シーン1:【陸屋根の異端建築】引き算の美学と、リアル店舗の逆襲
カーンッ、カーンッ! ギコギコギコ……。
帝都の中心部、皇帝の宮殿から真っ直ぐに伸びるメインストリートの一等地。
数日前まで、没落した歴史ある伯爵家の豪奢な(そしてひどく悪趣味な)石造りの館が建っていたその場所は今、凄まじい活気と土埃に包まれた巨大な建設現場へと変貌していた。
「違う! 何度言ったら分かるの、親方! 屋根に傾斜(勾配)はいらないと言っているでしょう!」
俺は片手に丸めた設計図(青写真)を握りしめ、足場の上で作業をしている帝都一の宮大工に向かって、拡声用の魔道具越しに容赦のないダメ出しを飛ばしていた。
ミッドナイトブルーのドレスの裾が土埃で汚れるのも構わず、ヘルメット代わりの防護結界を頭上に展開しながら現場をズカズカと歩き回る。
「せ、セシリア会頭! しかしですね!」
白髪交じりの親方が、足場の上から困り果てたような顔で見下ろしてくる。
「帝都の貴族街で建物を建てるなら、立派な三角の傾斜屋根に、豪奢なレンガ瓦を葺くのが常識ですぜ! それを、こんな真っ平らな『陸屋根』にして、しかも安物のトタン(金属板)で塞ぐなんて……そんなみすぼらしい外観じゃ、貴族の客に笑われちまいます!」
「常識なんてどうでもいいの! いいから、その組みかけの傾斜屋根の骨組みを今すぐ解体して、真っ平らなトタン屋根に張り替えなさい!」
俺は設計図で足場の柱をバンバンと叩きながら、一歩も引かずに命令する。
「いい? これはただの館じゃないの。セシリア商会の世界観を体現する『特権ショールーム(体験型実店舗)』なのよ。重苦しい石の壁や、権威をひけらかすだけの三角屋根なんて、古臭くて息が詰まるわ。……フラットで、無機質で、洗練された直線。それこそがこれからの時代の『美』の基準になるの」
「は、はぁ……トタンの真っ平らな屋根が、美の基準、ですか……」
親方が完全に理解の範疇を超えたという顔で、首を傾げながらも作業員たちに解体の指示を出し始めた。
「……相変わらず、帝国の常識を木っ端微塵に粉砕するのがお好きなようですね、セシリア様」
背後から、呆れ半分、感心半分の声が聞こえた。
振り返ると、非番のはずの近衛騎士ガラン隊長が、私服姿で立っていた。その手には、差し入れであろう冷たい果実水が入った水筒が握られている。
「あら、ガラン隊長。お休みの日まで私の現場監督ですか?」
「皇帝陛下より、あなたの護衛と『次は何を企んでいるのか報告しろ』と命じられておりますので。……それにしても」
ガラン隊長は、建設中の奇妙な建物の骨組みを見上げて目を細めた。
「通信での販売網をあれほど完璧に構築したというのに、なぜ今更、莫大な資金を投じて『実店舗』など構えるのですか? お客様は皆、館にいながらにして転送陣で商品を受け取れる便利さに熱狂しているはずですが」
「ええ、EC(通信販売)は完璧です。でも、だからこそ『リアル』の価値がバグ上がりするんですよ」
俺はガラン隊長から水筒を受け取り、冷たい果実水で渇いた喉を潤す。
「人は、便利になればなるほど、今度は『特別な体験』に飢え始めます。画面越しに商品を買うだけでは満たされない、五感すべてを刺激される圧倒的な空間。……名付けて『O2O戦略』です」
「おーつーおー……また新しい呪文ですね」
「通信で私のブランドに熱狂した客を、今度はこの物理的な『聖地』へと誘導するんです。ここでしか味わえないお茶を出し、商品を直接手に取らせ、そして……彼らが『こんな素晴らしい空間にいる自分』を、通信魔道具の映像機能で他の貴族たちに自慢したくなるような、極上の仕掛けを用意します」
俺はニヤリと笑い、広げた設計図の内装のページをガラン隊長に見せつけた。
そこには、帝国の豪奢で過剰な装飾(シャンデリアや重たい彫刻家具)とは真逆の、極限まで無駄を削ぎ落とした空間が描かれていた。
「内装のテーマは、『究極の引き算』です」
「引き算、ですか。……なんだか、ひどく殺風景に見えますが。家具の背も低いですし、壁にも装飾が一切ない」
「そこがいいんです。この様式は、極東の静寂を思わせるミニマリズムと、北方の温かみを融合させた……名付けて『ジャパンディ(Japandi)』スタイル」
俺は設計図の余白に羽ペンでササッと注釈を書き込みながら説明する。
「無垢の木材を贅沢に使い、自然光をたっぷりと取り入れる。そして、過度な装飾を排した空間に、南方の奥深くで受け継がれてきた『素朴な民族文化』の工芸品をアクセントとして配置します」
「民族文化……ですか?」
「ええ。例えば、これ」
俺は足元に置かれていた木箱の中から、複雑な幾何学模様に編み込まれた『竹細工の巨大なランプシェード』を取り出して見せた。
帝国の職人には絶対に真似できない、南方の農村に伝わる伝統的な手仕事(ベトナムの伝統的な竹藤編み工芸)の品だ。
「キュプッ!」
俺の肩から飛び降りたウニが、その竹細工の網目の隙間に頭を突っ込み、抜けなくなって「キュウゥ……」とジタバタしている。俺は苦笑しながらウニを引っこ抜いてやった。
「ただの竹や籐の編み込みですが、これをあの洗練された『ジャパンディ』の空間に吊るすと、信じられないほどモダンで、温かみのある芸術品に化けるんです。さらに、床には伝統的な銅鼓の文様をあしらった絨毯を敷き詰めます」
「なるほど……。豪華絢爛なだけの貴族の館に住み慣れた者たちにとって、その『素朴さと洗練の融合』は、かつて見たことのない強烈な異国情緒として映る、というわけですね」
ガラン隊長が、俺の恐るべき空間設計の意図を理解し、ゴクリと息を呑む。
「その通り。彼らはこの『引き算の空間』に足を踏み入れた瞬間、自分の館の過剰な装飾が、ひどく下品で息苦しいものに感じられるはずです。……そうなれば、しめたもの」
俺は水筒の蓋を閉め、建設現場のど真ん中で両手を広げた。
「『セシリア商会のショールームのような、洗練されたお部屋にしたい!』。そう思った彼らのために、今度は化粧品だけでなく、この竹細工のランプや、無垢材の家具、そして『空間そのもの』のコーディネート一式を、桁違いの価格で売りつけるんです」
商品の単価が、金貨十枚の世界から、一気に金貨数千枚(不動産・インテリア事業)の世界へと跳ね上がる。
これこそが、ライフスタイル・ブランドの頂点だ。
「……セシリア様。あなたは本当に、人から金貨をむしり取ることに関して、神か悪魔に愛されていますね」
「最高の褒め言葉です。さて、外装のトタン陸屋根の件は親方を黙らせたので、次は内部の竹細工の配置チェックですね。ガラン隊長、せっかくの休日ですから、荷物持ちを手伝っていきませんか?」
「……近衛騎士団の隊長を、日雇いの荷方扱いできるのは、この帝国であなたと皇帝陛下だけですよ」
ガラン隊長は大きなため息をつきながらも、どこか楽しげに竹細工の入った木箱を軽々と担ぎ上げた。
アルフェン王国を完全に統合し、強固なサプライチェーンを手に入れたセシリア商会。
画面の向こう側の熱狂は、今まさに物理的な実体を伴って、帝都の街並みと貴族たちの『生活』そのものを、根底から塗り替えようとしていた。




