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第四話 夜会②

 魔王という存在は、魔の者たちにとって絶対の強者だ。

 炎獄のアグニラードの力は、一言で表すなら、正のエネルギーそのもの。小手先の技を、圧倒的な力の放出で叩き潰す。本気になれば、俺が五年かけて作ったデモネリア南西部の巨大な湖を一瞬で干上がらせてしまうだろう。そんなことされたら、さすがに怒るけど俺も。

 一方で、氷結のシルヴェウスなる異名を持つ雑魚氷こと俺は、アグニラードとは正反対の負のエネルギーの性質を持つ。力を放出するのではなく、奪う。奪った結果、相手の活動を停止させ、凍結させる。この力は、アグニラードを教育する上でも都合が良かった。彼の弱点がよく見えるからだ。俺自身、こっそり必死で勉強しながらアグニラードを鍛え上げた。おかげで今は、剣術でも魔術でもアグニラードに勝つことはできない。強くしすぎてしまった。満足である。

 そんなアグニラードであるので、派手なファンファーレとともに夜会に登場すると、ホール中の魔族の注目を一気に集めた。「おお!」とざわめきながら、皆がこちらを見ている。警備隊長を兼任しているベンゼルが、会場の隅でニヤニヤしているのが見えた。

 左右に割れた魔族たちの間を歩いていく。いつもはアグニラードの一歩後ろをついていく立場なので、エスコートされて隣を歩くことに抵抗がないと言えば嘘になる。だが、ニコニコ〜っとしているアグニラードの手を振り払うなんて真似、できるはずもない。

 こういう時は気まずそうにするのが、一番良くない。堂々と顔を上げ二人で壇上の前まで歩いた。

 壇上に用意された玉座は、魔王のものだ。段の前で立ち止まり「ここまでだ」と暗に告げると、アグニラードは少し口を尖らせてから、それでも手を離してくれた。……かなり名残惜しそうではあったが。

 アグニラードが玉座に腰を下ろすのを確認してから振り返り、いつの間にか序列別に整列していた魔族たちへと声をかける。

「陛下より、お言葉を賜る。その栄誉に浴する者は、忠誠の意を示せ」

 俺の言葉に、魔族たちが一斉に跪いた。

 アグニラードが、座ったまま口を開く。

「良い夜会だ。楽しむといい」

 親しい間柄以外の者の前では、アグニラードは魔王らしい言葉遣いになる。普段の態度があれなので忘れがちだが、その見た目も力も、魔王に相応しいものだ。元々、本体が長い間魔王やってたしな。

 アグニラードの一言で深く頭を下げた魔族たちに、今度は俺から「楽にせよ」と声をかける。緊張に包まれていたホールに、再び夜会のざわめきが戻り始めた。

 魔王への挨拶は、高位魔族の中でも序列最上位の者からと決まっている。頂点であるアグニラードを序列零位として、一位、二位と続いている。

 残念ながら古参の幹部たちは、一部を除き百六十年前の勇者との戦いで滅んでしまったので、魔族たちも以前に比べると全体的に弱体化していた。

 今夜の夜会は、貴族たちがアグニラードのご機嫌取りのために企画し、開催したものだ。俺は城にあるホールの一つに使用許可を出しただけである。広すぎる城には、こうした時に使用する専用のホールがいくつか存在している。区別するため、それらは王城が主催する集まりから比べるとランクを落とした造りにはしていた。だがそれでも鏡面のように磨かれた床や、天井から吊り下げられた巨大なシャンデリアは、人間の感性を持っている俺から見れば、絢爛豪華という表現が相応しい内装になっている。

 元は、「他の魔族とも交流しないとな〜」くらいの感覚で作ったものなのだが、現在では魔族たちの見栄や力の誇示に使用されるようになっていた。

 俺としては、アグニラードに迷惑がかからないのなら、どうでも良い。儲けるのは場を提供する城なので、勝手に争って金を使ってくれという感じである。

 などということを考えている間に、最初の魔族がアグニラードの前にやってきた。

 目のやり場に困るくらい胸元の開いた黒いドレス。高く結い上げられた赤い髪に、同じ色の瞳。存在自体が燃え上がる炎のようだが、その本質は『荒れ狂う風』。


 高位魔族、序列一位。

 暴風のヴェンデッタ。

 魔族領の中で、アグニラードに次ぐ実力を持つと言われている大魔族である。


「我らが黒き太陽に、ご挨拶申し上げます」

 ヴェンデッタは、百六十年前の戦いの生き残りだ。

 勇者たちが魔王城に攻めてきた時、古参の魔族たちもまた様々な場所で戦っていた。そして彼女は、その時代の聖女を倒した、魔族の英雄の一人だ。ちなみにベンゼルは、勇者の仲間の剣士を倒している。

 ヴェンデッタ自身は、魔族らしい残酷さと実力に裏打ちされた自信を持っており、その美貌も相まって彼女を崇拝する魔族や悪魔は多かった。

 普段は男も女も関係なく多くの愛人を連れているが、いくら性に対して奔放な魔族とは言え、さすがにアグニラードの前に連れてくるような無礼はしないようだ。

「陛下におかれましては、日に日に本来のお姿に近付きつつありますこと、嬉しく存じます」

 そしてヴェンデッタは、かつてのアグニラードを間近で見てきた魔族の一人でもあった。

 昔の、暴君であった頃のアグニラード。

 一度じっくり話を聞いてみたいとは思っているのだが、未だに実現できていない。

 ……どうにも苦手なんだ、彼女のことが。

 別にアグニラードにだけ媚びて他を蔑ろにしている、なんてこともない。魔族から見れば新参者だろう俺に対しても、丁寧ではないが、魔族の常識から考えれば普通の範囲だ。 

 だからなぜ苦手なのか。俺自身にも、よくわからなかった。

 ヴェンデッタが手を差し出し、それを取ったアグニラードが玉座から立ち上がる。

 華やかな場では、魔王はその場における序列一位の魔族と踊らなければならない。この辺りは、人間と似ているようで似ていない。婚姻の意味が薄い魔族ならではの、慣習だろう。

 ヴェンデッタがいない時は、この会場にもいる、次席のクエイクだ。大地に関する魔術を使用する甘いマスクの色男で、その二つ名は震源のクエイク。ヴェンデッタのように愛人を複数引き連れていたりはしないが、こちらも浮き名が多い。俺も何度か言い寄られた。一晩だけでいいから、と城の死角に連れ込まれそうになったこともある。殴って脱出したが。まったく、魔族ってやつは。

 ホールの中央に、アグニラードとヴェンデッタが進み出る。シャンデリアの明かりが二人の髪を照らす。黒と赤の組み合わせは、魔族が好む色合いだ。

 まるで一枚絵のように、世界が浮かび上がる。

 ……お似合いだとは、思う。悪魔たちで結成された楽団が奏でるワルツに合わせて、二人の身体が密着した。俺と練習している時よりも、ずっと距離が近い気がする。

 アグニラードの意中の相手。……ひょっとして、彼女だろうか。

 強さも地位も、美貌も申し分ない。愛人は多いが、アグニラードからの申し込みがあれば、いくらなんでも関係を清算するだろう。

 ぼんやり眺めているとワルツが終わり、アグニラードがヴェンデッタの手の甲に口付けを落としてから離れた。

 ホール中に拍手が鳴り響く。

 最初のワルツが終われば、後は各自が好きに踊ることができる。曲が変わり、場がより華やかになった。

 玉座に戻ったアグニラードの前に、ヴェンデッタ以外の、魔王に直接挨拶できるだけの力を持つ高位魔族たちが並ぶ。

 それを視界の端に映しながら、会場を油断なく見渡しているベンゼルを呼んだ。

「なに、どしたん?」

 公式の場でも、ベンゼルの態度は特に変わらない。序列こそ三位だが、ヴェンデッタと同じように百六十年前の生き残りで、かつ勇者の仲間を倒したベンゼルは、魔族たちからも特別視されている。噂によると、年齢もヴェンデッタより上らしかった。

 桃色のゴージャスな巻き毛に、いわゆるビキニアーマーを身につけている。風紀……!と突っ込みそうになるが、ヴェンデッタも胸が半分出ているドレスを着ているので、言葉を飲み込んだ。

「少し席を外す。陛下の護衛を頼む」

「りょ」

 返事、みじかっ。

 だがベンゼルは、俺がもっとも信頼している側近だ。城に連れてくるのに苦労したからな。あんまりに長い間「復活したアグニラードの部下になってくれ!」と頼みに行きすぎて、最後は「わかったって〜」と根負けしてくれた経緯がある。

 護衛をベンゼルと交代し、会場内をあちこち見回る。この百年で、俺も随分魔族たちと馴染んだ。アグニラードに挨拶をできる序列ではない者たちが、声をかけてくる。彼らとあれこれ話をしてから、ホールを出て、料理が得意な悪魔たちがせっせと働く調理場に顔を出した。

「シルヴェウス様!」

 俺に気付き、料理長が手を止めて料理人たちを整列させようとする。それを「気にしなくていい」と止めてから、ずらりと並ぶ皿を見た。

 肉、野菜、湖で獲れる魚。

 今のデモネリアの『食』だ。狩ったトカゲやムカデを食べていた頃が懐かしい。おまけにどれだけ食べても、費用はヴェンデッタを始めとした魔族持ち。アグニラードは、食べ盛りだから助かる。

 料理はどんどん出して良い指示をしてから、調理場を後にした。次は警備の確認と、照明、控えの間。警備はベンゼルに一任しているが、一度は自分の目で確認する癖がついてしまっている。洞窟で暮らしていた頃の名残だ。

 物心がついてからのアグニラードはメキメキと強くなっていったが、それまでは本当にただの赤ん坊だった。

 氷の籠にアグニラードを乗せて一晩中逃げ回ったり、獲物が獲れずに腹を空かせて泣くアグニラードに自分の体を削って作ったかき氷を食べさせたりしていた。

 しみじみと、本当にしみじみと、

色んなことが思い出された。

 俺の人生、いや魔生はアグニラードとの時間そのものだ。あんなに愛しい存在のために生きて死ねるのなら、雑魚氷として生まれて良かったと心から思う。

 見回りや確認など、用事をすべて済ませてから、施錠されていない空き部屋へと入った。夜会用の控えの間の一つだが、一番小さく一番会場から遠いため使う者はまずいない。

 部屋には身体を休めるための横になれるソファがあり、その前に猫脚の小さな丸いテーブルがあった。

 ソファに腰を下ろし、背もたれに深く身を預ける。ため息を一つついてから、そっと右の手袋を外した。


 それは俺が、ただの魔物である証。

 指の中ほどから先が、変化が解け、透き通った氷になっていた。


「……かなり進行したな」

 人化が解け始めたのは、ここ数年だ。勇者ヤマト帰還計画に、魔力を使いすぎた。

 よく見ると爪先が、少し溶けていた。うーん、まずい。痛みはないが、想定よりも朽ちるのが早くなっている。勇者を帰還させるだけの魔力は、絶対に残しておかなければならない。

 手袋を付け直し、ソファに横になる。

 アグニラードの護衛は、ベンゼルに任せた。夜会の方も問題は起きていない。

 今更寿命はどうにもならないが、身体を休めて、できるだけ魔力を温存しよう。ほんの少しだけ休んでから、ホールに戻っても誰も気付かないだろう。

 少しだけ、と思いながら、俺は目を閉じた。




 ぼろぼろと、アグニラードが大粒の涙を零していた。

 ——これは、夢だ。

 過去にあった、出来事の。

 十年かけて城を造った時の記憶だろうか。確か月が一巡する程度の時間、昏睡していたと後から聞いた。


『……シルヴェウス、なんで俺のためにそこまでするんだよ……』


 ベッドの横に膝をついて、アグニラードが俺の手を握っていた。

 俺は、「誰だ、俺のアグニラードを泣かせたやつは!?俺か!」と心の中で一人突っ込みをしながら、ふらつく身体を起こし、アグニラードの手を握り返した。


『なんでって、そんなの決まってる。お前が、俺にとって一番大切だからだ』


 その瞬間、アグニラードはぐっと息を詰まらせ、俺を強く抱きしめた。何か話しているが、声が小さくて聞こえない。かろうじて、「長い時の中で」という短い言葉だけを拾うことができたが、その意味まではわからなかった。

 だけどアグニラードが泣いていたから、抱き返して頭を撫でてやった。


『大丈夫だ、アグニラード。何が起きても、俺が守ってやるから』


 夢の中なのに、やけにリアルな感覚だった。

 世界が薄れて、夢が消えていく。

 ぱちりと目を開けた。


「シルヴェウス殿。まさか氷結の名の通り、凍てついた表情を持つと言われているあなたから、こんなにも強く抱きしめ返されるなんて」

 ……震源のクエイクだ。

 なんっでだよ!人がアグニラードとの心温まる夢を見てたってのに!

 ムッチュウと唇を突き出してきたのを、相手の背中に回していたらしい腕を戻して両手で突っぱねる。栗色の髪に、黒色の瞳。目元の泣きぼくろ。そして色男のすべてを台無しにする、タコのような口。

 俺、確か一番隅っこの控えの間で休んでたよな。

 なんでこいつがここにいるんだ!?

「クエイク殿、お戯れはそこまでに」

「つれないことを言わないで、マイラブリープレシャス」

 誰がラブリープレシャスだ。面白すぎるが、俺以外でやれ。

「なぜここに貴殿がいるのです?」

 冷静に聞いてはいるが、わりと必死で押し返している。さすが序列二位。強すぎる。

 ソファに横になっていた俺にのしかかる形で、クエイクが身を乗り出してくる。その手が脇腹を這い、「ヒッ」と小さな声が出た。

「あぁ、なんて感じやすい……」

 キッッッショ。今の「ヒッ」は明らかに「キモい」の意味だろ、気付け、ポジティブか。

 しかしまずいな。今の俺に余計な力を使う余裕はない。クエイクは、キモいやつだが序列二位。力を使わずに勝てる相手でもない。

 本気で抵抗するなら、計画の前倒しも視野に入れなければならないが。

 ……では、抵抗しなければ?

 ふと、別の視点からの切り抜け方に気付いた。

 抵抗するから、力を使う。抵抗しないなら、力を使わずに済む。

 これはひょっとしなくても、抵抗しない一択なのではないだろうか。

 別に誰に操を立てているわけでもない。一回ヤらせれば、クエイクも満足するだろう。

 それは、我ながらとても良い案に思えた。

 身体から力を抜く。

 クエイクは「おや?」という顔をしたが、すぐに「最高の時間をお約束しますよ」と笑顔になった。

 甘い顔の色男の唇が近づいてくる。

 面倒くさいなと俺が思ったのと、その感覚が全身を襲ったのは、ほぼ同時だった。


 ノックは、内側から聞こえた。


 全身が一瞬で灰になったかと思った。

 だが俺のそれは、目の前のクエイクが受けた感覚よりは、まだマシなのだとすぐに気が付いた。

 序列二位のクエイクが、全身に汗をびっしょりとかいて震えている。


「……何を、しているのかな?」


 ノックの主が、ドアにもたれたまま、もう一度後ろ手で扉を二度ノックした。

「……も、……申し訳、ございません」

 恐る恐る身を起こしたクエイクが、ゆっくりと俺から離れた。

 ノックの主、アグニラードがソファの近くまでやってきて、床に落ちた飴玉を拾うくらいの気軽さで俺を横ざまに抱き上げた。

「急にいなくなるから探しちゃった」

「あ、あぁ。少し休むつもりが、うたた寝してたみたいだ」

「そっか。気をつけないと駄目だよ?シルヴェウスは、魔族たちからも人気があるんだから」

 俺を抱いたまま、アグニラードがクエイクの前を通り過ぎる。気まずい。下ろせと伝えるタイミングを、完全に逃してしまった。

 扉の前まできたアグニラードが、一度立ち止まる。

「——……震源のクエイク」

「っ、……ハッ!」

 呼びかけに、クエイクが慌てて片膝をつき、頭を下げた。

 俺からでは影になって、アグニラードの表情は見えない。

「俺としては、魔族の序列なんて、あってもなくてもいい。だけど、君たちには必要なんだよね?」

「……は、はい……」

 クエイクの声は、ひどく震えていた。

「だったら、俺が『残してもいい』と思える選択をしてほしいかな。……序列持ちの魔族が、みんないなくなったら、シルヴェウスの仕事が増えちゃうし」

「——……ッ!……か、かしこまりましたッ!」

 裏返った声で、悲鳴のようにクエイクが答える。

「二度は言わないから、よろしくね。じゃ、行こっか、シルヴェウス。ベンゼル、開けていいよ」

 ガチャリと、向こう側から扉が開いた。真面目な顔したベンゼルが、立っている。

 俺はアグニラードの身体越しに、クエイクを見た。

 序列二位の魔族は、片膝をつき頭を下げたまま、まだ震えていた。


次回第五話は10月20日17時更新です。

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