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エリアスに追い出された後、トボトボとルカスは鍋を抱えながら工房からの帰り道を歩いていた。
ルカスの気持ちを代弁するかのようにぽつぽつと雨も降りだしてきて、雨宿りの為にルカスは軒下にうずくまった。横に置いた鉄鍋を撫でながら呟く。
「全然ダメだったなぁ‥‥。あんなに頑張って作ったのに。もう、田舎に帰るしかないのかな。でも、帰るためのお金もない。」
せっかく魔法学校を出はしたが、所詮は落ちこぼれ。諦めて魔法に関係ない職に就くしかないのかもしれない。でも魔力以外にとりえのない自分になにができるだろう。
そんなことを考えていたルカスの元に、優雅な足取りで近づいてくる人影があった。
エリアスの従者ハインツである。
「おや、随分と落ち込んでいらっしゃるご様子。」
「あ、従者さん。 すみません。せっかくエリアス様を説得してくれたのに。全然ダメでした。これがあれば、もっとみんな簡単に美味しいものが食べられるんじゃないかって思ったんですけど。」
そう呟くルカスにハインツは少し困ったように笑い、よいしょと隣に腰を下ろした。
「そうですね、確かに料理を全自動にするという発想自体はとても画期的で、素晴らしいものだと思いますよ。君は料理を美味しくしたいという純粋な気持ちでこの魔術具を作ったのでしょう。」
「そうです。ハインツさんはわかってくれますか。」
少しだけ気分が浮上したルカスはパッと顔を上げ隣に座るハインツを見つめた。
そんなルカスに笑顔を返しながらハインツは静かに告げた。
「ええ。確かにきっと便利なのでしょうね。・・・ただ、君の作ったこの鍋、私にはきっと起動することすらできないでしょう。」
「……え?」
「君の魔力なら動かせて当たり前でも、多くの人にとってはそうではない。ということです。」
そんな事を考えもしなかった。
そんな考えを表情に浮かばせるルカスを見やることなくハインツは続ける。
「私は元々、坊ちゃん…エリアス様の家に代々仕える従士の家に生まれました。ゆくゆくはエリアス様の兄であるフリードリヒ様の従者となる予定でね。・・・・・10歳で魔力検査を受けるまでは。検査の結果は散々でした。我が家は代々貴族家に仕えていると言っても平民の家です。平民並みの魔力さえあれば特に困りはしませんでした。しかし、私の魔力は一般的な平民の10分の1以下。その当時出回っていた魔術具はほとんど起動させることが出来なかったのです。身の回りの世話を行わなければならない従者としては致命的な欠点でした。」
「そ、それでどうなったんですか?」
幼い頃から膨大な魔力を持ち、魔術具の起動どころか作成にも困ったことがなかったルカスには想像すらできなかった。
「従者としてはやっていけないと、一度は家を出ました。お恥ずかしながらかなり荒れましてね。ずっとかの家に仕える事だけを目標に生きてきたものですから。色んな職に就きましたがどれも長続きせず、自暴自棄になっていたところで家に呼び戻されたんです。坊ちゃんが魔力の少ないものでも使用できる魔術具を開発したから実験のために戻って来いと。とても迷いました。坊ちゃんが神童であるという噂は街でもよく聞いていましたから、きっと魔術具を開発したのは誠だろうと。ただ、そんな坊ちゃんが作った魔術具さえも動かせなかったら・・・。きっと私は生きる意味を本当に失ってしまう気がしました。」
そう静かに語るハインツからは荒れていたという面影を全く感じない。
暗くなってしまった話を切り上げるように、ハインツは柔らかく微笑んだ。
「そうして戻るか迷っていたら、坊ちゃんが直々に乗り込んできましてね。魔術式の無駄を極限まで減らしたとても美しい回路を開発したと。これであれば理論上はかなり少ない魔力で起動ができるはずだから早く試してみろと言って。もし起動できなかったなら改良する必要があるからとも言いました。こんなにも僅かな保有魔力で動かせる魔術具など今まで存在していなかったにも関わらず、それが作れると坊ちゃんは疑いすらしていなかったのです。そうして試行錯誤を重ね、坊ちゃんは見事作り上げました。それが今の工房を立ち上げるきっかけとなり、忙しくなるからと私を従者として雇い入れてくれました。」
「そんな事が・・・。」
エリアスの魔術具製作に対する誇りが垣間見えた。
「魔術は広くあれ。」
考え込むルカスにハインツが静かに告げた。
その言葉は魔法学校時代に何度も聞いたことのあるものだった。
「坊ちゃんが尊敬している方の格言だそうですよ。魔法を一部の才能や権力、財力がある者の特権にしてしまわないように。魔術の恩恵を誰しも平等に受けることができるように。そう提唱した方がいたのでしょう?」
魔術の始祖ロゴス・ヴェルト
それまで大量の保有魔力を持つ魔導士のみの特権だった魔法を、魔力の少ない人間にも使える「魔術」として広めた人物。学校で習っていたはずなのに、自分には関係ないことだと記憶の彼方に追いやってしまっていた。
「・・・長くなってしまいましたね。まあ、まずはその初等部の教科書を読み直してみることです。坊ちゃんはあんな調子ですが、魔術への誇りと探求心は本物ですから、君が真剣に魔術と向き合って作った物であればまた見てくれると思いますよ。」
ハインツはルカスの肩をぽんと叩き、工房の方へ戻っていく。
ルカスは、ハインツの去った背中を見送る。彼の言った言葉はまだどこか難解で、すぐにはピンとくるものではなかったが、核心を突いているような気もした。具体的にどうすればいいのか、そこまで教えてもらうのは甘えすぎかと反省する。
「・・・魔術は、広く・・・」
そう呟いて、彼はエリアスから投げつけられた教科書を握り締めた。
一方、工房に帰ってきたハインツは、作業に戻っていたエリアスから睨まれた。
「買い出しにしては長かったな。」
不機嫌そうなエリアスに動じることなく、ハインツはいつもの調子でふわりと笑った。
「ちょっと道に迷っていた子犬を助けていましたもので。……さて、坊ちゃん。一息入れるために紅茶でもいかがでしょう。」
その手には、エリアスが開発したポットが握られていた。




