EP 5
「弾薬費と魔法とワスプ薙刀」
「正気ですか!? 『天魔窟』はSランク相当の超危険地帯ですよ! 棲みついている死蟲機は、冒険者の魂を喰らうんです!」
ルナミス冒険者ギルドの受付嬢は、バンバンとカウンターを叩いて引き留めた。
だが、優太の表情はピクリとも動かない。
「魂を喰う? 上等だ。金貨を喰わないなら全く問題ない」
「問題大アリですよ!?」
「で、討伐と素材回収の報酬は?」
「……最深部のボスクラス討伐込みで、金貨150枚です」
その数字を聞いた瞬間、優太、ダイヤ、ウィスターの三人の目の色が、猛禽類のように鋭く変わった。
「150枚……! 私の借金を返しても60枚余る。よし、命を懸ける価値はある」
「金貨60枚の山分けなら一人20枚か……! 魔導サブマシンガンの弾薬(魔力カートリッジ)が半年分買えるぞ……!」
「ルナミス競馬の第11レースに全ツッパできるな……震えてきやがったぜ」
「あ、あの! 私はお団子500本買いたいですぅ!」
受付嬢が「こいつら、金への執着で恐怖がバグってる……」とドン引きする中、優太たちは引導を渡すように強引に依頼書にサインを書き殴った。
◆ ◆ ◆
ルナミス帝国郊外、絶望の深淵『天魔窟』。
かつて世界を無に帰そうとした死蟲王サルバロスの残滓が蠢くその洞窟は、岩肌に無機質な銀色の金属パイプ(ナノマシンネットワーク)が血管のように這い回る、異様な空間だった。
「湿気と機械油の臭い……最悪のオペ室だな」
優太はG-SHOCKのバックライトを点灯させた。引き落としの27日まで、残り約65時間。
「ヒッ……なんかカシャカシャ音がしますぅ! 優太さん、守ってくださいね!」
リリスが優太のパーカーの裾をギュッと掴む。
「安心しろ。お前が死ぬとクレカの借金が俺に全額のしかかってくるからな。絶対に死なせん」
「理由が世知辛すぎます!」
「来るぞ。前衛、構えろ!」
優太の鋭い指示と同時、暗闇の奥から無数の赤いセンサーアイが不気味に灯った。
カシャカシャカシャッ! という金属質な足音と共に現れたのは、巨大な蟻の姿をした機械生命体——『死蟻型』の群れだ。
顎からは、分厚い鉄の装甲すら溶かす強力な酸が滴り落ちている。
「数が多いな……フッ、だがちょうどいい的だ!」
ダイヤが動いた。彼女は魔法ポーチに手を突っ込むと、長剣ではなく、黒光りする『魔導式サブマシンガン』を引きずり出した。ユニークスキル【ウェポンズマスター】の真骨頂である。
「食らえ、死蟲どもッ!!」
タタタタタタタタッ!!
洞窟内に、魔力弾の激しい連射音が木霊する。
先頭の死蟻型たちが、ハチの巣にされて次々と吹き飛んでいく。
「ははははっ! 見たか私の火力を! ……ああっ!? 待て、今の3秒のフルオートで銀貨2枚分(2000円)の弾薬が飛んだ!? いやだ、撃ちたくない! でも撃たないと死ぬッ!」
紅蓮の戦乙女は、圧倒的な制圧力を見せつけながら、一発撃つごとに「あああっ、私の昼飯代がぁぁっ!」と血の涙を流して絶叫していた。
「おいダイヤ、泣くか撃つかどっちかにしろ! 狙いがブレてるぞ!」
優太が呆れたようにツッコミを入れる横で、ウィスターがポポロシガーを口にくわえた。
「ったく、騒がしいお嬢ちゃんだぜ。金が惜しいなら、俺が『無料』で焼き払ってやるよ」
ウィスターが国宝級の世界樹の二柱杖を無造作に振るう。
詠唱は一切ない。
ただ、彼の脳内で『炎』と『風』のマナが完璧な比率でブレンドされただけだ。
「消し飛べ(ブラスト)」
ドゴォォォォォォォンッ!!!
ウィスターの放った複合魔法が、洞窟の中腹で凄まじい爆発と熱風を引き起こした。
死蟻型の後続部隊が一瞬にしてスクラップへと変わり、オレンジ色の炎が洞窟を照らす。
「ふぅ……」
ウィスターは、目の前で燃え盛る死蟲機の炎に顔を近づけ、シガーの先端にシュボッと火を点けた。
「まぁ、魔力のコスパは最高だな」
「す、すごいですぅ! エルフさん、魔法の天才ですね!」
リリスがパチパチと拍手をした、次の瞬間。
「ギチィィッ!!」
爆炎の死角を抜け、天井のパイプを這い回っていた一匹の死蟻型が、無防備なリリスの頭上へと正確に跳躍した。
強力な酸を吐き出そうと、その無機質な顎が大きく開かれる。
「リリスッ!」
ダイヤが叫ぶが、リロード中で間に合わない。ウィスターも紫煙を吐いた直後だ。
だが、その場にいる誰よりも早く、一人の『医学生』が動いていた。
「——患部の見落としだ」
優太は、リュックの側面に固定していた折りたたみ式の『ワスプ薙刀』をシャキッと展開させながら、リリスの前にスライドするように滑り込んだ。
「ギァッ!?」
「CQCからの、穿刺」
大東流の歩法で死蟻型の軌道へ入り込み、全くブレのない動作で、薙刀の切っ先を機械の顎の隙間——首のジョイント部分へと突き入れる。
ここからが、この武器の真骨頂だ。
ワスプ・インジェクターナイフの理論。優太は柄のボタンを親指で弾いた。
プシュゥゥゥッ!!
「ギ、ギギギギギッ!?」
薙刀の先端から、超高圧の圧縮冷却ガスが死蟻型の内部に向かって一気に噴射される。
機械の駆動部と電子回路が内部から瞬間凍結し、膨張したガスが装甲を内側から破裂させた。
パキンッ! という乾いた音と共に、死蟻型は完全に機能停止し、バラバラのスクラップとなって地面に降り注いだ。
「——内部からの破壊、および冷却完了。バイタル消失を確認した」
優太は薙刀についた機械油を振り払い、再びカシャッと折りたたんで腰に収めた。
そのあまりに冷徹で、無駄のない殺人(殺蟲)術に、ダイヤとウィスターは息を呑んだ。
「……ユウタ。貴殿、本当にただの学生なのか? 今の身のこなしと急所を穿つ精度、長年戦場に身を置いた暗殺者のごときだが……」
「俺は医者だと言っているだろ。メスを入れる場所を間違えないだけだ」
優太はG-SHOCKの盤面を見つめた。
戦闘時間、わずか45秒。
「……よし。時給換算すれば悪くないペースだ。奥へ進むぞ」
「はいっ! ついて行きます、私のATM……じゃなくて、命の恩人さん!」
「お前、今本音が漏れたぞ」
死蟲機の残骸を乗り越え、借金まみれのパーティーは天魔窟のさらに奥深く——『機械の心臓』が脈打つ下層へと足を踏み入れていった。




