EP 6
「被弾、そして火線下救護(TCCC)」
天魔窟の最下層。
そこは、生物の臓器と機械のスクラップを無造作に混ぜ合わせたような、悍ましくも広大な空間だった。
中央には、銀色のナノマシンで構築された巨大な『機械の心臓』が、不気味な脈動を打っている。
「……着いたな。ターゲットの親玉はどこだ?」
優太がタクティカルライトで周囲を照らす。
その時、空間の空気が「ギチッ」と鳴った。
「上ですぅ! なんか、おっきいのが降ってきます!」
リリスの叫びと同時、天井の暗闇から音もなく落下してきたのは、全長5メートルを超える異形の機械——『死蟷螂型』だった。
刃渡り2メートルに及ぶ両腕の巨大な金属鎌。そして、光の屈折を利用した光学迷彩機能。
最下層の防衛システムを担う、特化型の殺戮蟲だ。
「シャァァァァッ!!」
着地と同時、死蟷螂型は背中のブースターを点火し、マッハに迫る速度でダイヤへと肉薄した。
「速いっ! だが——!」
ダイヤは即座に魔導サブマシンガンを捨て、背中に負った巨大な両手剣『天魔竜聖剣』を抜刀した。
「これ以上の弾薬費の消費は私の財布に関わる! 接近戦なら、剣で叩き切ってやる!」
「バカ、相手のリーチを見ろ! 弾代をケチるな!」
優太の静止が、ほんのコンマ数秒遅かった。
ガキィィィィンッ!!
ダイヤの天魔竜聖剣と、死蟷螂型の右鎌が激突し、激しい火花が散る。
パワーは互角。しかし、死蟷螂型には『左の鎌』があった。
「——っ!?」
空気を裂く鋭い風切り音。
光学迷彩で透明化していた左の鎌が、死角からダイヤの右大腿部(太もも)を容赦なく薙ぎ払った。
「あ、がっ……ぁぁっ!」
紅蓮の装甲がひしゃげ、鮮血が宙を舞う。
ダイヤの体がボロ布のように弾き飛ばされ、冷たい金属の床に叩きつけられた。
「ダイヤさんっ!?」
リリスが悲鳴を上げる。
「クソッ、ふざけんな!」
ウィスターが舌打ちし、二柱杖から極大の雷撃を放つが、死蟷螂型は残像を残して軽々とそれを回避した。
「ハァッ……ハァッ……」
床に倒れたダイヤの足元には、瞬く間に赤黒い血の池が広がっていく。
大腿動脈の損傷。この出血量では、あと数分、いや数十秒で失血によるショック死に至る。
「り、リリス! お前の神聖魔法で早く回復させろ!」
ウィスターが怒鳴る。
「わ、わかってます! え、エンジェルすまーとふぉん、起動! ぽちっ……ああっ!?」
リリスの顔が、絶望に青ざめた。
「ど、どうしよう! アプリが『OSの自動アップデート中(残り15分)』になってて開けませんぅぅっ!」
「このポンコツ女神がぁぁっ!!」
死蟷螂型が、動けないダイヤにトドメを刺そうと、再び鎌を振り上げる。
魔法は間に合わない。回復も使えない。
ファンタジー世界の住人である彼らにとって、それは完全な『死』を意味していた。
だが——。
「騒ぐな!!」
戦場を切り裂くような、優太の鋭い怒号が響いた。
恐怖も焦りもない。ただ冷徹に事態を掌握する『指揮官』の声だった。
「ウィスター、前衛に出ろ! 牽制して敵のタゲ(ヘイト)を稼げ! 俺が彼女を繋ぐ!」
「無茶言うな! 俺は後衛の魔法使いだぞ!?」
「いいからやれ! 火力担当が落ちたら、全員死んで借金取りの海送りだ!」
「クッソォォォ! 借金がなんだってんだ、このワーカホリック野郎が!」
ウィスターはやけくそ気味にシガーを噛み砕き、死蟷螂型の眼前に飛び出して全属性の弾幕を乱れ撃ちし始めた。
その数秒の隙に、優太は床を滑るようにダイヤの元へスライディングした。
「ユウ、タ……すまない、私が弾代をケチった、ばかりに……」
意識が遠のきかけているダイヤが、血の泡を吹きながら謝罪する。
「喋るな。TCCC(戦術的戦傷救護)、火線下救護(CUF)を開始する」
優太は迷うことなく、自身のタクティカルリュックから『CAT(戦闘用止血帯)』を引き抜いた。
黒いナイロン製の太いベルトを、ダイヤの太ももの傷口より心臓に近い位置へ素早く巻き付ける。
「ダイヤ、歯を食いしばれ。剣で斬られるより痛いぞ」
優太はCATの棒を握り、全力でギリギリと回転させた。
傷口への血流を物理的に、かつ完全に遮断する激痛。
「ぎ、ぎぎぃぃぃぃぃぃっ!?」
ダイヤが激痛に身をよじらせるが、優太は全体重をかけて彼女を押さえ込み、止血帯を完全にロックした。
「動脈性の出血停止を確認。野戦救護(TFC)へ移行する」
優太の表情には微塵の揺らぎもない。
続いてポーチから取り出したのは、止血剤が染み込んだ特殊ガーゼ『クイッククロット』だ。
「リリス! スマホが使えないなら物理で手伝え! この傷口を両手で力一杯押さえろ!」
「は、はいぃっ!」
優太は、開いた傷口の内部に向かって、クイッククロットを躊躇なく、容赦なく「詰め込んで」いく。
異世界のポーションも魔法も使わない。ただの人間の叡智と科学が、ファンタジーの肉体の死を強引に引き止める。
「——パッキング完了。バイタル、安定圏内で維持」
優太の額から汗が滴り落ちた。処置にかかった時間は、わずか30秒。
ダイヤの顔に、微かな血の気が戻っていた。
「……すげえ。本当に血が止まっちまった」
弾幕を張りながらチラリと振り返ったウィスターが、目を丸くして呟く。
「当たり前だ。俺は医者だからな」
優太は血に染まった手をズボンで拭い、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ポケットから折りたたみ式の『ワスプ薙刀』を取り出し、カシャッと刃を展開する。
「よく耐えたな、ダイヤ。ここから先は俺のオペだ」
優太のG-SHOCKの秒針が、カチリと鳴った。
「ウィスター、射線を空けろ。——あの中途半端な虫ケラを、解剖する」
戦場外科医の瞳に、獲物を狩る絶対的な殺意が宿った。
借金返済のための大ボス討伐戦、いよいよ反撃のメスが入る。




