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第十話 勇者ヤマト

 四つん這いになって咳き込んでいる少年の元に、すぐに駆け寄った。

「手荒な真似をしてすまない。大丈夫か?」

「…っ、ごほっ、……はぁっ」

 背中をさすり、衣服に汚れはないことを確認する。ワームちゃんには消化液を出さないように頼んでいたので、狭い肉の筒の中で揺れまくったこと以外は問題なさそうだった。

 勇者ヤマトは、千里くんが見せてくれた映像通り、黒髪に黒い目の子どもだった。顔の細かい造形まではわからないが、身長や体格から年齢は十歳から十二歳くらいに見えた。

「俺はシルヴェウスという。君と話がしたくて、ここに呼んだ。危害を加えるようなことは絶対にしないから、安心してほしい」

「……シル……ヴェウス?」 

 名前を口の中で繰り返した勇者ヤマトが、ハッとしたように立ち上がり、俺から距離を取る。

「氷結のシルヴェウス……!?」

 おぉう……。純粋な子どもにそれ言われるの、ちょっと恥ずかしいな。ていうか、俺の名前も知られてるのか。

 だが、ここで光の剣を出されるのはまずい。

 俺は両手を自分の顔の横に軽く上げて、無抵抗の意思を示した。

「君を傷付けるつもりなら、この部屋に呼ぶ前にそうしてる。信じられないのはわかるが、話を聞いてくれないか?俺は君の敵じゃない」

「し、信じられるもんか!氷結のシルヴェウスは、たくさんの町や村を凍り付かせて、人々を傷付けた悪い魔族だ!」

 どこのシルヴェウスだ、それは。

 俺が魔物以外で凍らせたのは、湖で獲れた魚くらいだぞ?

 しかし、なるほど。勇者ヤマトへのプロパガンダは、なかなか深刻な状態のようだ。これは説得するのに、骨が折れそうだが……。

 あいにく、俺も無策でここにいるわけじゃない。

「ヴェンデッタ殿。すまないが、少し席を外してくれないか?」

「難しいことを言うわね」

「陛下への言い訳は俺がする。あなたに迷惑はかけない」

「…………終わったら呼びなさい」

 背を向けたヴェンデッタが、部屋から出ていく。扉が閉まる音がした。

 俺は改めてワームちゃんに礼を言い、どこに家があるのかは知らないが帰るように伝えてから、勇者ヤマトへと向き直る。

 勇者として召喚された彼を、魔王を倒さないまま、元の世界に帰るように説得する。

 普通なら、不可能だろう。

 だが俺には、切り札が二つあった。

「……日本出身かな?ヤマトというのは、名前?それとも苗字?君の学校の図書室には、『勇者ヤマトの冒険』はあった?」

「っ!?な、なんで日本のこと!?えっ?学校?勇者ヤマトの冒険!?」

 ビンゴ。

 俺は、自分の中にある一つ目の切り札が上手くハマったことを確信した。

 立ち上がり、猫脚の丸テーブルへと呼ぶ。

「おいで、お茶にしよう。最近ココアを生産できるようになってね。俺が育てた子も、気に入ってくれるんだ」

「……コ、ココア……?」

 繰り返しにはなるが、デモネリアの生活水準は、光の王国よりも上だ。

「ポテトチップは好きかい?ドーナツもあるし、チョコレートや、煎餅も用意してる」

「……お菓子……」

「ココアが好きでないなら、ジュースはどうだろうか。リンゴ、オレンジ、グレープ。たくさんあるから、好きなものを選ぶといい」

 魔物を倒した勇者ヤマトは、町や村の者たちから感謝され、宴を開かれていた。

 けれどそこに並んでいるのは、茹でた肉に、焼いた魚。塩を振った野菜に、品種改良がされていない果物。

 正直、子どもが喜ぶような食べ物は、あまりなかった。

「ひょっとして、お腹が空いてる?だったら、ハンバーグでも作ろうか?カレーはちょっと時間がかかるから、無理だけど」

「ハンバーグ……カレー……」

「ハンバーグを作ってから、デザートにしよう。決まりだ。千里くん、手伝ってくれ」

「カシコマリサイクルー」

 俺は、部屋の隅にある簡易キッチンに向かった。こんなこともあろうかと、急拵えだが職人に使ってもらっていたのである。

 ハンバーグの種は、氷結のシルヴェウス特製のクーラーボックスに入れてある。歩く冷蔵庫兼冷凍庫とは、俺のこと。

 焼き加減を千里くんに確認してもらいながらハンバーグを焼き、その脂で付け合わせの野菜と少量のスパゲッティを炒める。料理長に作ってもらったパンを切って、焼けたハンバーグの上に半熟の目玉焼きを乗せたら完成。

 アグニラードも大好きな、俺の手作りハンバーグプレートだ。

 勇者ヤマトの腹から、空腹を知らせる大きな音が聞こえてきた。

「飲み物は?」

「……オ、オレンジジュース」

「りょーかい。さ、熱いうちにどうぞ」

 テーブルにプレートを置き、ガラスのコップにオレンジジュースを注ぐ。俺も何か飲もうかと、リンゴジュースを注いだ。ちなみに果実水との違いは、砂糖のありなしである。

 一口飲む。リンゴジュース、あっっま。

 俺が先に口をつけたことで安心したのか、椅子に座った勇者ヤマトが、恐る恐るフォークを使い、ハンバーグを口にした。

「……!美味しい!!」

「だろう?うちの子にも、好評なんだ」

 俺の言葉が届いているかは、怪しかった。勇者ヤマトが、猛烈な勢いでハンバーグを口の中に入れていく。半熟の黄身にハンバーグをつけて食べると美味いよな、わかる。

「美味しい、美味しいよ……」

 ポロリ、と勇者ヤマトの瞳から涙が溢れた。故郷の味を思い出して、悲しくなったんだろう。

 まだ子どもなのに、こんな見知らぬ世界に勝手に連れてこられ、危険な魔物と戦わされて。そんなことをさせる王国は、そんな戦いのための力を与える神は、果たして善なのだろうか。俺には、とてもそうは見えないが。

 手を伸ばし、黒い頭を撫でる。

「う〜、……うっ、うっ……」

 泣きながら食べる勇者ヤマトを、彼が泣き止むまで撫で続けた。





 勇者ヤマトは、後片付けを手伝ってくれるタイプの子だった。

 なんて良い子なんだ!

 二人で洗い物をして、ココアを入れて再びテーブルにつく。その頃には、すっかり警戒心を解き、俺の話を聞いてくれるようになっていた。

 警戒を解いてくれた一番の理由は、これだ。

「まさかシルヴェウスさんの前世が日本人だったなんて……」

 俺の切り札の一つ。

 勇者ヤマトと同郷であること。

 これのアドバンテージは、相当大きい。もし聖女たちの企みを見抜けなかったら、これ一本で話し合おうとしてたくらいの交渉材料だった。

「厳密には、まったく同じ世界の同じ時間軸というわけではないかもしれないが。『勇者ヤマトの冒険』もあるみたいだし、とても近い世界であることは確かだろうね」

 勇者ヤマトの話によると、本が好きだった彼は自分と同じ名前を持つ『勇者ヤマトの冒険』の大ファンだったらしい。ちなみに、苗字ではなく名前がヤマトであるとのこと。ある日草むらの中で妖精を見つけて、異世界にきて、自分が勇者ヤマトになったことに気付いた。召喚された日は、嬉しくて眠れなかったという。

 世界を救うという使命を受け、つらい修行も頑張った。魔物との戦いは怖かったが、光の剣がとても強力だったため、なんとか勝利していた。

 しかし、ここ最近。形容し難い疲れが、全身を包むようになっていた。

 聖女に治癒魔法を使ってもらっても、疲労は消えなかった。

「ストレスだろうな。君くらいの年齢の子は、本来なら大人の庇護下で暮らして然るべきだ。正直なところ俺は、この世界が『勇者ヤマトの冒険』の舞台だと気付いた時、大人が戦えよ、と突っ込んだよ」

「あははっ、確かに!」

「自分が子どもの頃に読んでた時は、最高にかっこよかったんだけどね」

 懐かしい故郷の料理を食べ、さらに同郷の人間と出会って、ヤマトの精神状態にも随分と子どもらしさが戻ってきたようだ。

 甘い菓子をつまみながら、現在の魔族領のあり方や、魔王アグニラードについても説明した。最初は半信半疑だったが、千里くんがこっそり録画してくれていた映像を見ると驚いていた。そこには、ベンゼルと城を抜け出して買い食いを楽しんだりしている普段のアグニラードや、決裁書類を枕に居眠りをして、俺に叱られているアグニラードが映し出されていた。それを見た勇者ヤマトは、爆笑した上で納得してくれた。


 菓子の皿が空になり。

 俺は少し緊張しながら、ようやく本題に入ることにした。

「君がここに来た時、話を聞いてほしいと言っていただろう?……君にとっては、あまり良くない話だが、俺としては伝えておきたい」

「な、なんですか?」

「……千里くん」

「デバンダー」

 ふわふわと飛んできた千里くんが、壁に録画したとある記録を映し出す。勇者ヤマトは喋る目玉に驚いていたが、壁に映る光景を見て顔色を無くしていた。

「……そんな……」

 それは、聖女と妖精が魔物を誘導している光景だった。それも一度ではない。何度も、何度も。

 千里くんは、音声も拾っていた。「魔物の数、さすがに多いかな?」と言う妖精に対し、「死にさえしなければ治癒できるから、別にいいわ」と聖女が答えている。別のシーンでは、「腑抜けのシルヴェウスがアグニラードを使って、デモネリア全土に人間領への不可侵を敷いたおかげで、こっちは大迷惑よ」と愚痴を零していた。


 ——視覚に気を取られなくなったからこそわかる。

 その声に、聞き覚えがあった。


 だが、今は後回しだ。先に勇者ヤマトを帰還させなければならない。俺は、勇者ヤマトに気付かれないように静かに力を使い、儀式の間の扉を氷で施錠した。

 聖女と妖精の裏切りを目の当たりにした勇者ヤマトが、言葉もなく呆然と映像を見ている。

「信じられないかもしれないが、事実だ。俺はこの世界が『勇者ヤマトの冒険』だと知った時、色々と調べた。……その中で、異世界から召喚されてきた歴代の勇者たちが皆、役目を終えた後すぐに亡くなっていることを知った」

 勇者ヤマトが、ゆっくりと振り向いた。俺には細部までは見えないが、鼻を啜っている音から、泣いているのだとわかった。

 俺は、「ヤマト」と名を呼んだ。

「俺が知る『勇者ヤマトの冒険』のラストシーンは、魔王討伐を祝うパレードだ。この辺は、君も同じだろうか?」

「……はい」

「そうか……。なら……、結論から言うが、君は魔王を倒しても元の世界には帰れない。この世界に残され、——遠からず死ぬ」

「……っ、なんで!?」

「それが物語には書かれていない、本当の光の国だからだ」

「い、いやだッ!」

 ガタリと音を立て、勇者ヤマトが立ち上がった。パニックを起こす前に、強く言葉を被せる。

「俺が助ける」

「——…………ぇっ」

 立ったまま、勇者ヤマトが動きを止めた。

「俺なら、君を元の世界に送り帰せる。日本を知る俺なら、君が描く君の世界へのリンクを繋げられる」

「……シルヴェウスさん」

「君は充分頑張った。後の始末は大人に任せて、帰りなさい」

「帰る……帰れる、んですか?」

「今すぐにでも」

 その言葉が、感情の最後の引き金だったんだろう。

 勇者ヤマトは大きな声を上げて「本当は、ずっと帰りたかった」と泣き始めた。

次回第十一話は10月26日17時更新です

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