↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第八話 マッチポンプ

 勇者ヤマトの道中を阻んでいるのは、人間領で生まれた低レベルの魔物たちだ。彼らは人間が憎いから襲っているわけではなく、単純に食料として見ている。それは魔族領でも変わらないが、人間の方が弱いため被害は深刻なものとなる。

 俺は千里くんが映す映像を見ながら、「大変だなぁ」と他人事のように思っていた。悪魔や魔族が襲撃してこない分、勇者ヤマトは次から次へと襲ってくる魔物たちと戦い、強くなっている。手にしているのは、輝く神の力。光の剣だ。

「シルリーン、ロクガシタヨー」

「よし。しっかり保存しておいてくれ」

「カシコマリサーチ!」

 千里くんに、録画機能が加わった。おかげで計画に必要な映像も保存できるようになり、大助かりである。

「しかし、勇者ヤマトに魔物を仕掛けていたのが、聖女と妖精だったとはな」

「コワスギー」

 俺の言葉に千里くんも同意する。執務室の青白い壁には、魔物を倒し村を救った勇者ヤマトが、人々に感謝される様子が映し出されていた。これから感謝の宴に参加するらしい。

 おそらくこの滞在の間に、次の魔物が仕込まれるのだろう。


 ——白装束の聖女と、小さな妖精によって。


 やり方は、こうだ。

 妖精が光る粉を出して、聖女に手渡す。それを聖女が風の術を使って周囲に広める。すると、粉による何かの作用で周辺にいる魔物たちが理性を失う。その後、凶暴になった魔物たちが勇者ヤマトの前に現れる。

 ……怖すぎるだろ。

 なんだその、謎の力は。

 粉は人間には効果はなさそうに見えるが、人間領も魔族領も関係なく、魔物にのみ作用するんだろうか。それとも、悪魔や魔族にも?確認しておきたいが、検証するにはリスクが高いな。

 とりあえず、これは重要な報告事項だ。

「千里くん、ご苦労だった。あとは妖精と聖女が怪しい動きをしていたら、すべて録画しておいてくれ」

「カシコマリメイク!」

 壁に映していた映像を消した千里くんが、クッションの上で目を閉じて注視モードに入る。……目を閉じ?瞼もないのに?……まぁ、いいか。

 椅子に座り直した俺は、最近ではすっかり身体の一部のようになった白い手袋を外した。

 灯りの下で、自分の手を眺める。

 手首から先が、ほとんど氷になった。少し動かしづらいし、……アグニラードの温もりも感じられなくなってしまった。

 このまま、手首から上腕、肩へと上がってくることは容易に想像できた。

 顔にまで症状が出てしまう前に、決着をつけなければ。

「……シルリーン、ヤッパリ、シヌノカー」

 いつの間にか、千里くんが目を開けて俺を見つめていた。

「死ぬよ。魔物の寿命は変えられない」

「ウエーン」

 良いやつすぎる。道連れにしてしまうのが、本当に心苦しい。試作品だった頃から数えたら、五十年の付き合いだ。もはや親友の域である。

 だから、つい、本音も出る。

「手のひらがすべて氷になる前に、もう一度アグニラードを撫でておけば良かったよ」

「……シルリーン……」

「死ぬのは怖くない。……俺の予想が正しければ、違う世界の魂を持つ俺は、死んだとしてもこの世界の神に召し上げられたりはしない。多分、アグニラードの側にいるはずだ。彼には、俺の姿は見えないだろうが」

 本当に、死ぬことに対する恐怖はない。

 だが未練があるかどうかとは、また別の話だ。

 俺はアグニラードに、未練たらたらである。かわいいかわいいアグニラードが、俺の死を乗り越えて幸せになる姿を見るまで、絶対に成仏しない自信がある。

「俺は、アグニラードから離れない。離れるとしたら、彼が俺以外の人を好きになって、幸せになった時だろう」

「ヤダヨ、シルリーン」

「泣くな、千里くん。目玉しかないのに、どこに涙腺があるんだよ」

「ジブンデモ、フシギー」

 ドライアイ対策機能なんて、付けた覚えはないんだが。

 俺はちょっとしっとりしている千里くんを撫でてから、先程まで映し出されていた勇者の様子を思い返していた。村の広場で人々に囲まれ、笑顔で食事をしていた。

 ……気の毒な子どもだという思いしかない。

 異世界の人間に利用され、いいように使われている。

 今は良いかもしれないが、仮に魔王を倒せたとしても、待っているのは早くに訪れる死だ。


 勇者帰還計画において、一番のネックは、勇者ヤマトの正義感だった。


 どれだけ元の世界が恋しかろうと、敵である俺が「帰してやる」と言ったところで、素直に頷くとは思えない。もちろん俺としても考えはあるが、できればそれを後押ししてくれるような、王国側の汚点を探していた。

 ——そして、今まさに見つけた。

 歴代の勇者全員を早逝させるくらいだ。何かあるとは思っていたが。

 まさか聖女と妖精、二人して裏で糸を引いていたとは。

 ということは、光の王国そのものが魔物の誘導に加担していると考えるべきだろう。

 王も、聖堂の連中も。


 クソだな、と思った。






 ついに勇者が、魔族領に入った。

 計画実行の時だ。

 領内の魔族や悪魔たちには、「絶対に勇者ヤマトには手を出すな」と通達してある。

 俺は謁見の間で、玉座に座るアグニラードに千里くんの映像を見せながら、勇者ヤマトについての報告をしていた。

 アグニラードの側には、序列一位のヴェンデッタと二位のクエイク、そして三位のベンゼルが立ったまま控えている。実質この四人が、魔族領が抱える最強の布陣だった。

 あえて言う必要もないが、四位は一応俺ということになっている。魔物なのに、すまん。ちなみに俺は弱くはないが、飛び抜けて強いわけでもない。三位以上が強すぎるんだ。

 序列二位のクエイクは、アグニラードに叱られたことがよほど怖かったのか、あれ以降すっかり大人しくなった。火遊びはしているようだが、俺にちょっかいをかけてきたりはしない。

 ヴェンデッタはいつも通り、胸が半分出たドレスを着て堂々としている。相変わらず、苦手な気配だ。本当に、何でなんだろうな。

 なおベンゼルは、今日もビキニアーマー。キラキラした飾りが増えていた。

「勇者が到達したのは、魔族領南部の荒野です。ルートとしては、ほぼ予想通りかと」

 千里くんが、薄暗い太陽の下を歩く勇者ヤマトを映し出す。俺には見慣れた、弱々しい魔族領の太陽。だが人間領から来た勇者は、知ってはいたが見るのは初めてという顔をしていた。

 魔族の国だからと言ってしまえばそれまでなのだが、俺自身、太陽についても疑問に思ってはいる。何か原因があるのならそれを取り除き、本来の太陽光を領内に注いでやりたい。だがそれを実現させる時間は、残念ながらなさそうだった。

「荒野にいた肉食の魔物たちは、事前にこちらで排除してます。移動距離から計算すると、数日中には最南にある集落に到達するでしょう。特に速い飛竜を用意していますので、勇者が集落に入ったら、それに乗って向かってください」

「えぇ〜。あいつらに乗んの、酔うからヤなんだけど〜」

「……酔い止めも準備している」

 ベンゼルが、かなり嫌がっている。特に速い飛竜とは、翼を持つ竜種の中で最も飛行に優れた一派のことだ。

 俺にはよくわからないが、『スピードの向こう側』というのを目指しているらしく、とにかくやたらと速い竜たちだった。速すぎて高位の魔族でなければ騎乗できないほどで、他の竜からも「あいつら、やばいだろ」という目で見られている。

 ちなみに一派の名前は『スピードラゴン』。雑すぎる。

 だが、速いのは間違いない。徒歩なら何十日もかかるような行程だろうと、小一時間もあれば移動できる。

「集落の住人たちの退避はすでに完了していますので、勇者一行が入るのは無人の村になります。おそらく翌朝までは留まるでしょうから、そこを狙います」

 自分が勇者なら、敵陣地の無人の集落なんて一刻も早く離れるべきだと考えるが……。彼はまだ子どもで、現代っ子。おまけに集落に辿り着く前に、殺伐とした荒野で何度も気が休まらない夜を過ごすことになる。多少怪しくても、屋根のある一夜を選ぶことが予想された。

 とは言え、この予想は外れても問題はない。集落の住民の避難は、元々するつもりだった。荒野で野宿するのなら、そこを狙うまでだ。

「ありがとう、シルヴェウス。勇者捕獲についての段取りは?」

 魔王の威厳を感じさせるアグニラードが、映像から俺へと視線を移す。

「光の剣を出されると厄介です。かと言って就寝時は聖女が結界を張っていることが確認されましたので、下手に近づくと一瞬で勇者に敵認定されてしまいます。……そこで、彼に頑張ってもらうことにしました」

 指をパチンと鳴らす。

 すると床からにゅるりと巨大な青いミミズに似た魔物が現れた。

 ギェッ!とベンゼルが呻き声を上げている。苦手らしい。

「ワームくんです。自身の身体を地面や床と同化させる特殊技能により、こうしてあらゆる場所に出現できます。また、地中を進むので、物理的には例の妖精の粉の影響を受けないと思われます。彼……、あぁ、すまない、……女性なのか。ワームちゃんに勇者ヤマトの足元まで近寄ってもらい、飲み込んで捕獲してもらいます」

「シルヴェウスのネーミングセンスって、独特だよね」

「わかりやすさを重視してるだけだ。……んんっ」

 うっかり普段通り返事をしてしまったので、咳でごまかす。

「勇者に帰還を促せる材料も手に入りました。こちらは俺が引き受けます。陛下と幹部の方々には、その間、聖女たちの注意を引いていただきたい」

「……シルヴェウスが一人で勇者の相手をするの?それは認められないと前も言ったはずだけど」

「効率優先です。勇者の行動を見るに、敵意がない相手にいきなり剣を向けたりする性格ではありません。交渉の余地はあります」

「駄目だ。ベンゼルをつける」

「それこそ、駄目です。嫌な言い方をしますが、あなたは百六十年前に一度敗北している。あなたを守る壁は、減らせない」

 睨み合った。

 他の魔族がどう感じるかは知らないが、アグニラードの燃えるような強い眼差しは、俺には通用しない。

「わたくしが、シルヴェウス殿を守りましょうか?」

 す、と。ヴェンデッタが手を上げた。

「ベンゼルは親衛隊の隊長ですから、指揮官としても働かなければなりません。その点わたくしなら、もう少し自由に動けるでしょう」

 それは、良い案に思えた。

 ヴェンデッタは最強に近い魔族だが、ベンゼルのように兵を抱えているわけではない。個として強すぎる魔族は、基本的に自分以外の戦力を必要としないからだ。

 遥か昔から変わらない、魔族側の弱点。

 集団になることで強さを発揮する人間と、個として完成されているがゆえに、集団になれない魔族。俺の提案とベンゼルの協力により、最近になってようやく改善され始めた問題だった。

「ヴェンデッタ殿のお申し出、ありがたく受け取ります」

 アグニラードが何か言う前に、さっさとオーケーを出してしまう。確かにヴェンデッタは強いが、俺としてはベンゼルをアグニラードの側に置いておきたい。ノリはともかく、ベンゼルはアグニラードをとても大切にしてくれている。いざと言う時に魔王の壁になれるのは、彼女だろう。

「シルヴェウス……!」

「陛下、この作戦は一度きりです。ご心配いただく気持ちはありがたく受け取りますが、私情はお捨てください」

「……っ……」

 アグニラードが言葉を詰まらせた。彼には悪いが、俺にとって一番最悪なのは、向こうが作戦に気付いて前回のように物量で一気に攻めてくることだ。

 確かに人間は弱い。だが稀に、英雄と呼ばれる強い個体が生まれる。団結した彼らの力は、侮れない。

 ただ、それでも。

 魔王がいれば戦局はひっくり返せる。魔王とは、それほどの力を持っている。


 ——光の剣さえ、なければ。


 あれは唯一、魔王の首に手が届く。

 この世界の神が、勇者に与えた力。


 アグニラードが何をしたって言うんだよ。そりゃまぁ、昔は色々してたかもしれないけど、今は魔族領の中で大人しくしてるだろ。人間領に侵攻するつもりもない。

 こっちだって、一度滅ぼされかけたんだ。もういっそ、これ以上争わないために、双方を不可侵にしてもいいんじゃないか?

 なんて思ってはみるものの、聖女と妖精のやり方を見る限り、そんな甘い考えの実現は無理そうだった。


「村に到着すれば、探索を始めるでしょう。建物もありますから、さすがに常に三人で固まって移動するとは考えにくい。どこかのタイミングで勇者ヤマトが他の二人の死角に入ったら、その時がチャンスです」

 俺の言葉に、ワームちゃんがやる気を見せてプルプルと揺れた。魔族領の魔物たちは、人間領生まれの者たちよりも賢い。俺みたいに氷から成長して、人型になる個体が生まれるくらいだしな。

「勇者ヤマトを捕獲し、俺が城に用意した儀式の間へ連れていきます。繰り返しますが、必ず彼を説得し元の世界に帰しますので、それまで聖女たちの足止めをお願いします。帰還が終了すれば、遣いを出します」

「…………わかった」

 アグニラードが、渋々と頷く。

 よし、言質を取ったぞ。

 勇者ヤマトを途中で強制的に帰還させることで、児童書の『勇者ヤマトの冒険』がどうなるのかは、わからない。わからないが……、その辺りは正直言って知ったこっちゃなかった。

「それでは、作戦開始ということで。……各々、よろしくお願いします」

 俺は胸に手を当てると、深々と頭を下げた。

次回第九話は10月24日17時更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。