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第十八話 目立たないとか、無理がある

 目立つにも、限度というものがある。

 

 ——捕まった。


 意味がわからないよな!?

 俺も全然わからない。

 とは言え、俺たちを捕まえたのは聖女ではなかった。城からの憲兵でもない。

 冒険者ギルドだ。

 ことの顛末を説明しよう。


 光の王国へは、無事に入ることができた。

 巨大な壁にぐるりと囲まれ、薄い膜のような魔除けの結界が張り巡らされている王国内に入るには、これまた巨大な正門を通らなければならない。と言っても、通行はかなりザルで、通行料や届出の類も必要ない。彼らが警戒しているのは、人を襲う魔物だけのようで、魔除け封じを身につけているアグニラードたちは堂々と通ることができた。

 中に入ってまず目に入ったのは、大きな噴水だった。魔物は清らかな水を嫌う云々と、石碑に書かれている。別にそんなことはないんだが。人間領の魔物は、そういう性質なのかもしれない。

 噴水がある広場を抜けて、大聖堂を目指した。光の曜と呼ばれるミサの日は明日だが、アグニラードが一度見ておくのはどうかと提案したからだ。

 思い返せば、この時からすでに目をつけられていたのかもしれない。

 大聖堂へ向かう途中で、ベンゼルが変な男たちに絡まれた。「よぉ、姉ちゃん。そんな顔しか取り柄のねぇ野郎に挟まれるよりも、うちのパーティに入れよ。もっとイイ思いができるぜ?」とかそんな感じで、一人が近づいてきて、彼女の尻を鷲掴みにした。

 次の瞬間、鼻の下を伸ばしていた男の顔の下半分が、鈍い音とともにひしゃげた。折れた歯が、男の口から飛び出ているのが見えた。

『無礼者が。死ね』

 ベンゼルの冷たい眼差しに、腰を抜かした男たちが怪我人を連れて逃げていく。彼女の腕力を考えれば撫でた程度のものだが、騒ぎになった。おまけに逃げた男たちが冒険者ギルドにチクり、結果として瞬く間に他の冒険者たちに囲まれてしまった。

 どうやら冒険者ギルドには、仲間内での流血沙汰は御法度という決まりがあるらしい。原因が何であれ、怪我をさせた方が処罰される。なるほど、それに関しては調べが甘かった俺のミスだ。

 ……しかし。

 俺たちは、冒険者じゃないんだがな。

 とりあえず、これ以上目立つのはまずいと、おとなしく連行された。

 そして、どこまで言い分を信じてもらえるかはわからなかったが、三人の中で一番交渉ごとに向いてそうなクエイクに、名前は伏せるようにと告げた上で、事情を説明してもらった。まずは自分たちが「遠い地から、この地にやってきたばかりの旅人である」こと。それから「冒険者ギルドには所属していない」こと。最後に「そもそも先に侮辱し、仲間に手を出したのは向こうである」ことなどを伝えてもらった。

 その後は、地下の牢屋に放り込まれて放置されている。

 ちなみに千里くんは、袋に入ってアグニラードの腰に提げられていた。






「マジで人間、嫌いなんだけど」

 尻を揉まれた挙句、冷たい石の牢屋に詰め込まれたことで、ベンゼルの苛立ちがピークに達していた。いつもなら俺が聞き役になるところなんだが、千里くん越しではなかなか難しい。


〈ベンゼル、よく手加減できたな。騒ぎを起こすとまずいと思って、我慢してくれたんだろ?〉


「……騒ぎになったし。どうせ捕まるんなら、殺せばよかった」

 こういうところは、ベンゼルも魔族だ。元人間の俺から見ると、魔族や悪魔は他者の命を奪うことに対する忌避感が薄い。アグニラードは、その辺りの価値観が変化している途中だ。

 とは言え俺自身、殺生はすべて悪かという問いをされたとして、無条件にそれを肯定することは難しかった。

 例えば、聖女をそのまま野放しにできるかと聞かれれば、答えは否だ。ヴェンデッタの身体も取り返してやりたい。これは俺が魔族側だからこそ感じることで、聖女側からはきっと違う景色が見えている。

 和解も、まず無理だろう。

 なら後は、命の奪い合いになるとわかっていたとしても、戦うしかない。


〈その鬱憤は、聖女にぶつけてくれると助かる〉


「あ〜、聖女もムカつく〜。ヴェンデッタとは別に仲良くなかったけどぉ、聖女なんかに身体使われてんの、かわいそすぎて無理」


〈仲良くなかったのか?〉


 そう言えば、俺は本当のヴェンデッタについて何も知らない。人間領の牢屋で聞く話でもないが、何か動きがあるまではどうにもならないので、聞いてみることにした。

「強いのはわかるけど、ホント偉そうでさ。……でも、聖女と相討ちになったって知ってたら、花くらい手向けてやったのに」


〈……アグニラードを護ろうとしてくれてたんだな〉


「……かもね。陛下に対してだけは、いつも敬語だったし」

 話を聞いて、ヴェンデッタの身体から聖女だけを引き剥がす方法はないのだろうかと考えた。できれば、デモネリアでちゃんと弔ってやりたい。

 思案していると、地下牢から一階へと繋がる階段の方から、足音が聞こえてきた。


「騒ぎを起こした旅人ってのは、アンタらか」


 降りてきたのは、どこかくたびれた印象を持つスキンヘッドの男だった。いかにもベテランの冒険者といった雰囲気で、体格も良い。だが顔色は良いとは言えず、目の下には濃いクマがあった。

 男は、王国の冒険者ギルドのギルド長だと名乗った。

「こっちで色々調べさせてもらった。ギルドのカードも所持してないし、言い分通り、アンタらに該当する冒険者登録の記録がないのも確認済みだ。荷物の中に王国の貨幣もなく、換金しやすい小さな宝石が数点。到着したばかりの、遠方からの旅人だという説明との矛盾もない」

 男が牢の前までやってくる。

「周囲への聞き込みから、最初に絡んだのはうちの冒険者だということも判明した」

「……つまり冒険者ギルドというのは、善良なる旅人を通り魔的に襲った挙句、問答無用で被害者を地下牢に放り込む、ならず者の集団ってコトでいいのかな?」

 被害者と言うには相手への被害が大きすぎる気はしたが、そもそも言いがかりをつけてこなければ、しなくて済んだ怪我だ。

「……っ、……そうだな。そちらから見れば、その通りだ。謝罪する。すまなかった」

「気にしないでくれたまえ。光の王国のマナーを知ることができてよかったよ。今までボクが出会ってきた中で、最も野蛮な部類だ。……取り上げられた荷物が心配でならない。弁償できないものが入ってると、想像したりはしなかったのかい?」

 魔族領で暮らしておきながら、あの冒険者たちより野蛮な者を見たことないなど、絶対にそんなことはないと思うのだが。クエイクの言葉の棘がすごい。涼しい顔をしていたが、かなり腹を立てていたようだ。

 しかもその棘の内容は、明らかに「ボクら庶民じゃないですよ」アピールをしている。魔族には人間のような貴族制度はないが、それでも彼は序列二位の大魔族である。人間で例えるなら、侯爵家くらいの立ち位置だ。

 クエイクの言葉に滲む棘と特権階級意識は、わざとなのだろう。男がそれに気付くかどうか、探りを入れている。

 ……俺の中のクエイクの印象が、ストップ高だ。多少やり方は違うとしても、この場合は俺も似たようなことをする。腹黒タイプ、助かる。

「申し開きのしようがない。とりあえずオレの権限で、アンタらをすぐに釈放する」

 そして男は、クエイクの挑発に対して怒りよりも焦りを滲ませた。悪くはない反応だ。少なくとも、イチャモンをつけてきた人間たちよりは知性がある。

 男の言葉を聞いて、クエイクがアグニラードを見た。

「わかった。謝罪を受け入れる」

 その視線を受け、アグニラードが答える。これで男の目から見て、誰が上位者なのかがわかる。貴族と思われるクエイクが、敬意を払っている。俺がギルド長なら、揉め事の発端となった連中を恨んでいるところだ。

 だが面倒さを感じているのは、こちらとしても同じ。

 取り上げられた荷物を受け取って、さっさと立ち去るとしよう。







 冒険者ギルドにとって、所属している冒険者たちは、いわゆる身内の括りに入る。まずは登録料を取り、討伐や素材採集の依頼を斡旋することで、そこからさらに一割を紹介料として徴収している。ギルドは各国に存在し、建前は独立した機関だが、実際は国の管理下にある。だからこそ、ある程度の裁量をもって、内部のいざこざの処分を下すことができる。

 だが今回俺たちは外部の者であったためその対象ではなく、勘違いしたギルド側が、非のある立場となっていた。

 もちろん、日頃から荒くれ者をまとめ上げている組織なので、お人好しの集まりではない。過去に似たような事件も起こしているはずだ。それでも今、ちょっと立派な部屋でギルド長が全身に冷や汗をかいているのは、向かい合わせに座る三人の旅人の雰囲気が明らかに只者ではないからだろう。

 テーブルの上には、調査という名目で取り上げられていた荷物が置かれていた。

「ウチのヘアオイルがないんだけど」

「換金用の宝石も、全部なくなってますよ?」

「千里くんのベッド用に持ってきたミニクッションも、ないみたいだね」

 ギルド長の冷や汗が、滝のようになっている。

 ギルド所属の冒険者が、王国に来たばかりの旅人に迷惑をかけた。にも関わらず、調査と称して荷物を没収した。だけでなく、ギルドで保管されていたはずの荷物からは、換金できそうなものが色々と抜かれていた。

「土に属するものでしたら、ボクの魔法で追跡できます。ヘアオイルとクッションは無理ですが、宝石なら現在位置も特定できますよ。どうされます?」

「う〜ん、あのくらいの宝石なら、別になくても……」

 問いかけたクエイクに、アグニラードが悩む素振りを見せる。そこにベンゼルが手を上げた。

「ウチ、陛下の荷物を触った奴ら殺したいんですけど」

「殺しちゃ駄目だよ。あと、陛下って呼ぶの禁止」

「もう遅いんですけど」

 桃色の巻き毛というフワフワした見た目のベンゼルと、物腰は柔らかいのに『絶対にどこかの偉い人』みたいな威圧感バキバキのアグニラードの対応が真逆なの、見てて面白いな。

 そして二人の会話を耳にして、「聞くんじゃなかった」という顔をしているギルド長。多分今、頭の中で「どこのお忍び大好き陛下だ……!?」となっているんじゃないか?

 この世界における中心は光の王国だが、それでも国自体は複数存在している。詐称していると考えるのが普通だが、もしギルド長がそれなりの強さを持つ人間なら、気付いただろう。魔除け封じで極限まで気配を抑えてある三人の、それでもアイテムなんかでは抑えきれていない「こいつら、絶対強いだろ」感に。

「とりあえず我々も暇ではありませんから、窃盗犯はこちらでさっさと見つけて処分してもよろしいですか?」

「えっ!?いや、あの」

 そしてクエイクに交渉を任せられるのは、かなり安心できる。伊達に痴情で、もつれまくってない。それだけクエイクに落とされる魔族や悪魔がいるということで、つまり、口が上手いのである。

「我々の国では、窃盗犯の処分は、盗んだ品や『誰から盗んだ』のかを加味して決めます。ボクや彼女の荷物に手をつけただけでも、……まぁ、死罪ですが」

 クエイクが、チラリとアグニラードを見る。だが、再び口を開こうとしたところで、アグニラードが首を横に振った。

「宝石は安いものだし、クッションはまた作ればいい。ヘアオイルは、今度新しいものを買ってあげるよ。それより俺は、早く宿を決めて『話をしたい』かな」

「かしこまりました」

 アグニラードの言葉に、両脇に座る二人が揃って頭を下げた。

 

 ……顔面は強いけど、そこそこ普通の旅人っていう設定だったんだが。

 これもう完全に、なんかどこかの国の王様のワケあり旅だな。

 今も、アグニラードが視線を向けただけで、ギルド長の背筋が伸びてるし。


「ギルド長さん。今回の件は、こちらも少しやりすぎました。もし窃盗犯の足取りが追えるようでしたら、盗まれた品は回収後、怪我をした冒険者の治療費に充ててください」

「は、はい。た、大変申し訳なく……」

 アグニラードが立ち上がると、左右の二人もテーブル上の荷物を手に取り立ち上がった。

「陛下、宿代どうする?適当に、この辺で一番強い魔物狩ってこようか?売れるっしょ?」

「あんまり目立つ真似はしたくないから、俺の手持ちのハンカチを売るのはどうかな。これなら予備も、たくさんあるし」

 アグニラードがポケットから一枚のハンカチを取り出す。身支度を整える時は、必ずハンカチを持つ。俺の教育の成果だ。いつもはデモネリアの紋章を刺繍したものを使わせているが、これは余り布で作った無地のものなので、売却しても問題はない。

「りょ。んじゃ、売ってくる」

「待ちたまえ。キミだと売値をごまかされそうだからダメだ。ボクが行こう」

「……は?口の利き方に気をつけろよ、若造が」

「直情的な性格は、美点でもあり欠点でもある」

「こら。二人とも、喧嘩しない」

 険悪な雰囲気が、アグニラードの一言で霧散する。ていうか、叱り方が俺と同じだ。

「あの……、そのハンカチの素材は……」

 そこに、おずおずとギルド長が声をかけてきた。目が、ハンカチに釘付けになっている。

「これ?クイーンアラクネの糸で作ったものだよ。求愛時の一番糸じゃないから、たくさん余ってるんだ。盗まれたクッションは一番糸の生地だけど、素材自体はあるから気にしないで」

「…………マジか」

 答えを聞いて、ギルド長がガックリと項垂れる。

 その顔には「えらいことになってしまった」と、ありありと書かれていた。




次回第十九話は11月3日17時更新です。

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