EP 8
「終わらないリボ払い」
ルナミス冒険者ギルド『ゴールドラッシュ』の重厚な木扉が、蹴り開けられるように勢いよく開いた。
「おい、受付。依頼の品だ。換金と精算を頼む」
血と機械油と硝煙の臭いを漂わせた優太が、ドサリとカウンターに銀色に輝く巨大な球体——『死蟲王のコア』を置いた。
横には、優太に肩を貸されながらも誇り高く立つダイヤと、欠伸をしながらポポロシガーを吹かすウィスター。そして、なぜかドヤ顔のリリスの姿。
「えっ……? う、嘘ですよね? たった数時間で、Sランク指定の天魔窟のボスを……!?」
受付嬢は目玉が飛び出んばかりに驚愕し、持っていた羽ペンをポトリと落とした。
ギルド内にいた他の冒険者たちも、信じられないものを見る目で優太たちを凝視している。
「嘘じゃない。ほら、早く金貨150枚を出してくれ。こっちは色々と限界なんだ」
優太はそう言いながら、横のダイヤを椅子に座らせた。
「リリス。スマホのOSアップデートは終わったか? 止血帯(CAT)を巻いてから1時間が経過した。これ以上血流を止めると、彼女の右脚の組織が壊死し始める」
「はいっ! さっき再起動しました! えーい、神聖回復アプリ、起動ですぅ!」
リリスがエンジェルすまーとふぉんをダイヤの太ももにかざす。
画面から温かな黄金の光が降り注ぎ、優太が詰め込んだ止血剤ごと、切断寸前だった筋肉と血管がみるみるうちに結合・再生していく。
「おお……痛みが完全に消えた! 凄いぞリリス!」
ダイヤが歓喜の声を上げる。
「だが、ひしゃげたクリムゾン・アーマーは元には戻らん……。また修理費が……」
「安心しろダイヤ。そのための報酬だ」
カウンターの奥から、ギルドマスター直々に重たい革袋が運ばれてきた。
ジャラリ、という重厚で美しい金属音。
金貨150枚。日本円にして約1500万円相当の大金だ。
「よし、分配だ」
優太は事務的に金貨を分け始めた。
「まず、ダイヤとウィスターにそれぞれ金貨30枚(300万円)だ。初陣のサポート代と、火力の経費としては十分だろう」
「さ、さんじゅう……!?」
ダイヤの瞳から、滝のような涙が溢れ出した。
「あああっ……! これで、これでタロパウチの生活から抜け出せる! 魔導ライフルの弾薬も、メンテナンスキットも、タローマンで全部新品が買えるぞ……っ! ユウタ、貴殿は神か!」
「おっしゃ。金貨30枚あれば、ルナミスパーラーのVIP席で朝まで打てるな。あとで王都のキャバクラにも寄るか」
ウィスターは金貨の袋を放り投げながら、クズ度100%の笑みを浮かべて夜の街へ行く気満々だ。
「そして俺が金貨90枚。借金の返済分だ。……リリス、お前の取り分は無いからな」
「ええーっ!? 私、コアを拾うの頑張りましたよ!?」
「お前が作った(あるいはルチアナの)借金を俺が立て替えてるんだろうが。……まぁ、団子代に銀貨2枚だけやる。ほらよ」
「わぁい! 優太さん大好きですぅ!」
単純な女神が銀貨を握りしめて小躍りする横で、優太はついに『マスター・ルチアナ・カード』を取り出した。
カードの上に金貨90枚をドサリと乗せる。
すると、カードの表面が神々しい光を放ち、金貨がズブズブと次元の奥底へと吸い込まれていった。
ピロリン♪
空中にホログラムが展開し、美しい明朝体で文字が浮かび上がった。
『当月分のリボ払い残高のご精算、誠にありがとうございました。ご利用可能枠が100万円にリセットされました』
「…………」
優太は、深く、深く息を吐き出した。
(終わった……)
肩にのしかかっていた見えない重圧が消え去る。スーツケースに詰められて深海の蟹工船へ送られるという恐怖のカウントダウンが、ついにゼロになったのだ。
「ふぅ……」
優太はギルドの酒場のカウンターに座り、ウィスキーのロックを頼んだ。
冷たいグラスを傾け、新しいアメリカンスピリットに火を点ける。
過労死から始まり、ポンコツ女神に拾われ、理不尽な借金を背負い、天魔窟で死蟲機と殺し合った長くて濃すぎる数日間。
そのすべてが、この紫煙と共に浄化されていく気がした。
「兵士は地獄に浸かって綺麗にするのが役目、か……。少しはマシな世界になったかな」
優太は口元に微かな笑みを浮かべ、最高の一服を味わっていた。
——その時だった。
「わぁっ! 優太さん! カードの利用可能枠が100万円に戻ってますよ!」
背後で、リリスの無邪気な声が響いた。
嫌な予感がして、優太がゆっくりと振り返る。
「あ、そうだ! ルチアナ先輩に言われてたんだった! 『枠が戻ったら、朝倉月人の限定シークレット・ライブDVD&等身大純金メッキフィギュアセット(95万円)をポチっておいて』って!」
「……は?」
優太の口から、ポロリとアメスピが落ちた。
「というわけで、尼存のアプリで……えいっ! ポチッとな!」
リリスが満面の笑みで、空中の『購入確定ボタン』を軽快にタップした。
ピロン♪
『ご注文ありがとうございます。マスター・ルチアナ・カードにて、950,000円の決済が完了しました。次回のお引き落としは、来月27日となります』
光の魔法陣がギルドの天井に展開し、「ポーン」という軽い電子音と共に、巨大な段ボール箱がリリスの目の前にドスーン! と投下された。
「…………」
酒場の喧騒が、優太の耳から遠ざかっていく。
ウィスターが腹を抱えて爆笑し、ダイヤが「ああっ、ユウタの魂が口から抜けているぞ!?」と慌てて駆け寄ってくるのが、スローモーションのように見えた。
「やったー! これでルチアナ先輩も大喜びですぅ! あ、優太さんどうしました? 白目剥いてますよ?」
95万円。
来月27日。
蟹工船。
マグローザ漁。
過酷な現代の医療現場から解放され、せっかく異世界で借金を完済した防衛医大生の心電図は、再び見事なフラットライン(ピーーーッ)を描いた。
「ふざけんなァァァァァァァァァァァァァッ!!!! リリスゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
ルナミス帝国の夜空に、戦場外科医の血を吐くような絶叫が谺した。
借金完済からわずか3分。
中村優太の過酷な『異世界・リボ払い返済サバイバル』は、まだ始まったばかりである。




