シーン4:【美しきコンボと432Hzの鎮魂歌】玉座の餓死者と、狂乱の決算
「――さあ、ウニ。帝国の財布の底をさらう、熱狂の生放送の準備だ」
俺の号令と共に、ドーム型倉庫の最奥に新設された特別配信スタジオに、パァンッ!と眩い照明魔石の光が灯る。
今回の配信に向けて、背景セットは一新されていた。木の温もりを感じさせる簡素な格子組みと、異国情緒あふれる優雅な曲線を描く調度品が融合した、洗練された空間デザイン。華美なだけの貴族趣味とは一線を画す、研ぎ澄まされた美意識がそこにある。
そして、スタジオを満たすのは、微かに空間を震わせる環境音(BGM)。
人間の精神を深く落ち着かせ、無意識のうちに警戒心を解き放ち、財布の紐を極限まで緩ませるという『432ヘルツ』の特殊な魔力波長に調整された、魔水晶の澄んだ音色だ。
「通信、開始」
俺がレバーを押し込んだ瞬間、帝都全域の受信機が起動し、同時接続数は瞬く間に7000を突破した。
『待っていたぞセシリア嬢!』
『ポイント還元祭の告知を見た! 今日は何十金貨用意すればいい!?』
『その新しい背景、素晴らしいセンスだ! 我が館の改装の参考にしたい!』
「ごきげんよう、愛すべき帝国の皆様」
俺はカメラに向かって、慈愛と洗練を極めた令嬢の微笑みを向ける。432ヘルツの魔力波長に乗せた俺の声は、画面の向こうの貴族たちの脳髄を甘く蕩けさせていくはずだ。
「本日は、皆様の美しさを『完全なもの』へと昇華させる、特別なご提案がございます。……大人気の『黄金の薔薇美容液』、魅惑の『白百合の吐息(香水)』、そして本日初公開となる、深海の魔力真珠を溶かし込んだ『真珠の化粧水』」
俺はベルベットのクッションの上に、美しく配置された三つのガラス瓶を示す。
「これらを一つずつお求めいただくのも結構です。ですが……美しさとは、すべてが調和してこそ真の輝きを放つもの。そこで今夜限定で、これら三点を一つの箱に収めた【完璧なる美のコンボ・セット】をご用意いたしました」
俺はさらに、魅惑的な声で囁く。
「単品で三つ買うよりも、金貨五枚分もお安く。さらに、会員証へのポイント還元率は通常の『三倍』とさせていただきますわ」
ピタリ、と。
コメント欄の動きが一瞬だけ停止し――直後、大爆発を起こした。
『三倍!? ポイントが三倍だと!?』
『しかも金貨五枚引き! バラで買うなどあり得ん! セットだ、コンボ・セットをよこせ!』
『妻と娘と愛人の分で、コンボを三つ! いや、五つだ!!』
「ありがとうございます! では、決済ゲートを開放いたします!」
俺がスイッチを弾いた瞬間、スタジオの物質転送陣から、これまでで最大規模の『黄金の奔流』が吐き出され始めた。ジャラララララッ!!という轟音が、432ヘルツの穏やかなBGMを完全に掻き消す。
だが、俺は焦らない。
今回からは、俺の頭脳である『全拠点・中央統合管理網(ERP)』が完全に機能している。客からの注文データは瞬時に処理され、隣の倉庫区画へ自動でピッキングと梱包の指示が飛び、馬車と転送陣のハイブリッド物流が一切の遅延なく商品を発送していく。
俺は狂乱のコメント欄を眺めながら、指先でコンソールを操作し、ある特定の『古い波長』へのブロックを、密かに、そして残酷に解除した。
◇◇◇
同じ頃。
遥か東。アルフェン王国の王城、最上階の玉座の間。
「……あ、あぁ……」
薄暗く、冷え切った大理石の床の上で、一人の男がうわ言のように呻いていた。
アルフェン王国次期国王、アルベルト。
彼の豪華だった衣装はボロボロに引き裂かれ、頬は極限までこけ、かつての面影はどこにもない。
窓の外からは、暴徒と化した民衆たちが城門を打ち破り、城内を略奪して回る恐ろしい怒号と破壊音が絶え間なく響いてくる。
『セシリア様万歳!』
『我らにパンと石鹸を与えてくださった、真の女神様!』
『無能な王族を引きずり出せ!』
民衆が讃えているのは、自分ではない。自分が「国を傾ける毒婦」と見下し、追放したはずの女の名前だ。
宰相バルディスは国庫の金を持って逃げた(そして数時間前に国境で暴徒に八つ裂きにされたことを、彼はまだ知らない)。
近衛騎士も、使用人も、誰一人残っていない。
水も食料も尽き、アルベルトはただ、自分の国が自分の目の前で他人のものへと書き換えられていくのを、餓えの苦しみの中で聞いていることしかできなかった。
「……せしり、あ……助け、て……」
干からびた唇から、情けない懇願が漏れる。
その時だった。
玉座の脇に転がっていた、彼が何度も通信を試みてはブロックされ続けていた『長距離通信魔道具』が、突如として青白い光を放ち始めたのだ。
『――ありがとうございます! コンボ・セット、飛ぶように売れております!』
通信機から響き渡ったのは、透き通るような、そして自信に満ち溢れたセシリアの声だった。
アルベルトは弾かれたように顔を上げ、這いつくばりながら通信機へとすがりつく。
「せ、セシリア! セシリアか!? 私だ、アルベルトだ! 助けてくれ、頼む!!」
しかし、通信機から聞こえてくるのは、彼への返事ではなかった。
『帝国の皆様の熱量、本当に素晴らしいですわ! ああ、また金貨の雨が!』
『セシリア商会万歳! 次期皇帝の妃になってくれ!』
『アルフェン王国の難民たちも、お前の支援物資で命を繋いでいるそうだな! 真の聖女だ!』
ジャララララララッ!という、途方もない量の金貨がぶつかり合う音。
数千人の帝国貴族たちが彼女を崇拝し、莫大な富を投げ打っている狂乱の様子が、音声だけとなってアルベルトの鼓膜を容赦なく打ち据える。
それは、彼が欲してやまなかった『絶対的な権力と富』。
それを、彼が捨てた女が、異国の地で完全に手中に収めているという圧倒的な現実だった。
「あ……あぁ……」
アルベルトは、通信機にすがりついたまま、カタカタと震え始めた。
『ふふっ。古い国は自らの愚かさで崩れ去りましたが……その廃墟の上に、私は新たな、そして美しき経済の帝国を築き上げます。私の商会は、永遠に皆様と共にありますわ』
彼女の声には、アルフェン王国に対する未練も、彼に対する怒りすらも、もはや一ミリも含まれていなかった。
完全に「路傍の石」として、存在すら忘れ去られている。
自分が支配していたはずの国は、彼女が配った無料のパンと石鹸によって、あっけなく彼女の所有物へと成り下がったのだ。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
アルベルトの喉から、人間のものとは思えない、獣のような絶叫がほとばしった。
絶望、後悔、そして完全なる自己の崩壊。
飢えと恐怖で限界に達していた彼の精神は、その通信から流れてくる『黄金の雨音と432ヘルツの優雅なBGM』によって、完全に、そして修復不可能なまでに粉砕された。
バンッ!と、玉座の間の重厚な扉が、暴徒たちによって打ち破られたのは、まさにその直後のことだった。
◇◇◇
「……」
帝国の配信スタジオ。
俺は、コンソールに繋いだヘッドセットから微かに聞こえた、空間を引き裂くような男の絶叫と、その後に続いた暴徒たちの怒号を、氷のように冷たい瞳で聞き届けた。
そして、指先で静かに、その通信波長を『完全削除』する。
「終わりましたね」
俺はヘッドセットを外し、背後で腕を組んでいたレオンハルトと、ガラン隊長を振り返った。
足元には、もはや数えることも不可能なほどの金貨の山。
そして、俺の商会の『全拠点・中央統合管理網(ERP)』の水晶盤には、旧アルフェン王国の全土が、セシリア商会の流通網(緑色の光)によって完全に制圧・統合されたことを示すサインが力強く点灯していた。
「あぁ。見事な手際だった」
レオンハルトが、黄金の瞳を細めて不敵に笑う。
「さあ、ウニ。帝国の金庫も、王国の土地も、すべて私たちがいただいたわ」
「キュイッ!!」
俺の腕の中で、ウニが誇らしげに鳴き声を上げる。
追放された悪役令嬢による、前代未聞の経済戦争。
祖国を滅ぼし、帝国を熱狂させ、物流とECで世界を支配する巨大な多国籍企業が、今ここに完全なる産声を上げたのだ。
俺はミッドナイトブルーのドレスの裾を翻し、天井知らずの野心を胸に、次なる市場へと鋭い視線を向けた。




