11:ミレイユの憂い
引き続き三人称視点によるママさんチームの場面になります
「シュナイダー夫人、ボルゴーニャでは先週葡萄の収穫を終えられたのでしょう?」
「ええ、良い実りだったと報告が届いております。今年のヌーヴォーも期待していただけるかと」
「来月の解禁が待ち遠しいですわね」「今から楽しみですわ」
夫人たちの話題は、お茶やお菓子の味わいを褒め称えるものから、それぞれの家の事業についてのものにシフトしていた。
シュナイダー伯爵家のワイン事業はその品質の高さと豊富な供給量により高いシェアを誇る。王都中のワインセラーが伯爵領のボルゴーニャ産を示すラベルのボトルで満たされていると言っても過言ではない。そういう意味において、サンサリア王国の王侯貴族たちにとってシュナイダー伯爵家は避けて通れぬ家門だと言うことができた。そんなわけでお茶会の席でシュナイダー夫人が衆目を集めるのは自然な流れだった。
ミレイユもバートリー子爵夫人として貴族の世界で数年過ごすうちにその辺りの事情も理解出来るようになっていたが、自ら話題に加わることは少しも無かった。夫人たちの会話を遠い世界の話のように聞きながら時間が過ぎるのを待つだけだった。
「ええ、輸出に関してはバートリー子爵に助けていただいておりますの。ですわよね、バートリー夫人」
シュナイダー夫人に水を向けられてミレイユは戸惑った。このようなお茶の席で貴族相手に話すことにはいまだ慣れない。
「あ、はい、我が子爵家では貿易業を営んでおりますので、伯爵様のお品も扱わせていただいております」
どうにか当たり障りのない回答を返すことが出来たが、それで会話を打ち切ることは出来なかった。興味を持った別の夫人が話しかけてきたからだ。
「貿易ということは、舶来品を扱われるのですよね? 外国の珍しいものに興味がありますわ。 どんなものがありますの?」
「ええと、それは……」
ミレイユが言いよどんでいると、アルトマン伯爵夫人が助け船を出す。
「うちで扱っている画材や雑貨の原料なども仕入れてくださってますわね。消しゴムや防水生地の原料の生ゴムもバートリー商会で取り寄せてもらってますのよ」
そう、バートリー子爵家とアルトマン伯爵家は商売上付き合いが深い。それだけにとどまらず、面倒見の良いアルトマン夫人は貴族社会に疎いミレイユを何かと気にかけていた。今回のお茶会の件も、このところ塞ぎがちなミレイユの心を解きほぐすきっかけにならないかと考えて参加を提案したものだった。
王妃主催のお茶会が開かれるにあたり、3歳から5歳までの子供を持つ貴族の母親が招待されることになったのだが、まず王妃からいくつかの上位貴族(侯爵家および伯爵家)に声がかかり、そこからさらに各家に付き合いのある家が選出される流れになった。そうして王妃から打診を受けたアルトマン夫人がミレイユと彼女の息子を招待客として推薦することになったのだ。
夫人はミレイユが貴族社会を苦手としていることを知ってはいたが、このところの彼女の塞ぎ込みように、外に連れ出す口実が必要だと考えた末のことだった。
ミレイユが貴族の社会に苦手意識を持ちながらも、彼女なりに馴染む努力を続けてこられたのは、心のよりどころとしての父親の存在が大きかった。
ミレイユの父は航海から戻るたび、子爵家へ手土産を持って現れ、孫に海の向こうの話を面白おかしく語って聞かせた。ミレイユの夫、バートリー子爵にとっても尊敬し頼れる義父であった。
そんな父親がいつものように航海へ出るのをミレイユが最後に見送ってから半年が経つ。その間、どこからも連絡はない。
いつもの航海ならひと月からふた月で戻ってきたし、遅くなる際には寄港地より手紙が届くのが常だった。
貿易は春から秋にかけて行われ、冬の間船乗りは陸で過ごす。秋が深まる頃には、その年最後の航海を終え母港へ帰ってくるのだ。
しかし、春から夏、そして秋へと季節がめぐる間も、港の係留場所にミレイユが幼少期を過ごした船が再び姿を見せることは無かった。
ミレイユの夫、バートリー子爵は、何か事情があって帰港が遅れているだけだと言う。何の知らせも無いのだから、悪い方に考えるべきでは無いのだと。妻を不安にすまいという心からの言葉だったが、知らせのない日々が続くということは、生殺しの苦しみが続くということでもあった。無情な時間の流れはミレイユから笑顔を奪い、代わりに憂いを残していった。
◇◇◇
船の上で暮らしていたミレイユが先代のバートリー子爵夫妻の元へ預けられたのは、彼女が9歳の時だった。
ミレイユの父は、娘がこのまま海の上で生きることを良しとしなかった。まともな教育を受けさせ、まともな家に嫁がせることが、娘に対しても、亡くした妻に対しても正しい行いだと信じていた。子爵家の力を借りることで、それを叶えようとしたのだった。
バートリー子爵家の領地にはこれといった産業が無く、王都で商会を営む上での担保としてかろうじてその価値を示していた。先代子爵が営むバートリー商会は王都直轄の港町ビッケルを拠点として、他国との貿易により財を築いてきた。
ここでの貿易は基本、物々交換により行われる。その国の商会が自国で用意した品を海外の品と引き換え、それを自国で売り利益を上げるのだ。取引相手同士、互いの欲しいものが噛み合えば問題ないのだが、いつもそうなる保証はない。そこで第3者が仲介し、3者の間で商品をやり取りし、それぞれが欲しいものを手に入れる三角取引の仕組みが登場する。バートリー商会は三角取引の仲介を行うことで事業を拡大していった。
経営はそれなりに順調であったが、あるトラブルにより危機が訪れる。
その日は、港町でいつものように三角取引による商談が行われようとしていた。だが、そこで外国船が受け取るはずの品が手違いで他所へ流れてしまったのだ。商談は紛糾し、バートリー商会が損失を補償するという事態にまで発展するところであった。そうなっていたら子爵家は領地を失っていただろう。
ところが、思わぬ形で事態は収束する。その場に居合わせたミレイユの父が、輸出予定であった荷を外国船へ融通することを申し出たのだ。先代子爵はミレイユの父にたいそう感謝し、両者の長い付き合いが始まったのだった。
ミレイユの父は最初から娘を預けようと考えていたわけではない。娘の将来についての不安を語る父親に対し、先代子爵から提案したことであった。
ミレイユは父が航海に出ている間は預けられた子爵家で教育を受け、父親が航海から戻ると、二人で暮らす家へ帰るという二つの生活を送ることとなった。
平民が子爵家に取り入ろうとしているなどと噂する声もあったが、子爵夫妻はミレイユを家族として扱うことで不遜な声をはねつけた。
子爵家にはミレイユより2歳年上の息子がおり、彼もまた彼女を妹のように可愛がっていた。そして彼女が成人すると嫁として迎え入れ、ミレイユは名実ともに子爵家の一員となったのだった。
◇◇◇
ミレイユが婦人たちの会話の内容を多少なりとも記憶にとどめようと耳を傾けていた時だった。子どもたちのいる方向からにわかに騒がしい声が聞こえはじめた。見るとそこには、他家の娘と何かを取り合う息子トマスの姿があった。
「トマス……!?」
血の気の引く思いを感じながら椅子を立とうとするのを、王妃コルネリアが制した。
「少し様子を見ましょう、バートリー夫人」
そう言ってニッコリと微笑んだ。その傍らでは、王子サミュエルが神妙な面持ちで子どもたちの方を見つめていた。
やがて小さな諍いは、ふたりの侯爵家の令嬢によって諌められたようだ。大事に至らなかったことに、ミレイユはほっと胸をなでおろす。
「子どもたちのあいだで起きた問題は、子どもたちの手で解決することが肝要でございますね」
バヤリス侯爵夫人がどこか誇らしげな様子で、扇子の奥で上品な笑い声を響かせる。仲裁に入った令嬢の一人は彼女の娘だった。
ミレイユは一人浮き足立っていたことが恥ずかしくなり、テーブルに視線を落とす。すると、ティーセットがその背丈と同じほどの長さに影を伸ばしていることに気づく。
お昼にお茶会が始まってから時計の長針は幾度となく真上を指している。日は傾き、西の窓から差し込む光が屋内をオレンジ色に染めはじめていた。
じきにお開きの時間となるだろう。
ミレイユが時刻に気を取られていると、ラングシュタイン夫人のどこか嬉しそうな声が上がる。
「バートリー夫人、ご覧なさい! 子供たちが何か楽しそうなことを始めましたよ」
次回、ヴィリアーチェたちのターンです!




