第十六話 そんな馬鹿な
アグニラードが魔王であることを、改めて思い知った。
すごいぞ、俺の魔王様。
結論から言えば、なんと、アグニラードの魔力で千里くんを充電できたのである。
「イキカエッタワー」
贈り物として受け取った、やたらとフカフカしたクッションの上で寛ぐ目玉。千里を見通し霊視までできる偵察用魔物『千里くん』が、魔力充電を満タンにして満足げにゲップをしていた。……ゲップするのか。今更だけど、口、どこだ?
千里くんは俺が道具として作った魔物なので、本来なら俺の魔力しか受け付けない。セキュリティ上、わざとそうしている部分もある。千里眼なんて、敵対勢力の手に渡ったら大変だしな。万が一奪われても、使用できないようにするためだ。
だがそうした俺の努力や常識を、あっさり覆してしまう存在が魔王だった。
人間だった頃の感覚で言うと、コンセントを差し替えるくらいのお手軽さで、千里くんの魔力供給源をアグニラードへと切り替えることができた。さすが魔の王と書いて、魔王。俺から見れば、互換性の王でもある。
ちなみに千里くんは魔王と接続されたことで「アタラシイ、チカラ、メバエソー」と言っていた。芽生えたら教えてもらおう。
さて。これで無事、俺との意思疎通も続けられるようになった。
それを知ったアグニラードは、「……よかった〜!」としゃがみ込んで泣いていた。
千里くんの問題も解決し、ようやく本題へと入ることができた。
人間領への潜入について、である。
侵攻ではないので、秘密裏に行わなければならない。
再びテーブルにつき、今後について話し合う。もちろん千里くんは、俺の通訳係だ。そして俺は何故かアグニラードの隣に座らされている。物とかすり抜けられるのに、なんで椅子には座れるんだろうな。意識の問題か?
「てゆーか、シルヴェウスちゃんが人間領に偵察に行ってたなんて話、初耳なんだけど」
〈調べ物があっただけだ。すぐに戻ってきたし、人間に見つかるようなヘマもしていない〉
やや棘のある口調のベンゼルに返すと、「そーゆーことじゃなくない?」とアグニラードへ話を振られた。
「俺も初めて聞いた。その件については、今度またゆっくり聞かせてね」
笑顔なのに、なぜか怖い。アグニラードの対面に座っていたクエイクが「シルヴェウス殿、南無……」と手を合わせている。なんで急に仏教徒なんだよ。面白キャラ枠に入るな。
とりあえず、その辺の話は保留にして。覚えている限りの情報を伝えて、位置を調整しながら地図を作成してもらう。
「シルヴェウス。可能なら聖女が持ってるその『青の結晶』っていうのを先に取り返したいんだけど、駄目かな?」
俺が復活できる可能性を知ったアグニラードは、人間領への潜入に前のめりだ。放っておくと飛び出して行きそうなので、扉の前に女悪魔を立たせている。
とは言え、アグニラードの意見には俺も賛成だった。
〈そうだな。優先して探すべきだとは思う。向こうに持たせておくには、危険すぎる〉
そもそもあちらが所持していた力を俺が知らずに利用していただけなので、本来の所有権は聖女側にあるのだが。百六十年間、俺のボディだったんだ。落とし物だとしても、とっくの昔に時効だろう。というか、アグニラードが小さい頃、あれを削ってかき氷にして食べさせてたこともあったんだが……大丈夫だろうか。
ちょっと気になって聞いてみる。すると「シルヴェウス……!文字通り身を削ってまで……!小さすぎて憶えてない自分が憎い……!」と感動しつつ悔しがってるアグニラードはさておき、千里くん以外の面々にドン引きされてしまった。
「陛下からの矢印のデカさしか見てなかったけど、シルヴェウスちゃんもガチでやばい」
〈や、やばくない!昔は雑魚い氷の魔物だったから、食料になる獲物がなかなか狩れなかったんだ……!〉
「何味なんですか?シルヴェウス殿の見た目的に、ソーダ味でしょうか」
クエイクの意味がわからない質問に、アグニラードが「ソーダ味!美味しそう!なんで憶えてないんだ〜!」と悶えている。見た目で味を決めるの、やめろ。
〈ベンゼル、今後この二人が馬鹿なことを言い始めたら、容赦なく殴ってくれていいぞ。俺が許す〉
「りょ」
「俺、魔王なのに!?」
「ボク、序列二位なんですが!?」
腹は立つが、認めよう。クエイクは面白い。ヴェンデッタがいないので、このまま繰り上がるとコイツが序列一位か、と微妙な気持ちになった。
下半身だけで生きてるような節操なしの浮気者ですが、魔族領で二番目に強いです!なんて紹介しづらいので、できれば早急に誰かスカウトしたいところだ。
……正直なところ。ヴェンデッタがすでに死んでいたことに対して、何も感じていないわけじゃない。彼女は、百六十年前の戦いで聖女と相討ちになった魔族だ。魔族領、そしてアグニラードのために戦ってくれた仲間の身体を、聖女に渡したままにしておきたくない。
そういう意味でも聖女とは、もう一度会う必要がある。
俺は本当のヴェンデッタを知らないが、他人に自分の身体を好きなように使われるのは、嫌だと思うから。
〈話を戻すぞ。人間領へ向かう人選だが、勇者一行方式でいこうと思う。……相手がやってる時は、なんで物量で攻めてこないんだ?と思っていたが……。実際やる立場になると、少数精鋭が最適解だとわかるな〉
「兵を養うための補給路、物資を集めて運ぶ拠点、それらを指揮する通信網。この三つが揃っていなければ、数は動かせませんからね。百六十年前の光の王国は、それができていました」
ソーダの話からうって変わって、クエイクが真面目な顔で答えた。
〈……あの戦いでは、勇者とともに英雄クラスの人間が大勢攻めてきたと聞いていたが。ひょっとして魔族領は、すでにある程度陥落していたのか?〉
「えぇ。理由は不明ですが、人間領に大勢の英雄が発生しまして。強い魔族のいない僻地から順に潰されていったのです」
〈英雄が発生?〉
「百年に一人レベルの者が、ポコポコと。これに関しては、今回は発生しないのかも含めて検証が必要かと」
初耳だ。
先に聞いておくべきだった。
だが、アグニラードもベンゼルも俺と似たような反応をしているので、これはクエイクの観察眼と洞察力によるものなのだろう。
百六十年前の戦い。
そしてアグニラードが知る、歴代の勇者との戦い。
まずはクエイクに細かいところまで説明してもらう必要がありそうだ。
魔族は戦う術を持つ者が多いが、それでも人間の英雄クラスを相手にできる者となると限られてくる。出現の法則がわかれば、一番いいんだが。
それも含めて、調べていくことにしよう。
「それで、シルヴェウスちゃん。人間領に行くのは、ここにいるメンバーってことでいいん?」
あの子以外で、とベンゼルが女悪魔を見る。雷撃のベンゼルの目に射抜かれた女悪魔が、顔を真っ赤にして頷きながら「わ、私では皆様の足手纏いになります〜!」と悲鳴に似た声を上げていた。
〈そうだな。だがその間、デモネリアから高位魔族がいなくなる。……ベンゼル、親衛隊は留守を任せるに足る者たちか?〉
俺が問うとベンゼルは真面目な顔つきになり、「ご心配なく」と答えた。
「彼らの忠誠心は、このベンゼルが保証いたします。妃殿下はただ、お命じいただければと」
頼もしい言葉だ。
とある一点さえなければ。
……突っ込みたくない。スルーしたい。でもそういうわけにもいかず、指先で眉間を揉みながら問い返した。
〈……妃殿下?〉
「結婚、おめ。ウチらの耳には、普通に聞こえてたし。お幸せに」
「ありがとう、ベンゼル!」
予報通りの答えだった。魔族の耳の良さが憎い。あとアグニラードは普通に礼を言うな。まだ結婚してないだろ。そんでクエイクは泣くな。何の涙なんだよ、それは。
しかしここで否定して、アグニラードの目標が再びネガティブ方向に傾くことは避けたい。
仕方なく俺はすべてを飲み込んで、「では、親衛隊に留守を任せる」と千里くんから伝えてもらった。
……妃殿下か。
たしかに、王配ではないしな。
肉体を使用した繁殖をしない魔族にとっては、性別なんてものは、ただのパーツの違い。アグニラードの配偶者なら、ベンゼルにとっては妃なのだろう。『男己』と書いて『きさき』とかにするべきか?いや待て。何で俺まで結婚した前提で考えてるんだ。
俺はチラリと、隣に座るアグニラードを見た。
いつもの子どものような顔で、ベンゼルと話をしている。
うんうん、かわいい。
かわ——……。
ギュッと、ない心臓が締め付けられた気がした。
千里くん以外には見えていないのに、慌てて俯く。心の中だけにある心臓が、そのままドクドクと跳ね続けている。
な、なんでだ……。
これじゃまるで、本当に俺が……。
お、思い出せ、今までのかわいいアグニラードを。
野菜が苦手で、書類仕事も苦手で、身体を動かすのは好きで、俺の後をちょろちょろとついてまわって、それから——。
『我が魂、我が命、我が最愛』
……っ!
「シルリーン、ドシター?カオ、マッカー」
気付くな、千里くん!
「シルヴェウス、どうしたの!?」
慌てたアグニラードの手が、見えない俺を触ろうとして、スカスカと身体をすり抜けている。
「照れっしょ。それか、今頃自分のキモチに気付いたパターン」
立ち上がったベンゼルが、「親衛隊にゆってくる」と扉に手をかけてから、振り返った。
「シルヴェウスちゃん、すぐ出る?」
口調は軽いが、真っ当な質問だ。光の王国側が次の手を仕掛ける前に、先手を取りたい。
俺はいまだ鳴り止まない鼓動を無視して、頬に感じる熱を自分の中でごまかしながら頷いた。
次回第十七話は11月1日17時更新です。




