど、最初に、みんなの画板をここに並べてください」
「「「はーい!」」」
子供たちと一緒に12枚の画板を床に敷き詰める。4×4のマス目から右上の1マスと左下の3マスを欠いた形にだ。Mを斜めにしたようにも見える。
「さあ、いよいよ積み木を並べます。私が目印の積み木を置いていくので、目印と目印の間を繋ぐように並べていきましょう。初めて積み木を並べるお絵かき組の人は、積み木組の人に教えてもらってください。積み木組の人、教えてあげてね」
「わかった!」「よーし、やるぞ!」
「それじゃあね、まずは、ここから……ここまで」
「やる~」「走ったり飛び跳ねたりしちゃダメなんだよ!」
お絵かき組の子の気が逸るのを、積み木組の子が先んじてアドバイスしてくれる。私の教えたことをしっかり実践してくれるのが嬉しい。
「遠いところから置いていくんだ」「横に寝かせた積み木を間に置いておくと安心だよ」
次第に巧みになる子供たちの連携により、多少の失敗を繰り返しつつも、着実に積み木の列が完成していく。
そしてオレンジ色の落陽がサンルームの大窓にフレームインした頃、ついに”それ”の姿が明らかになった。
◇◇◇
(ここより三人称視点です)
ミレイユには、子供たちが何をしているのか最初はわからなかった。けれど、しだいに流線型の輪郭が現れてくるのを目にしたことで、胸の内にとある予感がこみ上げてくるのを感じずにいられなかった。
「「「出来たー!!」」」
子供たちの歓声がサンルームの空気を震わせる。
「王妃殿下、お母様がた、どうぞご覧になってください」
バヤリス家のマデリンが大人びた口調で母親たちに促すと、その場の誰もがサンルームの縁側に描かれたものの正体を認識する。
ああ、それは疑いようのない形。
反ったバナナのような輪郭。その背から伸びる三角の背びれ。力強く何かを叩くように下側に曲げられた尾びれ。長く突き出したマズル。
”それ”の目に当たる部分には、への字型の曲線の描かれた画用紙が置かれている。
それが、あの日入り江の港で自分を励ましてくれたイルカの姿だとミレイユは確信した。
「キュッキュ…!」
こみ上げる感情に、思わず口元を手で覆う。
その時、一人の女の子がミレイユの元へやってきた。
「バートリー夫人、どうぞこちらへ」
ラングシュタイン家のヴィリアーチェに案内され、ミレイユはイルカの尾びれの部分へ到着する。そこにはミレイユの息子もいた。
「ママ、あのね、もう少ししたら、この端っこの部分を倒してね」
「え? ええ……」
言われる意味はよくわからないが、曖昧に応じる。
「あと5秒、3、2、1、今です!」
ヴィリアーチェに言われるままに尾びれの先端の積み木を倒す。すると倒れた先には枝分かれするように二つの積み木が待ち受けており、イルカの輪郭の上下それぞれの方向へ向かって積み木が倒れ出す。
コロロロロロロ……
軽いが、木材の芯を捉えた衝突音が連続で鳴り響く。それもどこか海の生き物が発する音に似て聞こえた。
積み木のなだれは途中で枝分かれ、あるいは合流しながら、イルカの輪郭をより際だたせていく。そしてそれが最後の合流を果たしたとき、外庭で午後四時の噴水が噴き上がった。
そのほとばしりから生み出される煌めきは、あの日、イルカが見せてくれたジャンプを一層強く思い起こさせた。
「成功だ!」「やったぁっ!」
子供たちが歓喜の声を上げる中、ミレイユの息子トマスは母親に屈託のない笑顔を向ける。
「元気出してママ」
その時までミレイユが心の内に抱えていた憂いが暗い水面だとすれば、その笑顔はそこに投じられた光り輝くつぶてであった。
「大丈夫、僕が付いてるよ」
その笑顔は、あの日の入り江の友人と重なって見えた。
「トマス……っ」
声にならない感情に突き動かされ、ミレイユは我が子を強く抱きしめていた。
◇◇◇
その様子を階段の上から見守る人物、王妃コルネリア・モンブランは、傍らの親友に語りかける。
「北の侯爵家の長女が神童であるとは聞いておりましたが、南のラングシュタインも素晴らしき至宝を授かったようですね」
それを受けてオリアンヌ・ラングシュタインは満足そうに微笑む。
「恐れ多いお褒めの言葉、ありがたく受け取らせていただきますわ」
「サミュエル、しっかりご覧なさい。彼らがあなたとともに歩んでいく者達ですよ」
コルネリアは自身の息子にも強く語って聞かせる。
「皆を強く惹きつけ導くことの出来る者。他人の弱さに寄り添うことの出来る優しさを持つ者。そんな彼らと共に作るこの国の未来は、きっと明るいものとなることでしょうね。あなたも精進するのですよ」
「はい、母上。私も彼らに負けないよう努力いたします」
そう答える王子サミュエルの視線は、一人の少女の姿を捉えて離さなかった。
次回より、今度こそ主人公ヴィリアーチェの視点での物語になる予定です!




