第十四話 届いたメッセージ
「俺の血は美味かったのか?」
何気ない興味から、神崎はそう尋ねた。
血で汚れずに済んだ方の布団に寝かされたレイは、その表情に僅かに驚きの色を含ませて神崎を見た。
普段、銃を向けられても無表情を貫くレイには珍しい反応だった。
「……そんなことを、聞くんですか?」
「何だよ。聞いたらまずいのか?」
ほんの少し、言葉に迷うようにレイの視線が床に落ちる。
「人間に例えるなら。自分の手で相手を殺したあと、どれだけ愛しく想っていたかを死体に語るような……」
突然レイが語り出した例え話に、今度は神崎の動きが止まる。
「そんな感じです」
「……なんでそんなセンシティブな扱いなんだよ。どうなってんだ、吸血鬼の感性は」
僅かに表情を歪め、理解出来ないとでも言うように神崎は息を吐いた。
「吸血鬼が人の味を知ったということは、その人間はもう死んでいますから」
銀の銃弾に撃ち抜かれ、一時は動かなかった左手を確かめるように握りながら、レイは続けた。
「そんな相手に、血が美味しかったかどうかなんて、普通は言わないでしょう」
「そういうもんか?」
レイはそのまま黙った。
神崎も、繰り返し聞かない方が良いような空気を察し、下ろしていた腰を上げる。
二組あった内の布団の片方は、血で汚れてしまった。もう捨てるしかないだろう。
残された布団へと視線を向けると、レイが身体を起こしているところだった。
神崎は眉間に浅く皺を寄せる。
「おい、怪我人が起きるな」
「もう完治しています」
聞く耳も持たず、そう言ってシャツを脱ぎ、包帯を外していく。
黒く血で汚れたタオルを外した先に、傷はもう見当たらなかった。
血の跡だけを残して、皮膚が塞がっている。
レイはあくまで吸血鬼なのだと、改めて思い知らされる。
「傷が塞がったところで、あれだけ出血したんだ。寝てろ」
「それも、もう治っています」
「グダグダ言うな」
包帯を取り去ったレイが、脱いだばかりのシャツに腕を通しなおす。
少なくとも神崎の指示を聞くつもりはなさそうだった。
レイの視線が神崎へと向く。
「それより、休むべきはあなたの方です。倒れるような量でないとはいえ、血を失っていますから」
そう言って、レイは布団の空いている部分を軽く叩いた。
神崎は静かに双眸を細める。
「何だ、その手は」
「布団に招いています」
「……お前と添い寝しろっていうのか?」
そう問うと、レイは緩慢な瞬きを一つ挟んだ後に立ち上がろうと片手をついた。
「待て。退けといったわけじゃない」
レイの腰が浮くより早く制止をかけ、神崎は布団の端に膝をつく。
どう考えても男二人で使うには狭いが、これ以上会話を続けたところでレイは神崎に布団を譲るまで折れはしないだろう。
従順なように見えて、妙なところは譲らない性格であることを、もう知っている。
溜息を吐き、レイに背中を向けるようにして身体を倒す。
「明日の狩りに支障が出ないように、さっさと休め」
まるで、わざわざ理由を取って付けたようだった。
誤魔化すようにして眠気のない瞼を伏せると、背中同士が僅かに触れ合った感覚があった。
レイの手によって、薄い毛布が二人の身体に掛けられる。
窓の外は熱帯夜だ。クーラーがついているとはいえ、身体を冷えから守るのは布一枚で十分だった。
「おやすみなさい」
暗い部屋に小さな挨拶が響いた。
神崎は薄く口を開き、けれど返す言葉が見付からないまま、口を閉じた。
*
スマホが通知に震えたのは、夕方が近付いている頃だった。
神崎は手探りで枕元に置いたスマホを探り当て、届いたメッセージに目を通す。
眠気はすぐに覚めた。
ハンターだった頃の同僚が送ってきた位置情報が、この家のすぐ近くにあった。
身体を動かさないまま背後の気配を探る。
レイの体温がそこにあった。呼吸も一定のまま。まだ眠っているようだった。
「…………」
可能な限り物音を立てずに布団を出る。
素早く服を着替え、玄関の扉に手を掛ける。
最後に振り返った部屋の中で、静かな寝息だけが聞こえた。
「何の用だ」
先日、女の吸血鬼に襲われたあの公園に、かつての同僚の姿があった。
以前、深夜に神崎の家を探りに来た男だ。
「木下」
名前を呼んでも返事が戻らない。
普段はいつだって楽しそうに笑っていることが多い男の顔は、今日に限って陰っていた。
暑い日差しの残る空の下で、その顔色は青白く見えた。
「なぜこの場所が分かった?」
質問を重ねると、木下は短く溜息を吐いた。
「前に、お前がスマホで電車の乗り換え情報を調べて見せてきた時、そこの駅が検索履歴にあった」
「そんなのを覚えていたのか?」
「俺の実家がこの辺なんだよ。だから覚えてた」
木下はそう言って、一度苦々しく表情を歪める。
その後で、睨むような視線を神崎へと向けた。
「何の用だ、だって? 分かってるだろ! お前、ハンターに追われる立場になったんだぞ」
「……ああ」
「吸血鬼を連れているって、本当なのか?」
神崎は答えなかった。
頷くつもりはない。だが、誤魔化す嘘も思い付かない。
その沈黙は、肯定に等しい答えだった。
「お前、おかしいよ」
木下は銃を取り出す。
吸血鬼に向けられるべき、銀色のそれを、神崎へと向けた。
「神崎、戻ってこい。叱られるだろうが、今ならまだ間に合う」
縋るような、脅迫の言葉だった。
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