第十七話 いざ、光の王国へ
人間領で馴染むための服を用意している間に、重大な事案が発生した。
千里くんが、聖女たちを見失ったのである。
勇者を攫ってくるまでは、千里くんの目は白装束の聖女と妖精の姿を捉えていた。だが充電問題などもあり少し目を離し、再び確認した時には、すでに見つけることができなくなっていたとのことだった。
目がしわしわになりそうな勢いで泣く千里くんを、予想できたことだと慰める。
元々千里くんの存在は、勇者帰還計画同様、極秘とされていた。事前に知っていたのは、俺とアグニラード、そしてベンゼルのみ。クエイクと、ヴェンデッタの身体を持つ聖女は、勇者ヤマトが魔族領入りして帰還計画が正式に発動した際に知る形となった。
ということは、本体の聖女が白装束の聖女たちと合流した時に、アグニラードの目をごまかして地下室から逃げた時のように、ヴェンデッタの能力を使って目眩しをかけたのかもしれない。
千里くんとヴェンデッタでは、天と地ほどの力の差がある。能力で押し負けるのは、仕方がないだろう。
だが、だからと言って予定を変更するつもりはなかった。人間領への潜入はマストだ。千里くんには、監視先を王国へと切り替えてもらうことにした。聖女たちが光の王国に戻った時に、何からの動きがあればいいのだが。
とりあえず、人間領へは向かわなければならない。俺はいつも衣装を制作してくれている悪魔たちに依頼して、人数分の『人間が着そうな服』を仕立ててもらった。
——最初は、普通の服にする予定だった。
一度着せてみて、「これは駄目だ」と旅人風に切り替えた。
……全員、顔が派手すぎる。
特にアグニラード。何を着せても、キラキラオーラが消えないせいで、一般庶民の服は逆に浮く。
デコられまくったビキニアーマーじゃないベンゼルは、お嬢さんって感じになってめちゃくちゃかわいいので、変なやつに絡まれないか心配になるし。
クエイクは、……まぁ、下半身的な意味で人間に手を出さなければ、好きに選んでくれ。「ボクだけ扱いがヒドくないです!?」と訴えてきたが、スルーした。今までの行いの結果だ。甘んじて受け取れ。
そんなわけで。
支度に半日ほどの時間を要したが、人間領へ潜入するための支度が整った。
アグニラードは、薄灰色の上下に、それなりの革の胸当てと、同じ素材のブーツ。ちょっと旅慣れた剣の使い手を目指してみた。上下黒にすると、似合いすぎるからそこは外した。
ベンゼルも似たようなものだ。露出度の低いベージュの服に、金属製の胸当て。こちらも帯剣している。
クエイクは好きにコーディネートさせた結果、格闘系僧侶になった。……なんっでだよ!意外すぎるだろ!どんどん好感度が増していくから、本当にやめてくれ。
あと、千里くんを持ち運ぶ用の袋も用意した。さすがに頭に目玉を乗せて運ぶわけにはいかない。
衣装替えして謁見の間に集合した三人をじっくり眺めてから、俺は満足気に頷いた。
〈これなら、普通の旅人で通せるだろ〉
「ありがとう、シルヴェウス!俺には人間の感覚はわからないから、助かるよ」
人間の感覚で見ても、どうやってもアグニラードのキラキラは隠せないが、もうその辺は諦めた。
「もっと肌見せた方がカワイくない?ダメ?アクセつけていい?」
目立たないという当初の予定を完全に忘れてるな。
「人間の方から『抱いて』と言ってきても、手を出したら駄目なんですか?」
お前、もう置いていくぞ。
「ごめんなさいッ!」
両手を合わせて謝っているクエイクからさっさと視線を逸らし、俺はにょーんと伸びているワームちゃんを見上げた。
頭に付いている白いリボンは、アグニラードたちの衣装を用意してもらう時に合わせて作ったものだ。喜んでくれている。帰宅して早々に呼び出したことを詫びると、気にしないようにと言われた。
今回、ワームちゃんにはアグニラードたちを人間領へと運んでもらう。竜だと目立つどころの騒ぎじゃなくなるからな。ちなみに何人まで運べるのか聞くと、「たくさん」と言われた。
「俺にはワームちゃんの言葉は『ワワワワ』としか聞こえないんだけど、シルヴェウスには理解できてるんだね」
〈魔物同士だからな。ちなみに千里くんも翻訳機能を搭載してなかったら、魔族には『メメメメ』って喋ってるように聞こえるぞ〉
「そうなの!?シルヴェウスって勇者の帰還魔法も作ったし、なんでもできるよね!?優秀すぎない!?」
アグニラードは驚いているが、俺としては心当たりがあったりもしている。
俺が雑魚氷だと思っていた、青の結晶と呼ばれる神の力だ。魔物として生まれた時から、俺にはこの世界に関する知識があったし、複雑な魔法に関する理論もすんなりと理解できた。これらはおそらく、神の力を通じて俺が得ていたものなのだろう。勇者に適用されると『神の奇跡』と呼ばれるが、俺は知らずに「魔物はそういうもの」だと勘違いして利用していた。それを伝えるとアグニラードは、「そうかなぁ?違うと思うけどなぁ」としきりに首を傾げていた。
〈ワームちゃんも到着したし、雑談は終了だ。準備はいいか?〉
「うん、いいよ」
俺からの質問に、アグニラードが耳につけたピアスに触れながら答えた。俺が貰って、身体が溶けた時に床に落ちた、あのピアスだ。
別にアグニラードも感傷的な想いから付けているわけではない。いや、いくらかはそれもあるだろうが、ちゃんとした理由がある。
俺は、自分が意識を保ったままここにいるのは、この世界の命のサイクルに関係無い異世界の人間という事実に加えて、アグニラードとの生活に未練たっぷりだからだと勝手に解釈している。
身も蓋もない言い方をすれば、幽霊だ。そして、俺の人間だった頃の感覚が、こう言っている。
幽霊は場所に憑くタイプと物や人に憑くタイプがいる、と。
アグニラードに取り憑くのは、彼の力が強すぎて弾かれそうだ。だがピアスなら、取り憑いてワームちゃんに運んでもらえるのではないかと考えた。その案を話すとベンゼルには、「……あ、うん……そっすね……」と引かれてしまったが、アグニラードは「すごい!やってみよう!」と喜んでくれたのでよしとする。
そして結果としては、うまくいった。
ピアスはアグニラードの自作だったらしく、それを身につけていた俺は、少しずつ魔王の魔力に馴染んでいたらしい。おかげで『ピアスに取り憑く幽霊』が、無事誕生した。今のアグニラードは、千里くんの充電器かつ、幽霊に取り憑かれたピアスを身に付けた男である。別にずっと取り憑いているわけじゃない。あくまで移動時のみだ。
これで置いてけぼりにならずにすむ。
〈よーし!行くぞ!〉
俺がそう宣言すると、ベンゼルが控えていた親衛隊へと振り返った。
「親衛隊は、陛下不在中のデモネリアの防衛を担え!万が一人間から襲撃を受けた場合は、飛竜を使い人間領への宣戦布告を持って我々に報せよ!」
「かしこまりましたッ!」
雷撃のベンゼルとしての威厳に満ちた命令に、親衛隊が一糸乱れぬ動きで頭を下げた。
真面目な時は、言葉遣いが改まる。今頃になって知ったベンゼルの特徴だ。それだけ長い間、デモネリアが平和だったということなのかもしれない。
ワームちゃんでの移動も、「ヤだけど〜マジでヤなんだけど〜」と拒否していたが、最終的には納得してくれた。長くてニョロっとしたものが、苦手なのだそうだ。申し訳ないが、他に選択肢もない。スピードラゴンを使うわけにはいかないからな。
——さて。
魔王一行、出発だ。
勇者ヤマトがかなりの日数をかけて進んできた道も、ワームちゃんに乗れば丸一日程度の距離だった。
魔王と高位魔族を腹に収めて爆速で地中を駆けられるワームちゃんは、本当に何者なんだろう。……魔王とは別サイドの物語で、ボスキャラとかしてないよな……。邪神とかその辺りの……。まさかな……、ワームちゃんに限って……。
青いお腹から吐き出されて、「酔った……」と草の上にゲロゲロしているクエイクはスルーして、千里くんを通してワームちゃんに礼を言った。
彼女は復路も担当してくれる予定なので、俺たちが王国にいる間は地中から付いてきてくれることになっていた。贈った白いリボンには、魔除け封じの効果もある。
辺りには、草原が広がっていた。
空は、魔族領にはない青い色に染まり、眩い太陽が暖かな日差しを地上へと届けていた。
緑に溢れた景色の向こうに、光の王国が見えた。白い壁に囲まれた巨大な都で、中央に大きな城がある。大聖堂はその奥だ。
神の奇跡というやつなのか、王国の上空にはいつも虹がかかっている。
その景色は、勇者ヤマトの冒険の表紙と同じだった。
同じ世界であるはずなのに。
なぜ光の王国と魔族領は、こうも違うのだろう。
羨望を集めるためか?
対立を煽り、戦いを終わらせないように。
もしそんなくだらない理由だったら、鼻で笑ってやる。
デモネリアは、これからもっと豊かで明るい国になる。そしてその中心にいるのは、俺のアグニラードだ。
「……侵攻した時に見たことあるけど、やっぱり綺麗な国だね」
隣に立つアグニラードが、少し眩しそうに王国を見つめていた。頭には、袋から出てきた千里くんが乗っている。
〈そうか?俺はデモネリアの方が好きだぞ?確かに太陽の光は遠くて、植物も育ちにくいが、食べ物は美味しいし、みんな力持ちだから作業が捗る。井戸もすぐ掘れるし、灌漑設備もばっちり。子どもでも魔物を倒せるくらい強いから、夜も安全。最高の国じゃないか?〉
「——……」
俺としては当たり前のことだったのだが、なぜかアグニラードは驚いた顔をして俺を見た。
〈今じゃ魔族領中の悪魔や魔族たちがデモネリアに住みたがって、過密の問題が出始めてるから、周辺に街を建設中だ。完成したら、式典に出てくれ。お前が出ると、祭りの屋台の売り上げが違うから喜ばれる〉
「……ま、祭りの屋台の売り上げ?」
〈魔王様見たさに、それだけ多くの者が集まるってことだよ。お前の国だ、アグニラード。俺は、デモネリアを誇りに思ってる〉
伝えると、アグニラードの目がわずかに潤んだ。相変わらず涙もろい魔王様だな。衣装替えしてる時に昔の話を色々聞いた限りでは、俺に育てられるまでは一度も泣いたことはなかったらしいが。本当か?こんなに泣いてるのに?とは思う。
俺は感触はないとわかっていても、その黒い髪を撫でてやった。
〈そろそろ行くぞ。クエイクは、荷物の中に水入ってるから、それで口をすすげ〉
「……ありがどうございばす……」
よろよろと立ち上がったクエイクが、手荷物に入っていた水筒を取り、口をすすぐ。震源のクエイクなのに一番揺れに弱いのは、何でなんだ。
クエイクの酔いが止まったところで、各々荷物を持ち歩き始める。
光の王国までは、小一時間も歩けば着く距離だ。俺たちは、遠方から来た旅人として、潜入を開始した。
次回第十八話は11月2日17時更新です。




