第十五話 吸血鬼狩りの誘い
「どうして吸血鬼なんかと一緒にいるんだ」
「奴は吸血鬼狩りの役に立つ。それに、人を襲わない」
「吸血鬼相手に、情でも湧いたのか?」
「まさか」
「じゃあ、それは何だ」
そう言って、木下は顎で神崎を指した。
その視線が向く先に、心当たりがあった。指で自分の首筋をなぞると、二つの小さな瘡蓋に触れた。
思わず息を詰める。誤魔化しようもない、吸血鬼の噛み跡だった。
悍ましいものを見るように、木下は表情を歪ませる。
「脅されているのか」
「違う」
「じゃあ洗脳か? 吸血鬼に噛まれると、自我が崩壊するっていう」
「それは映画の中の話だ」
「なら、どうして」
木下の声が掠れた。
仲間想いの良い同僚だった。
そんな男が構えた銃は今、自分に向いている。
神崎がどれほどおかしい行動を取っているかを示しているようだった。
「帰ろう。その吸血鬼は捕らえて、狩りに使えばいい」
「今は奴が、俺と組んでいる。奴がいなくなったら俺は一人で狩るしかなくなる」
「俺と組もう」
木下の言葉に、神崎は顔を上げた。
「佐伯が死んでから、お前が誰とも組みたがらなかったのは知ってる。でも吸血鬼なんかと組むくらいなら、俺で良いだろ」
木下もまた、相棒を吸血鬼によって失っている。
毎回違う相手と組んで吸血鬼を追ってはいるが、正式なペアを組んではいない。
木下は腕もいい。気心の知れた仲でもあるし、越えてはいけない線を不躾に越えてはこない。
隣の空白を埋めるのに、不満はない。
けれど、神崎は首を横に振った。
「もう戻れない」
「吸血鬼さえ連れていなければ戻れる」
「あいつを手放す気はない」
木下の瞳が驚きに見開かれた。
一人で吸血鬼を追っていた頃の神崎も、きっと同じ反応をしたことだろう。
そして、同じようにこう言ったはずだ。
「人間の敵に回るつもりか」
木下の表情が険しくなった。
吸血鬼を相手にした時と、同じ顔だった。
神崎は木下のこういうところが気に入っていた。優しい性格だが、危険だと判断すれば情では揺らがない。
「違う。吸血鬼は狩り続ける。人に危害を加えるつもりもない」
「吸血鬼と組む人間の言葉を信じられるはずがない!」
「俺は吸血鬼を狩るために、一番効率のいい奴と組む。それだけだ」
たとえ吸血鬼狩りを名乗れずとも。その証である十字架を失い、功績を認めてもらえずとも。
それでいいと口にした瞬間、自分の中に僅かに残っていた未練のようなものが消えた気がした。
日が落ちて、周囲が赤く染まり始める。
その瞬間、風を切る音が聞こえた。神崎は咄嗟に口を開く。
「——殺すな!」
神崎に銃口を向ける木下ではなく、その背後に現れた黒い影に命じる。
木下の腕を捻り上げたレイは、木下の首に手を掛ける寸前で動きを止めた。
強引に持ち上げられた木下の腕から銃が落ちる。
「ッ、本当に……吸血鬼が日の光の下を……!」
痛みと驚きに顔を歪めて、木下がレイを見上げる。
「本当は、まだ少し早いですけどね」
木下の腕を掴むレイの手が、僅かに陽に焼けた傍から治癒を繰り返す。
夕陽はまだ昼の光を残していた。純血の吸血鬼であれば、その身を灰に変えていただろう。
「離せ! 吸血鬼が!」
「動かないでください。怪我をしますよ」
レイの腕に押さえ付けられながら木下は何度か暴れようとしたものの、武器を取り落とした状態で吸血鬼の腕力に抗えるはずもなく、やがてその身体から力を抜いた。
レイが腕を離すと、木下はその場に崩れ落ちるように膝をついた。
本来、吸血鬼に抱え込まれた時点で死は免れない。首筋を伝う汗も、小さく震える指先も、当然の反応だった。
「木下」
神崎がその傍らに歩み寄り、立ち止まる。
その場に置いたのは、あの女の吸血鬼が持っていた銀色の銃だった。
「これを持ち帰れ。吸血鬼が持っていた。恐らく、殺されたハンターの遺品だ。調べて、あるべき場所に返してやれ」
そう言い残して、神崎は背を向けて歩き出す。
レイも最後に木下へ一瞥を向けた後、その背中を追った。
木下は緊張と恐怖に震える呼吸を整えながら、黙ってその背中を見つめていた。
*
「この家も捨てる必要があるな」
夕暮れの中、家に戻り神崎は呟いた。
木下が神崎の情報を明かすかは分からない。
だが、警戒はいくらしても足りないほどだ。
木下の言った通り、吸血鬼だけでなくハンターにも追われる身であればなおさらだった。
「また、どこかのマンションでも借りるか。どうせこの家は狭いし、丁度いい」
一つしか使えない部屋に、一式しかない布団。
寝具は買い足せばいいとはいえ、窮屈なことに変わりはない。
幸い、神崎に趣味といえるものはなかった。そのせいで、貯金なら余るほどあった。
「お前も、その方がいいだろ?」
そう言ってレイを振り返る。
いつも通り、感情のない瞳がそこにあった。
少し前の神崎なら、そう思っていただろう。
だが、今はその向こうに見慣れない感情があることに気付いてしまえた。
「……何を怒っている。さっきから」
公園からの帰り道、レイは何も言わなかった。
神崎の言葉への返事も返らなかった。
それがレイなりの苛立ちだと、気付けるくらいの時間は共に過ごしてきた。
「怒っている……?」
レイは目を細め、小さく復唱した。
まるで、本当にそうなのか、自分自身に確認しているようだった。
そして少しの沈黙の後で小さく息を吐いた。
「ええ、怒っています」
神崎へと向けられた視線はいつもよりも冷たく、鋭いものだった。
「あなたが、俺を置いていったので」
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