第5話 うちの猫は、今日もうざい
ハクがいい子になって、三日が経った。
その日の夜も、ソファには一人分の空席があった。
俺が片方の端に座り、ハクは反対側で本を読んでいる。仕事中に部屋へ入ってこなくなったのと同じように、この三日間、夜になってもこちらへ寄ってこない。
平和だった。
仕事は捗るし、朝から巨大な虎に押し潰されることもない。俺のヨーグルトは勝手に減らなくなったし、カーテンも無事である。
テレビでは旅番組をやっていた。温泉に入った出演者が、風呂上がりの牛乳をうまそうに飲んでいる。
そういえば、うちの牛乳も切れていた。
「明日、牛乳買ってきてくれ。猫じゃらしじゃなくて牛乳だからな」
ハクが本から顔を上げた。
「一度間違えただけであろう」
不満そうに鼻を鳴らし、またページへ視線を落とす。
隣から聞こえるのは、ときどき紙をめくる音だけだった。
以前なら、とっくにソファの真ん中まで寄ってきている時間だ。近いと押し返しても、しばらくすればまた戻ってくる。
テレビの中では、出演者が温泉街を歩きながら団子を食べていた。
ハクなら食いたがるだろうなと思って横を見る。
金色の目とぶつかった。
「なんじゃ?」
「いや」
ハクは少しだけ首を傾げたが、すぐ本へ戻った。
俺もテレビへ目を戻す。
しばらくしてから、ソファの真ん中へ目を落とした。
手を伸ばし、空いている場所を二度叩く。
ぱん、ぱん。
ハクが顔を上げた。
「なんじゃ?」
「……来ないのか?」
金色の目が丸くなる。
「邪魔なのであろう?」
「仕事中はな」
ハクは俺の顔を見たあと、間に空いた席へ視線を移した。
本を閉じてテーブルへ置く。横へずれるだけで済むのに、わざわざ一度立ち上がり、俺の前を回ってから隣へ座り直した。
ただし、ぴったりとは寄ってこない。拳一つ分ほど空けて、妙に行儀よくテレビを見始める。
俺も何も言わず、画面へ目を戻した。
少しすると、その隙間が半分になっていた。
さらにしばらくすると、服の袖が触れた。
「近い」
「昔はもっと近かった」
ハクはこちらを見もしない。
「昔のお前は三百グラムだったんだよ」
「今は立派に育ったであろう」
「だから近いんだよ」
肩で軽く押すと、ハクは素直に少し離れた。
そのままテレビを見ていると、いつの間にかまた袖が触れていた。
「お前、反省期間短すぎない?」
「何を反省する必要がある。我は仕事中の邪魔はせぬ」
得意げに言って、ハクはもう離れようとしなかった。
俺もそれ以上は言わなかった。
旅番組はいつの間にか終わり、別の番組が始まっている。隣ではハクが欠伸をして、本を置いたままソファの背にもたれた。
肩が俺の腕に当たっている。
押し返そうと思えば、いつでも押し返せる。
そのままにした。
*
翌朝、目を覚ます前から胸のあたりが苦しかった。
息を吸うたびに、何か重いものが乗っている。
嫌な予感しかしない。
目を開けると、視界いっぱいに白い毛があった。
巨大な白虎が、俺の胸から腹にかけて身体を預け、当然のような顔でくつろいでいる。
「……ハク。降りろ」
金色の目がゆっくり開いた。
「おはよう、悠人」
「降りろ」
「嫌じゃ」
「重い!」
身体を起こそうとすると、ハクは巨大な前脚を布団につき、さらにこちらへ顔を寄せてきた。昨日まで拳一つ分の距離を守っていたやつと同一人物とは思えない。
「昨夜は近くてもよいと言ったではないか!」
「限度がある!」
何が違う、とでも言いたげに金色の目が細くなる。
「せめて人の姿で来い!」
ハクは納得していない顔のまま、胸の上から動こうとしない。
白い尻尾が一度、ばふんと布団を叩いた。
「だから降りろって!」
白い尻尾が、もう一度ばふんと布団を叩いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
子猫のはずが、まさかの白虎。
そんな少し変わった物語を楽しんでいただけたなら嬉しいです。
澄野 朔です。
普段は義姉・義妹・義母など、少し特別な関係から始まる現代恋愛を中心に、全5話完結の物語を書いています。
今回とは少し毛色が違いますが、甘い恋愛や切ない恋愛、時には不思議な物語にも挑戦しています。
ほかにも独立した恋愛作品を公開していますので、気に入っていただけましたら、シリーズ「5話で完結する、少し特別な恋愛物語」も覗いてみてください。
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また別の物語でお会いできたら嬉しいです。




