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第九話 勇者帰還作戦

『シルヴェウス、苦くて美味しくないよ〜』

 小さなアグニラードは、野菜が苦手だった。

 俺は人間だった頃の記憶を生かして、野菜を細かく刻んで混ぜ込んだハンバーグを作った。

『美味しい!俺、これ大好き!』

 野菜嫌いが、克服された。


『シルヴェウス、わかんない〜』

 小さなアグニラードは、地図を見るのが苦手だった。

 俺は人間だった頃の記憶を生かして、山や川を手作りして、地図を立体的に作り直した。

『ここ今いる場所で、ここが竜の巣!わかるよ!』

 地図を読めるようになった。


 二人で生きてきて、村ができて、町になって、城を作って。

 デモネリアは、復活した。

 アグニラードが生きる場所。

 太陽の光は完全に届かなくても、ここではアグニラードという存在そのものが太陽だ。


 ——でももう、そんな太陽の顔もよく見えない。 

 何とか、目と鼻と口の位置がわかる。その程度にまで、視力が落ちている。

 身体も、肘から先が氷になっていた。

 


 千里くんから「勇者が魔族領最南にある集落へと辿り着いた」との報せが来た。

 とある、夜のことだ。

 アグニラードが、ベンゼル、クエイクとともに城を出立する。時を同じくして俺は、ヴェンデッタとともに魔王城バンヘリアルの地下にある一室へと向かった。

 もし聖女たちが勇者ヤマトを取り戻すべく追ってきたとしても、簡単には辿りつかないように、城で一番深い場所にある地下室を儀式の間として用意していた。

 地下と言っても、広さや高さは充分にある。天井から吊り下げられた明かりが、煌々と部屋中を照らしていた。

 調度品も、落ち着いて話ができるように一通り揃えてある。これらは、勇者ヤマトを無駄に警戒させたりしないための準備だ。

 部屋にいるのは、俺とヴェンデッタと千里くんだけ。報告係の女悪魔は執務室で待機しているし、ワームちゃんは出陣していった。地中を進むワームちゃんは、地形の影響を受けない。おまけに、その速度は爆速のスピードラゴンの一派と互角。作戦が成功するかどうかの第一段階は、ワームちゃんの腕にかかっている。

 枯れた大地の上で干からびそうになっていたワームちゃんに、水を与えてあげてよかった。彼女なりに、恩を感じてくれているらしい。ワームちゃんは魔族の言葉は話せないが、俺も魔物なので普通に意思の疎通ができるのも幸いした。能力もさることながら、他に同じ姿の魔物を見たことがないので、相当レア個体な気がしている。今度、頭につける飾りでも買ってあげよう。今度とか、俺にはもうないか。……残念。

 千里くんは、魔力温存のために映像は映さずに実況だけしてくれていた。映されても、はっきり見えないしな。

「ヴェンデッタ殿、協力感謝する」

 俺は後ろに控えているヴェンデッタに声をかけた。視力が落ちた状態で見ても、彼女の赤い髪は印象的に映る。

「お互いの利が一致したまで」

 そっけない返事だが、ヴェンデッタは基本的に、自分より序列が下の相手に対しては誰でもこうだ。

 大人しくなったクエイクはともかく、ヴェンデッタが今回の作戦に同意して協力してくれるとは思っていなかった。彼女は魔王アグニラードの配下だが、実力がある分、単独で行動することが多い。百六十年前も、魔王に命じられて勇者一行と戦ったというよりは、自分で判断して魔王の敵を排除するために動いた、というのが正しい解釈のようだった。

 この辺りは、ベンゼルから聞いた話だ。彼女もヴェンデッタと同じだと言っていた。魔族は魔王に忠誠を誓っているが、団結はしない。自分たちで好きなように戦う。だからこそ「人間相手に負けたの、キッツい。隊を組むのはサンセーかも」と、まずは俺が編成した親衛隊の隊長を引き受けてくれていた。


「シルリーン、ムジンノシューラク、アヤシマレテルー」

 千里眼(クレアボヤンス)で勇者一行を監視しつつ実況してくれている千里くんが、少し揺れながら言う。

 荒野を歩き続けた果てに、ようやく現れた民家。警戒しつつ様子を探ってみても、住民の気配はまったくない。かといって廃墟ではなく、家や道に争った形跡もない。……事情を知らなければ、不気味なことこの上ないな。実際は「費用は城で出すから、全員ちょっと旅行にでも行ってくれ」くらいの感じなのだが。

「怪しむ分には構わない。ここまで来て、集落に住民がいない程度の理由で、人間領へ戻ったりはしない」

「タシカニー」

 個人的には夜の無人の集落なんてごめんだが、千里くんの実況を聞く限りでは、勇者ヤマトは「ちょっと怖いけど、調べてみよう!」と言っているらしい。すごいな、さすが勇者として選ばれただけのことはある。

「魔族領に入ってから魔物に襲われていないのも、引き返さない理由になる」

「コウヤノマモノ、シンエイタイガ、タオシタモンネー」

「あぁ。さすがに聖女たちも、敵地で魔物を呼んで勇者に無駄な戦いをさせるのは避けるだろう。旅の疲れを取るためにも、一度ここで足を止めるはず」

「ナルホドー」

 この推測は、俺が聖女の立場で魔王討伐を考えた場合の行動だ。

「多少怪しくても、屋根があり、ベッドがある。どこかの空き家に入ってくれれば、見通しのいい荒野よりは捕獲がしやすくなるんだが」

「……優秀ね、シルヴェウス。あなたほどの者が、ほんの百年ほど前まで無名だったことが、とても不思議」

 千里くんとの会話に、不意にヴェンデッタの声が割って入った。

 褒めてくれている、……のだろうか。違う気もする。だが一応礼は言おうと口を開きかけたところで、千里くんが慌てた様子で壁に自身の視界を映し出した。

 はっきりとは見えないが、勇者ヤマトが何者かに襲われているのがわかった。

「マ、マモノダヨー!」

 そんな馬鹿な。

 周辺の魔物は片付けてある。聖女たちも、勇者ヤマトの体力を削るメリットなどないはずだ。

 だが俺の目にも、複数の魔物と戦う勇者ヤマトの姿がうっすらと見えた。

 自然発生した者たちか?それとも一時的に住民がいなくなったことで、村にある食料を狙って遠方からやってきたのだろうか。

 あまり良くない流れだ。この状況で勇者ヤマトを攫ってしまえば、完全に警戒させてしまう。だがワームちゃんには、勇者が他の二人の死角に入ったら、すぐに捕獲してくれと伝えてある。

「ワームチャンダー!」

 遅かった。

 うっすら見えていた勇者ヤマトの輪郭が、映像から消えた。

 ……仕方がない。

 作戦は、このまま続行させる。魔物に襲わせた隙に攫うという悪役ムーブをかました形になってしまったが、どっちにしろ攫うのだから同じことだ。勇者の帰還が最優先。多少のトラブルには、目を瞑ろう。

 幸い聖女たちは、勇者がいなくなったことに、まだ気付いていないようだった。

 気付いたとしても、アグニラードがいる。追うのは、実質不可能だ。

 これで勇者一行は、二つに分断された。

「千里くん、勇者ヤマトと聖女たちの様子を同時に追えるか?」

 あまり期待はせずに問いかけると、案の定千里くんは首を……いや、目玉を横に振った。

「ウーン……。『アトノコト』ヲカンガエタラ、チョット、ムリカモー。イッタンシューリョー、オススメ」

「……わかった。少し休むといい」

「アリガトー」

 残念ながら、千里くんの作戦参加はここまでのようだ。どちらかと言えば千里くんには、『この後』のために魔力を温存しておいてもらいたい。聖女たちは、アグニラードに任せよう。

 万が一、聖女たちがアグニラードから逃げられたとして。それでもこの集落から魔王城までは、かなり距離がある。俺たちは竜種との協定により飛竜を移動手段として使えるが、人間はそれを選択肢にできない。なぜなら、彼らは竜種から嫌われているからだ。人間は昔から、竜種を高級な素材として物扱いしてきた経緯がある。そんな野蛮な種族に力を貸したいと思う竜種はいない。

 俺からすれば、個体として強い竜種全体を素材のために敵に回すなんて、人間種はアホなのかという感想だった。

 まぁ、そんなわけで。飛竜ならひとっ飛びの山あり谷あり毒の沼ありの行路も、翼を持たない人間には命懸け。勇者ヤマトの警戒を解いて、帰還するよう説得する時間は充分にある。


 大成功というには微妙だが、ひとまず計画の第一段階は終了した。


 ワームちゃんには、この部屋の真ん中辺りに出てきてくれと伝えてある。城に辿り着くまでは、まだしばらくかかるだろう。

「ヴェンデッタ殿。勇者ヤマトが到着するまでには、時間があります。茶でも用意しましょうか?」

「いらないわ。お茶は好きじゃないの」

「さようですか」

 ……秒で断られた。き、気まずい。え?俺、ずっとこの雰囲気で過ごさないといけない? 

 沈黙の中、時間だけが過ぎていく。

 なにか会話を。苦手とか言ってる場合じゃないぞ。


 無言のまま、どれだけの時間が経過したのか。

 俺はようやく口を開いた。


「……よろしければ、以前の陛下についてお聞かせ願えませんか?私は少し変わった生まれなもので、分体になった後の陛下しか存じ上げていないのです」

 我ながら、なかなかいい暇つぶしだと思った。苦手意識が強すぎて聞けずにいたが、今ならいける。

 ていうか、なんでこの人、ずっと立ってるんだ。序列一位なんだから、その辺のカウチに横になっててくれてもいいのに。逆に気を使うから、やめてほしい。

 俺からの質問に、斜め後ろに立ったままのヴェンデッタが、少し間を置いてから「そうね」と答えた。

「残酷で、悪逆で。すべての生き物を憎み、その死を喜びとする、悪と呼ぶに相応しい存在だったわ」

 俺は驚いて、思わず振り向いていた。内容にじゃない。ヴェンデッタの言い方に、敬意がまるでないように感じられたからだ。

「……今の陛下とは、違いますね」

 それでも、感じた動揺は隠して、当たり障りのない言葉を返す。だがそれを、ヴェンデッタは鼻で笑った。

「そうかしら?そう感じているのは、あなただけなのでは?」

「……どういう意味です?」

「言葉通りよ、お気楽な教育係。クエイクは、身をもって知ったようだけれど」

 彼女の声には、俺を嘲る色が混ざっていた。

「以前の陛下が、魔王らしい暴虐さをお持ちだったことは、私も存じています。しかし今の陛下は、民から慕われる理想の君主だ」

「あなたの前ではね」

 く、と。ヴェンデッタの口元が引き上がったように見えた。

 彼女の言葉の真意を考えるのは、難しくはなかった。しかしそれは同時に、俺にとってある可能性を連想させるものでもあった。

 だがその疑問が音になる前に、ヴェンデッタが口を開いた。

「ねぇ、氷結のシルヴェウス。わたくしからの問いにも答えてくれる?……あなた、デモネリアを随分と発展させてくれたけど、いったいどこから知識を得たのかしら?」

「——……」

「農業、鉱業、産業。衣食住に法整備。おかしいわ、まるで人間みたいだこと」

 ほほ、とヴェンデッタが笑う声がする。笑みに合わせて、赤い瞳を細めたようだ。

「それに、勇者帰還計画?……どうやって、召喚魔法の構築方法を理解したの?『他の世界』を知っているかのように」

「それ、は……」

「……あら残念、時間切れね。勇者が来る」

 部屋の中央。きちんと敷かれた絨毯が、緩く波打つ。

 波紋が一つ広がり、床を水面のようにして青い巨大ミミズが顔を出した。

 筒のような口が、大きく開き——。

「……ゴホッ、おえっ!」

 床の上に、少年が吐き出された。

次回第十話は10月25日17時更新です。

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