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婚約破棄で追放された悪役令嬢ですが、隣国で『魔道具ネット通販』を始めたら金貨スパチャが止まりません〜私を追い出した王国は経済崩壊しました〜  作者: はりねずみの肉球
第7章:宰相の暗殺部隊 vs 帝国最強の盾

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シーン3:【炎上工作(レビュー荒らし)】愚かな毒蛇と、公開ファクトチェックの提案

カチャリ、と。

繊細な陶器が触れ合う高い音が、静寂に包まれた会頭執務室に響く。

特注の巨大なマホガニーの机。その滑らかな天板に落とされた朝の柔らかな日差しが、湯気を立てる琥珀色の紅茶アールグレイをキラキラと照らしている。

ベルガモットの柑橘系の香りが、徹夜明けのひどく疲労した脳髄を優しく撫でるように広がっていく。


「キュプッ、ムシャムシャ……」


机の片隅では、赤いリボンを巻き直してもらったウニが、自分の体と同じくらいある真っ赤なリンゴの欠片を、短い前足で器用に抱え込んでかじっている。

シャクッ、シャクッという小気味良い咀嚼音。

暗殺部隊の襲撃から数時間。倉庫の物理的な清掃と、割れた照明魔石の交換を終え、俺たちはようやく一息ついたところだった。


だが、安息の時間は長くは続かない。


「セシリア様。……帝都の市街地を見回っていた部下たちから、奇妙な報告が上がってきております」


執務室の分厚い扉の前に立つガラン隊長が、その厳つい顔をさらに険しく歪め、片手に握りしめた数枚の薄汚れた羊皮紙を俺の机に差し出した。

俺はティーカップをソーサーに静かに置き、その羊皮紙を指先でつまみ上げる。

ざらついた粗悪な紙質。インクの滲んだ、ひどく乱雑な文字。

そこには、大仰な赤い文字で、こんな文言が書き殴られていた。


『警告! セシリア商会の美容液は、悪魔の呪いが掛けられた毒薬である!』

『純銀の鏡は、覗き込んだ者の生気マナを夜な夜な吸い取る呪物だ!』

『購入者の肌がただれ、発狂して身投げしたという報告が相次いでいる! 今すぐ商会を帝都から追放せよ!』


「……ほう」


俺の唇から、感心したような、それでいて底冷えのするような吐息が漏れる。


「今朝方から、帝都の平民街や、下級貴族の集まるサロンの周辺で、このような怪文書が大量にばら撒かれているとのことです」


ガラン隊長がギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえる。


「さらに、得体の知れない素浪人や物乞いどもが、酒場で『セシリア商会の石鹸を使ったら腕が腐った』などと大声で吹聴して回っていると。……間違いありません。何者かが意図的に、セシリア商会の信用を失墜させるための根も葉もないデマを流しています」


「ええ、間違いないですね」


俺は怪文書を机の上に放り投げ、肘をついて指先でトントンと頬を叩く。

物理的な暗殺ダイレクトアタックが失敗した直後に、間髪入れずに社会的抹殺レピュテーション・ダメージを狙ってくる。

なるほど、腐っても一国の宰相まで登り詰めた男だ。こちらの『信用』こそが商売の生命線であると、正しく理解しているらしい。


(前世のネット通販で言うところの、組織的な『低評価レビュー荒らし(ネガキャン)』ってやつだ。……しかも、ただの嫌がらせじゃない。客の『恐怖心』を煽る、一番タチの悪いやり方だ)


美容や健康に関わる商品において、「毒が入っている」「肌がただれる」という噂は致命傷になる。

いくら俺の商品が完璧でも、一度植え付けられた『疑念』は、客の財布の紐を固く縛り上げてしまうのだ。


「セシリア様。直ちに近衛騎士団を動かし、この怪文書をばら撒いている者たちを捕縛します。拷問に掛ければ、背後にいる宰相バルディスの居場所もすぐに吐くはずです!」


ガラン隊長が剣の柄を握りしめ、今にも飛び出していきそうな勢いで進言する。

だが、俺は静かに首を横に振った。


「ダメです、ガラン隊長。それは下策中の下策ですよ」


「な、なぜですか! このまま放置すれば、噂は帝都中に広まり、せっかく築き上げた商会の信用が地に落ちてしまいますぞ!」


「権力を使って噂を力でねじ伏せようとすれば、民衆はどう思うでしょう?」


俺は冷たい瞳で、ガラン隊長を真っ直ぐに見据える。


「『やはり噂は本当だったんだ。都合が悪いから騎士団を使って隠蔽カバーアップしようとしているんだ』……そう思いませんか? 火のない所に煙は立たないと言いますが、煙を無理やり布で覆い隠そうとすれば、かえって不審な黒煙となって大炎上するんです」


ガラン隊長がハッと息を呑み、言葉に詰まる。

権力者の強権発動は、かえって陰謀論を加速させる。それが大衆心理という厄介な化け物の正体だ。


「……その通りだ。剣で民の口を塞げば、残るのは皇帝と商会への不信感だけだ」


突如、執務室の奥、俺の背後にあるプライベートバルコニーの巨大なガラス窓が、音もなくスライドして開かれた。

流れ込んでくる朝の冷気と共に、漆黒の軍服に真紅の外套を羽織ったレオンハルト皇帝が、不敵な笑みを浮かべて室内へと足を踏み入れてくる。


「へ、陛下!? いつの間にそのような所から……っ!」


ガラン隊長が慌てて片膝をつき、臣下の礼をとる。

俺は椅子に座ったまま、肩をすくめてレオンハルトを見上げた。


「ごきげんよう、陛下。……皇帝ともあろうお方が、正面の扉からではなくバルコニーから窓破りとは、随分と身軽でいらっしゃるんですね」


「正面エントランスは荷馬車の出入りで埃っぽくてな。お前の執務室の窓の魔力錠など、俺の闘気で一撫ですれば開く」


レオンハルトは悪びれもせずそう言い放ち、俺の机の上に置かれていた怪文書を無造作に手に取った。

黄金の瞳が、その乱雑な文字をスッと一読する。


「帝都の裏社会を牛耳る情報屋から、たった今報告が上がってきた」


レオンハルトは怪文書を指先で弾き、俺の目の前にヒラヒラと落とす。


「アルフェン王国の国庫の金貨を示す『刻印』が、昨晩から帝都の貧民街で大量に出回り始めている。……あの毒蛇バルディスめ、国から持ち逃げした莫大な資金を、すべて帝都のゴロツキどもへの『買収工作』に注ぎ込んでいるらしい。お前を社会的に抹殺するためにな」


「……なるほど。金に物を言わせて、何千人ものサクラ(工作員)を雇い、一斉に悪評を拡散しているわけですか」


俺は納得したように頷き、紅茶の残りを飲み干す。

これほどの規模のデマ工作、単なる個人の嫌がらせレベルではない。放置すれば、今日の夕方には「セシリア商会の商品を買うのは危険だ」という空気が帝都を完全に支配してしまうだろう。


「俺が直々に暗部を動かし、裏からゴロツキどもを一人残らず消し去ってやることもできるが? ……もちろん、その場合はお前の商会の利益から『特別警備費』をたんまりと頂くことになるがな」


レオンハルトが、獰猛な肉食獣のような瞳で俺を試すように見下ろしてくる。

俺がこの程度のピンチで泣きつき、皇帝の権力(武力)にすがるような退屈な女かどうかを、値踏みしているのだ。


「キュイッ!」


机の上のウニが、食べかけのリンゴを置いて、俺とレオンハルトの間に入り込むように立ち上がる。

俺はふふっ、と声を出して笑い、ウニの頭を撫でながら、レオンハルトの黄金の瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「お気遣い痛み入ります、陛下。ですが、そんな退屈な解決策に金貨を払うつもりはありません」


俺は椅子から立ち上がり、ミッドナイトブルーのドレスの裾を翻す。

窓から差し込む朝日を背に受け、俺の顔には、この異世界で誰よりも冷酷で、そして強気な『絶対的勝者』の笑みが張り付いている。


「先ほども言いました。権力での隠蔽は逆効果です。……デマや炎上を鎮火させる最も効果的で、最も残酷な方法は、たった一つしかありません」


「ほう。言ってみろ」


レオンハルトが、面白くてたまらないというように口角を吊り上げる。


「圧倒的な『事実ファクト』の束で、デマの出所を白日の下に引きずり出し、公開の場で完膚なきまでに叩き潰すことです」


俺は机の上に白紙の羊皮紙を広げ、羽ペンで素早く陣形図のようなものを書き殴っていく。

現代のネット社会における、炎上対策の最適解。

『第三者機関による公開検証ファクトチェック』と、『発信者情報の開示トラッキング』だ。


「陛下。皇帝の暗部を動かす必要はありません。その代わり、今夜の私の通信(生配信)の場に、帝国の『最高位の宮廷錬金術師』と、『教会の高位神官』を派遣していただけませんか?」


「……錬金術師と、神官だと?」


ガラン隊長が不思議そうに眉をひそめる。


「ええ。彼らのような、帝国中が『絶対に嘘をつかない』と認める権威ある第三者の手で、私の美容液や鏡に毒や呪いが一切含まれていないことを、数千人の視聴者の目の前で、生中継で証明(鑑定)させるんです」


自作自演の安全アピールでは誰も信じない。

だが、絶対に買収されない帝国の最高権威が、リアルタイムで科学的・魔術的な証明を行えば、民衆の疑念は一瞬で吹き飛ぶ。


「なるほど。毒がないことを証明し、デマを無効化する。……だが、それだけでは防戦一方ではないか?」


レオンハルトが腕を組み、挑発的に問いかけてくる。


「ええ、その通りです。ただ防御するだけでは、私の気が収まりません。……ですから、同時に『反撃カウンター』の魔法を用意します」


俺は羽ペンを置き、指先をパチンと鳴らす。


「ガラン隊長。先ほど拾い集めた、その怪文書の羊皮紙。……それを魔道具の解析班に回して、『文字を書いた者の魔力波長の残滓』を特定させてください」


「ま、魔力波長の残滓……? そのような微細なもの、特定できたとしても、広大な帝都の中から発信源を探し出すのは砂漠で針を探すようなものですが……」


「ええ、普通に探せば、ね。……でも、私には帝都中の貴族と通信を結ぶ『巨大なネットワーク』があります」


俺の唇が、凶悪な三日月の形に歪む。


「今夜の配信中、この数千人を結ぶ通信網の魔力を使って、その怪文書に残された波長と一致する『発信源』を、リアルタイムで逆探知トラッキングします。……そして、そのデマの出所がどこにあるのかを、数千人の視聴者の目の前で、地図上に光らせてみせましょう」


「なっ……!?」


ガラン隊長が絶句する。

レオンハルトの黄金の瞳が、驚きと、そして狂喜に大きく見開かれた。


「ふはっ、ははははっ!! 狂っている! 数千人の通信回線をレーダー代わりに使って、帝都に潜伏しているバルディスを炙り出す気か!!」


皇帝の歓喜の笑い声が、執務室のガラスをビリビリと震わせる。


「その通りです。彼がどんなに裏社会の闇に潜もうと、私の構築したこの情報網インターネットからは絶対に逃げられない。……デマを流した報いがどれほど恐ろしいか、全帝国の前で『公開処刑』にして差し上げます」


俺は窓の外、完全に夜が明け、活気づき始めた帝都の街並みを見下ろす。

バルディス。

前世の陰湿なネット荒らし(トロール)どもに比べれば、お前の炎上工作なんて、あまりにもアナログで、児戯にも等しい。

本当の『炎上』の恐ろしさを、今夜、お前のその身に叩き込んでやる。


「さあ、祭りの準備を始めましょうか。今夜の生放送は、セシリア商会の絶対的な信用を世界に刻み込む、最大のエンターテインメントになりますよ」


俺の宣言に、ウニが「キュイイッ!!」と力強く同意の鳴き声を上げた。

盤外戦術には、それを上回る圧倒的なシステムと技術力での蹂躙を。

毒蛇の息の根を止める、最狂のファクトチェック配信の幕が、静かに上がろうとしていた。

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