EP 7
「ハイブリッド・メディックの執刀」
「ギチィィィィッ!!」
新たな獲物(優太)を認識した死蟷螂型が、不快な駆動音を鳴らしながら襲いかかってきた。
巨体がブレる。再び光学迷彩が起動し、その姿が空間に溶け込むように透明化した。
「ユウタ、気をつけろ! 奴の左の鎌は——」
横たわるダイヤが叫ぶ。
「見えない」ことは、生物にとって最大の恐怖だ。
だが、優太の呼吸はシステマの独特なリズムを刻み、極限までリラックスしていた。視覚情報に頼らない。空気の微かな揺らぎ、機械油の臭い、そして殺気のベクトル。
(……右斜め上、角度45度)
「ウィスター! スモークだ!」
「人使いの荒い医者だぜ……!」
優太の意図を瞬時に悟ったウィスターが、咥えていたポポロシガーの煙を大きく肺に吸い込み、魔力を乗せて前方に吹き出した。
「灰燼!」
ブワァッ! と濃厚な灰色の煙幕が空間を覆い尽くす。
その煙の中を「透明な何か」が通過した瞬間、空気の流れが灰のシルエットとなって死蟷螂型の輪郭を完全に暴き出した。
「そこだ」
優太が動く。
振り下ろされる見えない左鎌。
優太は避けない。大東流合気柔術の滑らかな歩法で、あえて鎌の軌道の内側——『死の刃』のわずか数センチ横を擦り抜けるように、前傾姿勢で踏み込んだ。
「ギッ!?」
死蟷螂型の懐、完全な死角。
ここから一撃で装甲を抜くための、最短かつ最速の力学。
「八極拳——『猛虎硬爬山』の変形」
優太は、折りたたみ式のワスプ薙刀を右手に逆手で握り込み、全身のバネと踏み込みの運動エネルギーをその切っ先一点に集中させた。
ガキィィィンッ!!
鈍い金属音が響く。
鋭利な薙刀の刃が、死蟷螂型の胸部——極厚の装甲の継ぎ目である『メインジョイント』に深々と突き刺さった。
「シャァァァァッ!!」
死蟷螂型が激痛に身をよじり、右の鎌で優太の胴体を真っ二つにしようと迫る。
「……遅い。患部の切除、完了だ」
優太の親指が、薙刀の柄にあるボタンを強く押し込んだ。
プシュゥゥゥゥッ!!
ワスプ・インジェクターの凶悪な機能が解放される。
刃の先端から致死量の超高圧冷却ガスが、死蟷螂型の体内(中枢回路)に向かって一気に噴射された。
「ギ……ギギ……ギ……」
機械の悲鳴が凍りつく。
マイナス数十度のガスが内部で急激に膨張し、精密な電子回路とナノマシン細胞を瞬時に凍結・破壊していく。
ピシッ、メキメキメキッ……!
内部からの圧力に耐えきれず、死蟷螂型の胸部装甲が内側から弾け飛び、青白い冷気と共に全身の機能が完全に沈黙した。
ズズンッ……!
糸の切れた操り人形のように、巨体が崩れ落ちる。
光学迷彩が解除され、本来の無機質な姿を晒した死蟷螂型は、もはやただの冷たい鉄くずと化していた。
「……オペ終了。インシデント(事故)なし」
優太は薙刀を引き抜き、刃についた冷却ガスを振って払い落とし、折りたたんで腰に収めた。
静寂が戻った天魔窟の最下層。
ウィスターはシガーの灰を落としながら、呆れたように肩をすくめた。
「おいおい……魔法も闘気もナシで、Sランク級の魔獣を一人で解体しちまったぞ。お前、本当にただの学生なのか?」
「日本の医学部と防衛医大は、解剖学の単位認定が厳しいからな。構造さえ分かれば、バラすのは簡単だ」
「絶対ウソだろそれ」
優太はウィスターのツッコミをスルーし、倒れているダイヤの元へ歩み寄った。
「ユウ、タ……」
ダイヤは止血帯の激痛に耐えながら、優太の顔を不思議なものを見るような目で見つめていた。
「見事だ……。貴殿は、命を繋ぐ慈愛の手と、命を奪う死神の刃を両方持っているのだな……」
「大袈裟だ。ほら、立つぞ」
優太はダイヤの腕を肩に回し、ゆっくりと立ち上がらせた。
「お前が囮になってくれたおかげで、背後を取れた。火力担当としての仕事は十分果たしてくれた。礼を言う」
「っ……!」
その実務的だが嘘偽りのない労いの言葉に、純情なダイヤの顔が、自分の紅蓮の鎧よりも赤く染まった。
「そ、そうか! ならば良かった! 私も貴殿の借金返済に貢献できたということだな!」
「あ、あの〜! みなさん!」
空気を読まない明るい声が響く。
いつの間にか死蟷螂型の残骸に張り付いていたリリスが、両手でスイカほどの大きさがある銀色に輝く球体を抱え上げていた。
「これ、ボスのコアですよね!? ギルドに持っていけば、金貨150枚ですよっ!」
その言葉を聞いた瞬間、優太、ダイヤ、ウィスターの三人の疲労が吹き飛んだ。
「でかしたリリス! クレカの引き落としに間に合うぞ!」
「よっしゃあ! 今すぐギルドに戻って換金だ! 弾薬と、タロ缶の牛肉大和煮を箱買いできる!」
「おい優太、俺の魔法サポート代として金貨20枚は色つけろよ! 明日のルナミス大賞(G1レース)のオッズが俺を呼んでるんだ!」
先ほどまでのシリアスで重厚な戦闘の空気はどこへやら。
全員の目には、輝く金貨(と欲)しか映っていなかった。
「……急ぐぞ。G-SHOCKのタイマーによれば、27日まであと52時間。ギルドの換金手続きと、カードの決済処理のラグを考えればギリギリだ」
優太はダイヤに肩を貸しながら、天魔窟の出口へと急ぎ足で向かった。
過労死して異世界に来てまで、なぜ俺はクレジットカードの引き落とし日に追われているのか。
そんな優太の理不尽な嘆きをよそに、借金まみれの最強パーティーは、無事に初陣の勝利(と返済の目処)を飾ったのだった。




