第十五話 プ、プロポーズ?
「目標ができたらスッキリした〜!考えてみたら、シルヴェウスを幽霊にしちゃったのも聖女だもんね。ちゃんと全部解決してから、一緒に逝こうね!」
すっかり冷めた紅茶を飲みながら、アグニラードが爽やかに笑った。
……わぁ。
ネガティブ方向に、めちゃくちゃポジティブになってしまった……。
これはまずいぞ。
殺してやるとは言ったものの、ぶっちゃけ俺にはそんなつもりは毛頭ない。本当にどうしようもなくなったら考えなくもないが、少なくとも俺はアグニラードに生きていてほしかった。
だって、せっかくデモネリアを発展させたんだぞ? 豊かになって、魔族も悪魔も上手く暮らしている。
さっき麩菓子をバリバリ食べてたけど、あれだって開発するのに結構時間がかかったんだからな。それにこの間は、フワフワ系魔物のトリミング大会なるものが開催されて、「何だそれ」と思いながらも審査員を務めたら、「どういう気持ちでそのカットにしたんだよ」みたいなフワフワ系の魔物が出てきて爆笑したんだ。あれはぜひ、アグニラードやベンゼルにも見てほしい。面白すぎるから。
しかしながら、ネガティブにポジティブになってしまった今のアグニラードに「死ぬのは駄目だ」と簡単には言えない。俺の価値観や倫理観は、前世の人間の時のものとほとんど変わりない。心の中では、アグニラードがやってきたことは、赦されて良いものではないと感じている。
人間の寿命を考えると、百六十年前のアグニラードから直接的な被害を受けた者はもういないのかもしれない。けれども今のアグニラードが、今後は他者の命を奪ったりしないと誓ったとして。奪われた側や遺された者たちがそれを信じて納得するかどうかと聞かれると、答えは限りなく否だった。
——でも。
それでも。
俺は、アグニラードを死なせたくない。
どうやったら、死なせずに済むのか。
こっちも探っていく必要がありそうだった。
〈そう言えば、お前、白装束の方の聖女はどうしたんだ?足止めと、勇者帰還後の捕獲を頼んでたと思うんだが〉
今頃と思われるかもしれないが、話がひと段落したところで大事なことを思い出した。
俺が死ぬ直前、アグニラードは魔王城に帰還して儀式の間にやってきたが、そもそも聖女と妖精の対応を任せていたはずだ。
それを問うと、アグニラードは「それなんだけど」と、頬を掻いた。
「作戦開始〜ってなって、ベンゼルとクエイクと一緒に目的の村に着いて、見張ってたら、魔物と戦ってた勇者がワームちゃんに攫われて」
そういえば、そうだったな。予定外の戦闘をしてたんだった。
「で、勇者がいなくなった後、少し様子を窺ってたんだ。聖女たちの動き方を見てからにした方がいい、ってクエイクに言われて」
それは一理ある。ただなんで提案者がクエイクなんだよ。俺の中の株を上げるの、やめてくれ。
「そしたら、聖女と妖精が合体してさぁ」
……?
………??
「オーサマー。シルリーンガ、モゲソウナクライ、クビカシゲテルー」
「あっ、そうだよね。意味わかんないよね。……えぇと、妖精が聖女を丸呑みしたんだよ」
待て。
百歩譲って、丸呑みしたとして、だ。
逆だろうそこは。
千里くんに伝えてもらうと、アグニラードは「逆じゃないよ」と大真面目な顔をして言った。
「妖精の顔が急に膨らんで、聖女を食べたんだってば」
こっっわ、なんだそれ。
「クエイクが『こっわ!なんだそれ!』って言ってた」
感想が丸かぶりじゃないか。嫌すぎる。
しかし何かの比喩じゃなくて、物理的に食べたのか。
……なぜだ?
「それで聖女を食べた後、妖精が急に飛び立って移動しようとしたから、逃げられると思って慌ててベンゼルが妖精に雷を落としたら、聖女が吐き出されて」
絵面がシュールすぎないか?
コントかな?
「さらに俺がびっくりしてたら、クエイクが土から檻を作って閉じ込めてくれて、二人を捕獲できたんだよ」
クエイクの活躍が光るな……。序列二位だしな……。痴情のもつれしか取り柄がない、下半身魔族だと思ってて悪かった。百六十年前に俺が殺された時もアグニラードの側にいたみたいだし、ひょっとすると意外に忠臣なのかもしれない。忠臣なら、魔王の側近にまで手を出すな。
〈二人を捕まえたのか、えらいぞ。……ん?でもだったら何で、真っ直ぐ儀式の間に来たんだ?俺が連絡するまで、城に帰還しない約束だったよな?〉
「うっ……。……それなんだけど」
しどろもどろになったアグニラードが、説明をする。
簡単にまとめると、聖女が勇者帰還計画を知っていたことに驚いて、隙を作ってしまったとのことだった。おい、魔王様。
だが確かにあの計画は、ごく一部の者しか知らなかった。アグニラードが動揺してしまうのも、無理はない。
白装束の聖女は、ヴェンデッタの肉体を乗っ取っていた方の聖女曰く、彼女の分体だ。何らかの方法で互いの意識が共有されていたり、意思の疎通が可能だった場合、突然計画も知ることになる。
聖女は、すべて知った上で勇者を攫わせた、と告げたと言う。この辺りの真相は、現段階では不明だ。帰還計画を知っていたのなら、なぜ阻止する方向に動かなかったのか。理由がわからない。
俺が帰還魔法を構築したことを知り、世界を越える力を持つ『青の結晶』との関係に気付いたからか?だが確信はなかったはず。そんな「かもしれない」で勇者をむざむざ攫わせたりするだろうか。
それに、その場で聖女がアグニラードに知らせたのも、不自然だ。光の剣さえなければ、アグニラードの強さは絶対的。聖女がヴェンデッタの身体を持っていたとしても、戦って勝てる相手ではない。
なら単に、勇者帰還計画自体を止めたかったのか。計画を知っていたと聞いて魔王城へと戻ったアグニラードが勇者と顔を合わせていれば、そのまま戦いが始まっていたことは想像に難くない。アグニラードの記憶がとっくに戻っていたのなら、尚更。
とは言え、今はまだそれらもすべて「かもしれない」でしかないわけで。推測の域を出ない考えに、答えを求めても仕方がない。
俺は千里くんを通して、「それで?」とアグニラードに続きを促した。
「それで、その……。俺がシルヴェウスの安否が気になって城の方角を見た瞬間に、妖精がまた聖女を飲み込んで、粉を撒いたんだ。そしたら魔物たちが一斉に襲ってきて。そっちに気を取られた隙に、妖精が檻の隙間から猛スピードで逃げてっちゃった……」
……そこはクエイクのミスだな。隙間ってなんだ。
しかしこれで理解できた。そして同時に妖精の粉が魔族領の魔物たちにも効果があるとわかった。肉体のない俺にまで効果があるかは不明だが、特別な力のようなので、今の俺にも効く可能性は視野に入れておこう。
アグニラードは妖精の追跡をひとまず諦め、「シルヴェウスなら、こうするから」と周辺に被害が出ないよう凶暴化した魔物たちと戦った。その後、周囲に気配がないことを確認してから、俺の無事を確かめるべく、逸る気持ちを抑えて魔王城へと戻った。
それで俺があんな姿で転がってたら、勇者を疑うよな。結構ホラーな見た目だったし。
〈状況はわかった。妖精が聖女を飲み込んだのは、おそらく移動手段だな〉
「そうなの!?」
〈羽もあるし、機動力は高い。いざという時の、撤退要員なんだろう〉
「な、なるほど……」
この世界には、翼や羽がない者が空を飛ぶことはできない。できるとすれば、ヴェンデッタくらいだ。だがその力も、今は聖女のものになっている。
というかあの時、アグニラードが迫り来る地下から、どうやって逃げ出したんだ?
妖精もそうだが、聖女についても謎ばかりが深まっていく。
よし、こうなったら。
……全部一回、置いておこう。
まずは、これからのことだ。
その前に、確認事項を済ませておく。
〈アグニラード、魔族の本体と分体は、合体できたりはするのか?〉
「う〜ん……。記憶や能力は、本体と同じものが継承できるけど。そもそも魔族の分体って、手数を増やすためじゃなくて、あくまで予備の命だから、分けたのをまた戻すのは無理だと思う」
なるほど、それも初耳だ。まだまだ知らないことが多いな。
〈つまり、ヴェンデッタの力を持つ聖女二人を、同時に相手にしなければならないわけか。ヴェンデッタの能力は?〉
「風というか、空気を操るよ。一番危険なのは、対象者の周囲の空気を消し飛ばしてしまう術かな。どうなるかは、聞かない方がいいと思う」
……想像できてしまった。生身の俺では絶対勝てない。無理ゲーすぎる。
というか、そうか、と気付いた。空気を操る能力なら、地下室から逃げられる。光の屈折による簡単な視認妨害でも、あの時のアグニラードならごまかせただろう。ヴェンデッタの力を使い、姿を消して城から出たというわけか。
肉体を奪った者は、その身体の能力を使えるという情報はもちろん初耳だ。だが俺自身、『青の結晶』とやらの力にタダ乗りしていたからこそ、単なる魔物から『氷結のシルヴェウス』へと変化したのだと考えれば、理解できた。
つまり今の聖女は、過去より遥かに強い存在になっているということで。
厄介なことこの上ないが、それでもこちらには魔王がいる。
〈……お前なら、勝てるか?〉
勝算が知れればと、問いかける。しかしアグニラードからの返答は、俺が想像していたものよりも、ずっとあっさりとした言葉だった。
「うん。ていうか俺を倒せるのって、光の剣だけだから。俺にもよくわからないけど、そういう仕組みなんだよ」
——仕組み。
アグニラードが感覚で理解しているそれが、おそらくこの世界の本質に一番近いのかもしれない。
だとすれば、選ぶべき道は一つだ。
〈……よし、決めた。まずは人間領へ乗り込むぞ〉
「うん!わかっ……、えっ?」
〈光の王国が、勇者不在のままで魔族領へ侵攻するとは考えにくい。妖精の機動力を使えたとしても、聖女たちもすぐには王国に帰還できないはずだ。ならその間に、こっちから乗り込んで、元凶を見つける〉
意気揚々と、俺はアグニラードに語った。
〈調べるとすれば、大聖堂だろう。確か、光の曜とかいう名前の日に、ミサが行われていたと思う。忍び込んで、勇者に力を与えている存在の正体を突き止めるぞ〉
勇者関係の調べ物をしていた時に、光の王国には何度か潜入済みだ。割と警備がザルな国で助かった。
ミサがある日なら、大聖堂への出入りも自由である。
ただし王国自体に魔除けの結界が張られているため、対策はしなければならない。
〈魔除け封じのアイテムが人数分必要だ。使ったことはあるか?〉
「な、ないかなぁ」
〈後で使い方を教える。……それから、人間たちに怪しまれないように変装しないと〉
俺はアグニラードを上から下までジロジロと眺めた。もちろん相手はそれを知らないので、きょとんとしている。
俺にはかわいいベビーフェイスに見えるが。
世間一般から言えば、明らかに、完全にイケメン王様枠である。
〈……顔がイケメンすぎる〉
「そ、そんな……!」
なぜかアグニラードがショックを受けた顔をした。
〈あと服も豪華すぎるな。もっと使い込まれた服を用意して、ちょっとでもキラキラ度を下げよう。任せろ、俺は元人間だ。お前をキラキラ魔王から、かっこいい人間、くらいにしてやる!〉
してやる、の通訳の後に、千里くんが「ドヤガオ、シテル」と付け加えた。バラすなよ。
そして、アグニラードは。
「…………っ、はは。——……はははっ」
ショックを受けてたかと思いきや、今度は打って変わって笑い始めた。
なんでだ。
「ねぇ、シルヴェウス」
ひとしきり笑ってから、アグニラードが俺を呼んだ。
どうした?変な服は着せないから安心してくれ。
「……結婚して?」
〈…………。……お前のプロポーズ、軽いな〉
「軽くしないと、重すぎてシルヴェウスを潰しちゃいそうだから。ねぇ、してよ。一生のお願い」
笑いながらアグニラードが言う。ただその瞳には、隠しきれていない深い闇と渇望があった。
俺にとって、アグニラードはかわいい子どもだ。
だが絶対にそういう関係になれないかと聞かれると、否とは言い難い。元人間とは言え、百六十年も魔族領で生きていた。アグニラードは俺が出会った者たちの中で、最も魅力的な相手だ。
ただ、小さな頃から見てきた子どもという意識が消えないのも確かだった。
——けれど。
この瞬間、俺はそうした自分の想いとはまったく別の場所で。
卑怯にも、アグニラードを生かせる方法を思いついていた。
〈いいぞ。ただし、一つ条件がある〉
「…………い、いいの?本当に?」
プロポーズしておいて、なんでOKの返事にびっくりしてるんだ。
〈条件があるって言っただろ?いいか?俺は実は結婚指輪というものに憧れている。あと結婚式もしたいし、新婚旅行にも行きたい。しょ、初夜は新婚旅行の夜だ〉
「……、うん!指輪と式と旅行!わかった!初夜も任せて!昔の俺は、すっごかったから!!」
暗い光を宿していたアグニラードの目が、キラキラと輝いた。最後の初夜の話に関しては、あえて目を瞑る。ちなみに指輪も本気で憧れているわけではない。連絡係の女悪魔が前に話していた内容の、受け売りだ。適当に言ってみたが、説得力はあったらしい。
アグニラードの笑みを確認してから、俺は駄目押しとばかりに、彼を生かすことができる魔法の言葉を唱えた。
〈では、魔王様におかれましては、氷結のシルヴェウスの復活に手を貸していただきたく〉
「復活……!?できるの!?」
〈期待するなよ?あくまで、まだ可能性だ。聖女が奪った『青の結晶』を取り戻したい。世界を越えるだけの力があるんだ。身体をもう一度作るくらいはできるだろう〉
「シルヴェウス……!!」
なんて無邪気な笑顔だ。癒される。
やっぱりいつまでも、子どもだな。
でもこれで、アグニラードの意識が死から生へと傾いたはずだ。単純すぎると言われればそうだが、それだけ俺に対する気持ちが強い証拠でもある。
俺、頑張るよ!と拳を握っている様子を、優しく見つめた。
ソファに座っていたアグニラードが、気合を入れ終えてから立ち上がった。
千里くんに俺の居場所を聞いて、改まったように向き直ると口を開く。
「シルヴェウス、今からちょっとだけ昔の俺に戻っていい?」
……昔のアグニラード?
怖い頃のか。いや、俺は怖くないけど。
急にどうしたのかとか、いきなり暴れたくなったのか、とか思いながらも、断る理由もなく千里くん伝いに承諾した。
「……この辺に立って、左手を出してくれる?」
言われた通り、アグニラードの前に立ち、左手を少し差し出す。
見えていないはずなのに。
片膝をついたアグニラードが、俺の左手を支えるように自身の手を掲げた。
金色の瞳が、姿のない俺を射抜く。
「——シルヴェウス。我が魂、我が命、我が最愛。俺はもう、お前以外何もいらない。どうか、この愛を受け入れてくれ」
〈…………っ〉
ないはずの心臓が、大きく跳ねた気がした。
あ、あ、あれ?
なんでだ。
なんでこんなに、顔が熱く。
「シルリーン、コタエテ、アゲナヨー」
鬼か、千里くん。今の俺の有様は、見えてるだろ?
「ミエテルヨー」
いいか?アグニラードには、絶対に言うなよ!
「千里くん。今のシルヴェウスの状況を教えてくれたら、最高級のクッションを贈ろう」
「カオ、マッカニシテテ、アワアワ、シテテ、カワイーヨー」
「ありがとう」
ちょっと待て、裏切り者!
慌てる俺を、見えていないはずなのにアグニラードがじっと見てくる。
〈……み、見るな……〉
「見えてないよ」
〈……嘘だ〉
「本当だって。……でも、そっか。なるほどなぁ」
立ち上がったアグニラードの雰囲気が、いつもの彼に戻った。
思わずほっと息をつく。
〈な、何が、なるほどなんだ?〉
「ん〜、秘密」
秘密にされてしまった……。
アグニラードが、廊下に向けて声をかける。扉が少しだけ開き、そろりと顔を出したベンゼルがその表情を見てホッとしたように中に入ってきた。
「やっば。陛下のモチベ、やっば」
口調もいつも通りだ。
「そうかな?」
そしてそれに答えるアグニラードも。
「えっぐ、声のテンションたっか(笑)」
「え〜?そんなに高い?」
「普段が85くらいだとしたら、今5兆くらい」
「たっか」
ようやく二人の普段の掛け合いを見られたことに、安堵する。
俺はまだ赤いままの頬を擦りまくって気持ちを落ち着けると、自分にも気合を入れた。
そこに、呑気な声が聞こえてくる。
「シルリーン、ジュウデンガ、キレルー」
……わ、忘れてたー!
千里くんの、魔力充電問題!!
次回第十六話は10月31日17時更新です。




