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婚約破棄で追放された悪役令嬢ですが、隣国で『魔道具ネット通販』を始めたら金貨スパチャが止まりません〜私を追い出した王国は経済崩壊しました〜  作者: はりねずみの肉球
第6章:焦る元婚約者と、「あ、ブロック対象です」

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シーン1:【香水と不協和音】全帝国生放送への不法侵入(ジャック)

鼓膜をくすぐるような、シュッ、という微かな風切り音。

直後、作業台の上の空気が、目に見えない極彩色の花園へと強引に塗り替えられる。


「……よし。香りの持続時間も、ミストの細かさも完璧だ」


ドーム型倉庫の二階に設えられた、防音と魔力遮断が施された専用の配信スタジオ。

俺は手元にある、手のひらサイズの薄桃色のガラス瓶を照明にかざし、満足げにその美しいカットの反射を確かめる。

瓶の先端には、微小な『風の魔石』を組み込んだ特殊な銀のノズル(アトマイザー)が取り付けられている。

指の腹で軽く押し込むだけで、液体の香料が魔力の風によって極限まで細かく粉砕され、ふわりと空間に舞い散る仕組みだ。


アルフェン王国でも、貴族たちは香水を使っていた。だが、それはドロドロとした強い香油を指で直接首筋や手首に擦り付けるという、ひどく野暮ったくて下品な代物だった。

匂いが強すぎて、夜会の会場は常に香辛料と獣脂が混ざったような悪臭の戦場と化していたものだ。


「だが、これは違う。トップノートは爽やかな柑橘、そこからゆっくりと、上品で奥深い白百合の甘さが引き立ってくる。……まさに、空間を支配する『見えないドレス』だ」


俺がうっとりとその香りを肺の奥深くまで吸い込んでいると、足元から「キュプッ! キュププッ!」と、連続する可愛らしいくしゃみの音が聞こえてきた。


「おっと、ごめんなウニ。お前の敏感な鼻には少し刺激が強すぎたか」


足元を見下ろすと、今日のために首元に小さな赤いリボンを巻かれた相棒のウニが、前足で一生懸命に自分の鼻をこすっている。

その愛らしい姿に、俺は思わず頬を緩める。

帝都のギルドの連中が物理的な包囲網(ただの嫌がらせ)を仕掛けてきてから、数日が経過していた。

俺の『星屑の会員証ポイントカード』と『自動定期便サブスクリプション』の鎖に完全に絡め取られた帝国の貴族たちは、もはやギルドの店に寄り付くことすらなくなった。

彼らの頭の中は、「次の配信でいかにポイントを効率よく貯めるか」、そして「セシリア商会の新作をどうやって隣の館の夫人より早く手に入れるか」で完全に支配されている。


「さあ、ウニ。帝都の財布の紐を、今日も派手に解き放ってやろうぜ」


俺は姿勢を正し、アルフェン王国仕込みの完璧な令嬢の微笑みを顔面にセットする。

そして、通信魔道具の送信レバーを、一番奥まで一気に押し込んだ。


ブゥゥゥン……ッ!!!


スタジオの空気を震わせる、重厚で心地よい魔力の駆動音。

受信盤の『共鳴石』が、もはや個別の光の粒ではなく、一つの巨大な恒星のように爆発的な輝きを放つ。

同時接続数、5000。

帝都の上流階級のほぼすべてが、夕食後の優雅な時間を投げ打って、この四角い画面(映像水晶)の前にかじりついている証拠だ。


空中に展開されたコメント欄は、配信開始のコンマ一秒後にはすでに光の濁流と化していた。


『待っていたぞセシリア嬢! 今日は何を売るんだ!』

『ポイントが貯まって仕方がない! 早く何か買わせてくれ!』

『昨日の石鹸、妻が狂ったように喜んでいた! 今日も頼む!』

『ウニちゃんだ! 赤いリボンが似合ってる!』


(ははっ、見事に調教(教育)が完了しているな)


俺は内心で腹の底から笑い転げそうになるのを、鋼の理性で完璧に押さえ込む。


「ごきげんよう、愛すべき帝国の皆様。今宵も、セシリア商会の魔法の時間へようこそ」


俺が優雅にカーテシーを決めると、肩の上のウニも「キュイッ!」と短く鳴いてお辞儀のポーズをとる。

コメント欄に『可愛い!』『金貨を投げさせてくれ!』という黄色い声が弾ける。

掴みは完璧だ。


「皆様、本日は『香り』についてのお話をいたしましょう。……夜会に向かう前、皆様はどのような香水をお使いですか?」


俺はわざとらしく、小首を傾げて問いかける。


『王国の商人から買った、バラの香油だ』

『指でたっぷり塗っているぞ。香りが強いほど高級なんだろう?』


「ええ、かつてはそれが常識でした。……ですが、強すぎる香りは、時として相手を不快にさせ、貴族としての品格を下げてしまう暴力にもなります」


俺はベルベットの布の上に置かれた、薄桃色のガラス瓶を指先でそっと持ち上げる。

照明用魔石リングライトの光を浴びて、瓶の表面が宝石のようにキラキラと輝く。


「真の高貴さとは、すれ違った瞬間にだけ、ふわりと相手の脳髄を揺さぶる『余韻』にこそ宿るのです。……刮目なさいませ。これが、皆様の魅力を目に見えないベールで包み込む魔法、『白百合の吐息オー・ド・パルファム』です」


俺はカメラのレンズに向かって瓶を近づけ、先端の銀のノズルを見せつける。


「この香水は、指で塗るものではありません。この先端の魔石を押し込むことで……」


シュッ……。


俺がノズルを押し込んだ瞬間、微細なミストが、スローモーションのようにカメラのレンズの前を舞い散る。

光の粒を反射して輝く、極小の香りのベール。


「このように、目に見えないほど細かい霧となって、皆様のドレスや髪に均等に降り注ぐのです。一点だけが強く香るような、下品なことには決してなりません」


ピタリ、と。

5000人のコメント欄の動きが一瞬だけ停止する。

画面の向こうで、彼らがその革新的な『スプレー式』という概念に脳を焼かれている音が聞こえてくるようだ。


『き、霧だと……!? 香水が、霧になったぞ!?』

『なんて美しく、そして理にかなった仕組みだ!』

『どんな香りなんだ! 画面越しでは分からないのが口惜しい!』


「ご想像にお任せいたします。ただ一つ言えるのは……この香りを纏って夜会に出れば、すべての殿方が、すれ違った貴女の残り香を求めて振り返る、ということだけです」


俺がカメラを見つめ、艶やかに、そして挑発的に微笑んだその時。


『欲しい! 十本売れ!』

『ポイントを全部使う! 私に売ってくれ!』


狂乱のコメントが爆発しようとした、まさにその瞬間だった。


――ギギギギギッッ!!!


「なっ……!?」


突如、配信スタジオの空気を切り裂くような、黒板を爪で引っ掻くような不快なノイズが鳴り響いた。

映像水晶の青白い光が、一瞬にして『血のような赤色』へと反転する。

バチッ! バチバチッ!!

通信魔道具の基部から火花が散り、空中に展開されていたコメント欄の光の文字が、ノイズに飲み込まれてぐにゃりと歪み、消え去っていく。


「キュアアァッ!?」


ウニが耳を塞ぎ、怯えたように俺のドレスの谷間に潜り込んでくる。

(魔力波長のジャック(干渉)だと!? 帝国の回線に、外部から無理やり割り込んできているバカがいるのか!?)


俺は即座に魔力回路を安定させようと制御盤に手を伸ばすが、割り込んできた波長の『出力』が異常にデカすぎる。

これは個人の通信機じゃない。国家規模の超大型魔道具を使った、暴力的なまでの広域強制割り込みだ。


『……繋がったか!? おい、セシリア! 聞こえているか!!』


真っ赤に染まった映像水晶のノイズの向こうから、聞き覚えのある、ひどくヒステリックで、そして傲慢な男の声がドーム内に響き渡った。


『私だ! アルフェン王国の王太子、アルベルトだ!!』


その声を聞いた瞬間、俺の思考が氷点下まで一気に冷え切った。

(……正気か、こいつ。俺個人の回線だけじゃなく、帝国の全受信機に向けて強制的に電波ジャックを仕掛けてきたのか?)


画面の向こうの、5000人の帝国貴族たちがパニックに陥っているのが、回線の向こうの気配で痛いほど分かる。


『お前が何度私の通信を拒否ブロックしようと無駄だ! 宰相バルディスの提案で、王国の全魔力を注ぎ込んで、お前が使っている帝国のその忌々しい波長を丸ごと乗っ取ってやった!』


アルベルトの声は、勝利を確信したような、ひどく歪んだ優越感に満ちていた。

映像はノイズだらけで彼の顔は見えないが、その見下したような表情が手に取るように分かる。


『帝国の愚かな民草どもよ! よく聞け! 今貴様らの前で偉そうに物を売っているその女は、我がアルフェン王国を追放された大罪人、セシリア・アルフェンである!』


(……うわぁ。本当に馬鹿だ。他国の電波に割り込んでおいて、いきなりその国の貴族を「愚かな民草」呼ばわりかよ)

俺はあまりの呆れに、怒りよりも先に頭痛を覚え、こめかみを指で揉みほぐした。


『セシリア! これは次期国王としての絶対の命令(王命)である! そのふざけた見世物(商売)を今すぐやめ、すべての金貨と物資を持って、アルフェン王国に帰還しろ!』


アルベルトの怒鳴り声が、スタジオの壁にビリビリと反響する。

彼は自分が今、どれほど致命的で、そして世界で一番恥ずかしい『公開処刑』の舞台に自ら上がってきたのか、一ミリも理解していないらしい。


『お前がいなくなったせいで、王都は暴徒に囲まれている! これはお前が物流を止めたせいだ! だが、今すぐ帰ってきて私の足元にひれ伏すなら、その罪を特別に許して、再び私の婚約者として迎えてやってもいい!』


恩着せがましい、吐き気を催すほどの自己中心的な論理。


『さあ、今すぐ通信を切って、荷物をまとめろ! これは王族の言葉だ! 絶対に逆らうことは許さ――』


「……はぁ」


俺はマイク(音声入力回路)のスイッチを切り替え、帝都中の全受信機に、あえて、わざとらしく、心底どうでもよさそうな『深いため息』の音を配信した。


「本当に……どこまで自分の頭でお考えになれないお方なのでしょうね、殿下は」


俺の冷ややかで、氷のように透き通った声が、アルベルトの怒鳴り声を完全に上書きして響き渡った。

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