第十二話 余韻がない
……もっとこう、余韻というものがあるだろう、普通は。
そこそこ衝撃的な別れだった自信があるぞ?
身体に力が入らなくなって、目も見えず、耳も聞こえなくなって。
自分が世界から消えるのだと、感じた。
次の瞬間。
気付いたら、崩れ溶けて形を失い、服だけとなった俺を抱きながら呆然としているアグニラードを、見下ろしていた。
死んだからか、視力もすっかり元通りだ。
俺の最期ってこんな感じになるのか。なんてちょっと感心しながら見てしまう。
身体が氷に変化していたから、普通の魔物と同じ死に方ではないだろうとは思っていたが。氷になって、それが割れて、最後にはアグニラードの腕の中で完全に水になって消えた。服が濡れてしまうから離れた方がいいのに、アグニラードは呆然としたままその場に膝をついていた。
床の上に、何か落ちている。
金色の小さな宝石がついたピアスだ。夜会の日、アグニラードが俺に贈ってくれたもの。後で鏡を見て、アグニラードの目と同じ色だな〜と、呑気に思っていた。
「…………シルヴェウス」
ぽつり、と。
アグニラードが俺を呼んだ。
はいはい、ここにいるぞー。見えてないか。困ったな。
本来なら、見えてなくても別に良かったんだが、ヴェンデッタに化けてた聖女の件があるからな。どうにかコンタクトを取りたいところだ。
聖女は、俺が百六十年前にアグニラードに殺されたと笑っていたが、その辺は正直どうでもいい。自分が支配する領域に怪しいやつが入ってきたから対処した、くらいのものだろう。昔のアグニラードって噂に聞く限りでは、そういうの躊躇いそうにない感じだしな。「アグニラードが俺を殺した……?怖い……!」なんて怯える展開になると期待してたのなら、ちょっと俺を侮りすぎだ。
俺は別にアグニラードが善人だから育てたわけじゃない。魔王城から連れて逃げた赤ん坊のアグニラードの性格なんて、知るわけなかった。
ただ死なせたくなかったから、助けた。
……今思えば。
魔物に生まれ変わった俺が自我を取り戻した時、記憶にはなくても弟を守りたい気持ちが残っていたのかもしれない。
でも、だからといって、アグニラードへの愛情が消えるわけでもなかった。
人間だった俺が何歳で死んだのかなんて知らないが、百六十年育ててきたんだぞ?
かわいいに決まってるだろ。
……だから。
そんなに悲しい顔をするな。
頼むから。
俯いたアグニラードが、落ちていたピアスに気付き拾い上げる。
この時になって俺は、部屋の扉近くにベンゼルとクエイクがいることに気が付いた。ベンゼルの頭の上には、千里くんが乗っている。戦闘型ではないので、危険を感じたら必ず隠れるようにと告げていた。無事、聖女に見つかることなく生き延びたようだ。
ベンゼルが、何か言おうとした。
だがそれよりも先に、部屋が真っ赤に溶け落ちた。
……えっ?
と、溶けた?
部屋が?
ベンゼルとクエイクが、血相を変えて同時に階段まで飛びすさり、駆け上がる。俺も驚いて、退避した二人の後を追った。
真っ赤に溶けてドロドロになった部屋から、俺の服を抱え、手に何かを握りしめたアグニラードが出てくる。
ゆっくりと階段を上がり、その度に、周囲が燃え上がった。
あっっっぶな!
幽霊だからいいけど、生身でここにいたら、俺は死んでるぞ?ベンゼルとクエイクが無事なのは、彼らが序列三位と二位だからだ。
……そう考えると、クエイクはすごいな。キッッッショとか言って、悪かった。
「へ、陛下……!」
ベンゼルが聞いたことのない切羽詰まった声で、アグニラードを呼ぶ。
「……勇者か」
だが、アグニラードの声は、ベンゼルへの返事というよりは、独り言のように聞こえた。
「勇者が……俺の、……シルヴェウスを……」
違うぞ、アグニラード!
駄目だ、聞こえてない!
このままだと、魔王城自体が溶けて消えてしまう。いや、城だけじゃない。魔族領すべてが。
階段を上がってくるアグニラードに、声をかけていたベンゼルが後ずさる。ベンゼルも、その近くにいるクエイクも、明らかに恐怖していた。
「チガウヨ、オウサマー」
そこに無機質な、だがどこか困ったような感情を含んだ声が落とされた。
「シルリーンモ、チガウッテ、イッテルヨー」
手のひらサイズの目玉が、がっつり俺の方を見ている。
……千里くん、ひょっとして俺が見えてるのか?
「ミエテルヨー。ホントニ、ソバニ、イルンダネー」
……これ、指何本?
「ニホンー」
すごいぞ!
さすが千里眼だ!
まさかの霊視機能も搭載!
「シルリーンハ、シンデモ、ナカミカワンナイネー」
何もない空間に向かって話し続ける千里くんに、ベンゼルとクエイクが驚きの目を向けている。
そして、アグニラードは……。
「……シル……ヴェウス……が?」
千里くんの視線の先を見ていた。
ちょっとずれているけど、俺が立っている位置だ。
千里くん、アグニラードに「俺はここにいるから、落ち着け。俺の執務室にお菓子を用意してるから、それを食べながら千里くんの話を聞け」と伝えてくれるか?
「カシコマリンボー。オーサマー、シルリーンカラノ、デンゴーン」
千里くんが、一言一句俺からの言葉を伝えてくれる。伝え終わる頃には、周囲を溶かしていた炎も消えていた。
良かった。十年かけて建てた城が溶かされたら、本気で泣く。
俺はシュウシュウと煙を上げているアグニラードの前に立つと、その身体を抱きしめながら「良い子だ」と頭を撫でる仕草をした。
「イマ、オーサマヲギュットシテ、アタマナデナガラ、イイコダッテ、イッテルヨー」
実況助かる。
見上げると、涙も鼻水も全部出しながら顔をくしゃくしゃにしたアグニラードが、静かに嗚咽していた。
大丈夫だ、アグニラード。
俺は、お前から離れないからな。
「ハナレナイカラナ、ッテ、イッテルヨー」
アグニラードが、見えていないはずの俺を抱こうと腕を回した。
百六十年前。本体と分体の違いはあれど、この腕は人間だった俺を殺した。
でもそれが何だ?
ずっと一緒に生きてきたんだ。
俺がアグニラードの家族であることは、変わらない。
——絶対に。
次回第十三話は10月28日17時更新です。




