シーン3:【王国の完全買収】中央統合システム(ERP)の構築と、狂乱のセット販売
「星と薔薇の紋章を掲げよ! セシリア女神に感謝を!」
「我らの真の主は、王家ではない! 我々にパンと石鹸を与えてくださったセシリア様だ!」
通信魔道具の受信水晶から響き渡る、アルフェン王国の民衆たちの熱狂的な大合唱。
かつて俺を「国を傾ける毒婦」と罵っていた彼らは今、帝都から国境を越えて次々と送り込まれる『星屑の救済便(無料配布物資)』の前にひれ伏し、涙を流して祈りを捧げている。
「……セシリア様。作戦開始からわずか数日。アルフェン王国の主要な街は、完全に我々の支援物資なしでは一日も立ち行かない状態に陥りました」
執務室の机の前で、ガラン隊長が報告書を読み上げながら、信じられないものを見るように息を吐く。
「王国の騎士団も自警団も、我々の荷馬車隊を襲うどころか、進んで護衛を買って出ています。……王都の城門には、王家の旗の代わりに、セシリア商会の『星と薔薇』の旗が掲げられているとのことです」
「完璧ですね」
俺は淹れたてのハーブティーを一口含み、満足げに微笑んだ。
飢餓と暴動に支配された無政府状態の国を、武力ではなく『物資の暴力』で完全に依存させたのだ。
フリーミアム戦略の大成功。ここからは、回収のフェーズに移行する。
「さあ、ガラン隊長。無料期間は終了です。今日から王国への物資提供を『有償』に切り替えます」
「有償、ですか。しかし、彼らにはもはや支払う金貨など……」
「金貨など求めていませんよ。彼らには『労働力』と『資源』で支払ってもらいます」
俺は机の上に広げた大陸地図の上で、羽ペンを滑らせる。
北のケイ砂鉱山、東のガラス職人街、そして広大な農地。
「北の鉱夫と東の職人たちに告げなさい。『セシリア商会の専属として働くなら、家族全員に三食と安全な寝床を保証する』と。……これで、私の商会は莫大な原材料と、熟練の労働力をタダ同然で手に入れることができます」
アルフェン王国を一つの巨大な『生産工場』として完全に飲み込む。
だが、これほど巨大な多国籍企業になれば、かつてのような手書きの帳簿やカンなどでは到底管理しきれない。
「キュプッ!」
机の上のウニが、俺の広げた巨大な白紙の羊皮紙の上をトコトコと歩き回る。
俺はその羊皮紙に、複数の魔力石を幾何学的に配置し、線で結んでいく。
「そこで、商会の機能を次の次元へ引き上げます。……名付けて、『全拠点・中央統合管理網』です」
「えんたーぷらいず……? また耳慣れない呪文ですね」
ガラン隊長が首を傾げる。
「簡単に言えば、商会の『脳髄』です。帝国の販売データ、倉庫の在庫状況、王国の原材料の採掘量、そして全従業員の労働時間と給与。これらすべてを、魔力通信を使ってこの執務室の水晶にリアルタイムで一元化させます」
前世のビジネスアナリストや大企業が導入している『ERPシステム』の魔術的再現だ。
部署ごとの縦割りを破壊し、データの一元管理を行うことで、無駄な在庫や物流の遅延をコンマ一秒の精度で削り落とす。
「これを見なさい。王国の鉱山でケイ砂が掘られた瞬間に、こちらの在庫データが更新され、自動的に帝国のガラス工房へ転送指示が飛びます。人間の伝令は一切挟みません」
「……っ! 国境を越えた数千人の動きを、セシリア様お一人で、一目で完全に把握し、統制できるというのですか……!」
ガラン隊長が、その情報統制の恐ろしさに顔色を変える。
剣の強さではなく、情報の速さと正確さこそが、現代戦の最強の武器なのだ。
「ええ。そして、生産ラインが安定した今、帝国の貴族たちからさらに効率よく金貨を吸い上げるための『次の一手』を打ちます」
俺は通信魔道具のスイッチを入れ、帝都に向けた今夜の生配信の『告知』を全受信機に強制送信した。
そこには、黄金の文字でこう踊っている。
『祝・生産ライン拡大! 今夜限定【完璧なる美のコンボ・セット】を特別価格でご提供!』
「コンボ・セット……販売ですか?」
「そうです。大人気の『黄金の薔薇美容液』『白百合の吐息(香水)』、そして新作の『真珠の化粧水』。これを一つずつ売るのではなく、三つまとめた『コンボ(セット)』にして販売します」
人間の心理として、単品で買うよりも「セットで買うと二割お得!」と言われると、本来不要だったものまでまとめて買ってしまう。客単価(AOV)を爆発的に引き上げる、クロスセルの極意だ。
「帝国の貴族たちは今、私のポイントシステムに完全に縛り付けられています。コンボ・セットで大量のポイントが還元されると知れば、彼らは息をするように金貨を投げ打つでしょう」
俺の頭の中で、完璧に設計されたビジネスの歯車が、狂いのないリズムで回転し始めている。
帝国の富をコンボ販売で限界まで吸い上げ、その資金と中央統合システム(ERP)を使ってアルフェン王国を完全に作り変える。
「……セシリア様。一つだけ、確認してもよろしいでしょうか」
ガラン隊長が、窓の外の遠い東の空――アルフェン王国の王都がある方角を見つめながら、静かに問いかけた。
「王国の民は救済され、国土はあなたの商会の一部となりました。……では、王城に取り残されているはずの『あの方』は、どうなるのでしょうか?」
俺は羽ペンを置き、紅茶の冷めた香りをふっと嗅ぎながら、微かに目を細めた。
王城の奥深く。暴徒に包囲され、宰相に金を持ち逃げされ、水も食料も尽きた冷たい玉座に縛り付けられているであろう、かつての婚約者。
「アルベルト殿下、ですか」
俺の唇に、氷のように冷たく、そして一切の感情を含まない笑みが浮かぶ。
「彼には、最高の『特等席』をご用意していますよ。……自分の見下していた女が、自分の国を丸ごと買い上げ、神として崇められる様を、飢えと絶望の中で最後まで見届けるという特等席をね」
俺は通信魔道具の『特定波長』のブロックを、あえて、意図的に、一つだけ解除した。
彼が最後の最後、完全に狂い果てる瞬間に、俺のこの華やかな配信(声)が届くように。
「さあ、ウニ。帝国の財布の底をさらう、熱狂のコンボ販売(生放送)の準備だ。……泥舟の沈没を祝う、極上の鎮魂歌を響かせてやろう」
「キュイイッ!!」
圧倒的な資本の暴力と、冷徹なシステム管理。
異世界を呑み込む悪役令嬢の経済戦争は、かつての婚約者の完全なる精神崩壊に向けて、最終局面に突入しようとしていた。




