シーン4:【全帝国生中継のファクトチェック】暴かれる毒蛇の巣と、熱狂の逆探知(トラッキング)
ブゥゥゥン……ッ!!
帝都の夜の闇を切り裂くように、通信魔道具の重厚な駆動音が専用スタジオの空気を震わせる。
起動からわずか数秒。受信盤の『共鳴石』は、過去最高の同時接続数『6000』という、帝都の魔力網の限界値ギリギリの爆発的な光を放ち始めた。
だが、空中に展開されたコメント欄の様子は、いつもの狂乱の『お祭り騒ぎ』とは全く異なっている。
『セシリア商会! 街で配られているあのビラは本当なのか!』
『美容液に毒が入っているというのは事実か! 妻が怯えて泣いている!』
『純銀の鏡は呪物だという噂だ! 答えろ、セシリア嬢!』
不安、疑念、そして恐怖。
負の感情が渦巻く光の文字が、滝のような速度で画面を埋め尽くしていく。
俺はカメラのレンズの前に立ち、ミッドナイトブルーのドレスの裾を静かに下ろす。
顔には一切の焦りも、怒りもない。ただ、深く透き通るような、慈愛に満ちた令嬢の微笑みだけがそこにある。
「ごきげんよう、愛すべき帝国の皆様。……今夜は、皆様の美しいお顔に不安の影を落としてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
俺が深く、静かにカーテシーを決めると、コメント欄の速度がふっと息を呑むように鈍る。
「街に悪辣な噂が流れていることは、私の耳にも届いております。……ですが、商人の百の言葉より、一つの『絶対的な事実』こそが、皆様の不安を拭い去る唯一の光だと私は信じております」
俺は一歩横にずれ、背後に控えていた二人の人物をカメラの画角に招き入れる。
一人は、星の刺繍が施されたローブを纏い、長い白髭を蓄えた厳格な老人。
もう一人は、純白の法衣に身を包み、黄金の十字杖を手にした壮年の男だ。
『なっ……!? あのお方は、帝国最高位の宮廷錬金術師、パラケルスス様!?』
『隣にいるのは、太陽教会の高位神官長ではないか! なぜあのような雲上人が、セシリア商会の通信に!?』
帝国の貴族であれば誰もが知る、科学と神学の『最高権威』の登場。
コメント欄の空気が、疑念から驚愕へと一瞬で反転する。
「パラケルスス様。……皆様の目の前で、この『黄金の薔薇美容液』の鑑定をお願いいたします」
俺がベルベットの布に置かれた小瓶を示すと、宮廷錬金術師は無言で頷き、懐から青く光る試薬の入ったガラス管を取り出した。
「帝国の民よ、よく見よ。この試薬は、一滴でも人体に害を成す毒や不純物が含まれていれば、漆黒に染まり悪臭を放つ絶対の鑑定薬である」
老錬金術師の声が、威厳を伴ってスタジオに響く。
彼はスポイトで美容液を一滴吸い上げ、試薬の管へと慎重に落とした。
ポチャン、という微かな水音。
数千人の視聴者が、画面の向こうで息を殺して見守る気配が伝わってくる。
シュワァァァッ……!
試薬は漆黒に染まるどころか、美容液と混ざり合った瞬間に、目も眩むような神々しい『黄金色の光』を放ち始めた。
キラキラと微細な魔力の粒子が管の中から立ち昇り、スタジオの空気を浄化していく。
「……見事だ。毒などという次元ではない。細胞を活性化させる純粋な生命力と、極限まで精製された自然の恵み。……我が宮廷の技術を以てしても、これほど純度の高い霊薬は作れん」
『おおおおっ!!』
『宮廷錬金術師様のお墨付きだ! やはり毒などという噂はデマだったんだ!』
『私の肌が若返ったのは、本物の魔法の力だったんだ!』
俺は間髪入れずに、今度は高位神官長へ視線を促す。
「では、神官長様。こちらの『純銀ガラス鏡』に、邪悪な呪いが掛けられているか、神の御目に照らし合わせていただけますでしょうか」
「承知した。……『大いなる光よ、邪を祓い、真実を映し出せ』」
高位神官長が黄金の十字杖を掲げ、鏡に向けて純白の聖水を振りかける。
もし呪物であれば、聖水に触れた瞬間に瘴気を放ってひび割れるはずだ。
だが、鏡は聖水の雫を美しく弾き、その表面に神官長の放つ神聖な魔力光を、一寸の歪みもなく、さらに眩く増幅して跳ね返して見せた。
「……主の光が、これほどまでに澄み渡って反射するとは。この鏡にあるのは、曇りなき純粋な銀の輝きのみ。呪いなどという邪悪な気配は、微塵も存在しないと、我が教会の名にかけて保証しよう」
ピタリ、と。
不安に揺れていたコメント欄が、一瞬の静寂の後、凄まじい大爆発を起こした。
『ふざけるな! 誰だ、あんな悪質なデマを流した奴は!』
『私の大切な美容液を捨てるところだった! 許せない!』
『セシリア嬢の商会を陥れようとする、悪魔の仕業だ!』
(……完璧だ)
俺は内心でガッツポーズを決めながら、静かに、そしてゆっくりとカメラの正面に歩み出る。
帝国の最高権威による公開ファクトチェック。
客の『不安』は完全に払拭され、それはそのまま、デマを流した何者かへの『猛烈な怒りと憎悪』へと変換されたのだ。
「皆様、ご安心いただけたでしょうか。……私の商会は、皆様の美しさを守る盾です」
俺は痛ましそうに目を伏せ、懐から、今朝街で撒かれていたあの薄汚れた『怪文書』の羊皮紙を取り出し、カメラの前に突きつける。
「ですが、私は悲しい。……どこの誰かは存じませんが、このような卑劣な嘘で、皆様の心に恐怖を植え付け、私と皆様の絆を引き裂こうとした者がいるという事実が」
『許さん! そいつを見つけ出して八つ裂きにしてやる!』
『帝国の騎士団を動かせ! 犯人を炙り出せ!』
「ええ、その通りです。ですから……皆様に、少しだけ『力』をお借りしてもよろしいでしょうか?」
俺の唐突な提案に、コメント欄が『どういう意味だ?』と疑問符を浮かべる。
俺は怪文書を机の上に置き、肩の上に大人しく乗っていたウニを手のひらに乗せた。
「この怪文書の文字には、書いた者の『魔力の残滓』が微かに付着しています。……私の相棒であるこの子が、その波長を読み取り、この通信網に逆流させます」
「キュイッ!」
ウニが力強く鳴き、怪文書の表面に自分の青い針を突き立てた。
チリチリと、紙の表面からどす黒い微小な魔力が吸い上げられ、ウニの針を通って、通信魔道具の制御盤へと直接流し込まれていく。
「今、この通信に接続している6000人の皆様の魔力受信機。……それを『網の目』として利用し、このどす黒い波長を発信している大元の位置を、今からリアルタイムで特定いたします」
俺がそう宣言した瞬間、スタジオの空中の映像が切り替わった。
俺の顔ではなく、帝都全体を俯瞰した巨大な『3Dの光の地図』が、通信網を通じて全視聴者の画面に投影されたのだ。
『なっ……!? 帝都の地図が、画面に!?』
『魔力による逆探知だと!? そんな神業が可能なのか!?』
「皆様、どうか通信を切らずに、その怒りの魔力を画面に注ぎ続けてください。……さあ、悪質な嘘吐きの居場所を、白日の下に晒しましょう!」
俺が制御盤のマスターレバーを引き上げた瞬間。
ウニから抽出されたどす黒い魔力波長が、地図上を波紋のように広がり始める。
ピィンッ……ピィンッ……!
6000台の受信機がアンテナの役割を果たし、帝都の全域を超高速でスキャンしていく。
その光景は、現代のハッカーがIPアドレスを特定していくあの緊迫したハッキングシーンそのものだ。
数秒の静寂。
そして――。
ピピピピピピピッ!!!
「見つけました」
俺の冷酷な声と同時に、光の地図の一点。
帝都の東の外れ、廃倉庫が立ち並ぶスラム街の一角に、目も眩むような『真っ赤な光の点』が激しく明滅を始めた。
『あそこだ! 東の第十二倉庫街だ!』
『間違いない、あんなところに隠れ潜んで、我々を騙そうとしていたのか!』
画面の向こうの6000人の貴族たちが、その赤い点に向かって完全なる殺意を向けたのが、痛いほど伝わってくる。
これが、インターネット(通信網)を使った『特定』と『炎上』の暴力。
逃げ場など、最初からどこにも存在しないのだ。
俺はカメラの映像を再び自分に戻し、氷点下の微笑みを浮かべて宣告する。
「……ガラン隊長」
「はっ! 近衛騎士団、すでに出撃の準備は整っております!」
画面の端に映り込んだガラン隊長が、白銀の剣の柄を叩いて大音声で応える。
その背後には、すでに完全武装した数十人の精鋭騎士たちが整列し、出撃の時を待っていた。
「私の大切なお客様の心を傷つけた、その薄汚いネズミを……一匹残らず、捕縛してきなさい。抵抗するなら、手足を斬り落としても構いません」
『おおおおおっ!! やれ! 騎士団、やってしまえ!!』
『セシリア商会万歳! 我々の敵を討ち果たせ!』
「御意!! 全軍、東の第十二倉庫街へ急行せよ!!」
ガラン隊長の怒号と共に、騎士たちが嵐のような足音を立ててスタジオから飛び出していく。
その勇ましい後ろ姿を見送りながら、俺はカメラに向かって優雅に一礼した。
「帝国の皆様、お騒がせいたしました。……ネズミの駆除は、騎士団にお任せしましょう。私たちは、この美しい夜を、極上の香りと共に楽しむといたしましょうか」
俺は手元にあった『白百合の吐息』の香水瓶を掲げる。
「お詫びと言ってはなんですが、本日のポイント還元率は、特別に『二倍』とさせていただきますわ。……さあ、安心してお買い物をお楽しみくださいませ」
『セシリア様ぁぁぁっ!! 一生ついていきます!!』
『香水十本追加だ! 美容液の定期便も娘の分を追加してくれ!!』
『我が家の財産はすべてセシリア商会のものだ!』
完全に信者を通り越し、狂信者の群れと化したコメント欄から、昨日を遥かに凌駕する勢いで金貨の雨が物質転送陣へと降り注ぎ始める。
ジャララララララッ!! という黄金の間欠泉の音が、スタジオを再び狂乱の渦へと叩き込んだ。
俺はウニを肩に乗せ、狂ったように溢れ出す金貨の海を見下ろしながら、遠く東の空――バルディスが潜伏しているであろう方向に向けて、冷酷な視線を投げた。
(さあ、バルディス。お前が仕掛けた盤外戦術(炎上工作)は、私の最高の宣伝材料として完璧に利用させてもらったぞ)
暗殺も通じない。デマも通じない。
国家予算レベルの金を持ち逃げしたところで、現代の『情報戦』と『ファン・マーケティング』の前には、ただ無様に自滅するだけの哀れな毒蛇。
帝国の絶対的な防壁と、6000人の狂信的な顧客に守られた俺に、もはや死角はない。
「……さて。次はどうやって、この『世界』の首根っこを掴んでやろうか」
黄金の雨音をBGMに、俺の三日月型の笑みは、どこまでも深く、そして傲慢に帝都の夜に溶け込んでいった。




