聴取記録:エレオノーラ・バスティア侯爵令嬢~3月21日 午前11時 王城内聴取室
殿下は初恋をこじらせていらっしゃるのです
―え?初恋…ですか?―
ええ、そう、初恋です
本来は幼いころに経験するものですけれど、殿下は幼少期は身体が弱く引き籠りでいらしたでしょう?
ですからご令嬢の方々と幼い頃にあまり交流をとれず初恋を経験していらっしゃらないのです
なので、この年齢になってからの初めての恋に如何して良いか判らず『距離感バカ』になってらっしゃるんだと思いますわ
―『距離感バカ』…―
ええ、『距離感バカ』
婚約者がいる、いない関係なく恋人でもない女性の身体にむやみやたらに触れてはいけませんでしょう?
なのに、アリサをお側に侍らせる際には肩を抱いたり、腰に手を回したりと…
あれが距離感バカでなければ、なんでしょう?
何度、『そんな風に婚約者ではない女性に触れてはいけませんよ』とご忠告いたしたことか…
ほら、恋は盲目って申しますでしょう?
これまで聡明でいらっしゃった殿下が初恋の所為で視野が狭くなっている上に、それに、ほら、あの方、『世の女性は皆が皆、自分の事を好きだと思っている』って考えてらっしゃるところが、少々おありになるから
なので、アリサが『本気で困ってお断り』しているのも『自分に気遣って遠慮している』と勝手に解釈なさる…
わたくしの事だってそうです
ただ家格、年齢、教育面において釣り合うのがバスティア侯爵家の娘、つまりわたくししかいなかったがために結ばれた婚約です
文武両道で人柄もよい方ですので尊敬の念はあれど恋情はないとお伝えしておりましたのに、なぜか殿下はわたくしが殿下に恋していると思ってらっしゃるのです
それで、あの卒業式での騒動でございますのよ
まぁ、殿下の事ですから『無実のわたくしを断罪した無能な王太子』を演じたかったのかも知れませんけど、そもそも恋愛感情がないのですから最初からその設定は成立していないのですけど
―では、バスティア侯爵令嬢はフィール子爵令嬢に嫌がらせを行ってはいないとそうおっしゃるのですね?―
ええ、女神アリウーラ様の名に懸けて、そんな卑劣な真似は決して
―そうですか―
嫌がらせどころかわたくし、アリサから相談を受けておりましたのよ
―相談ですか?―
ええ、殿下が断っても、断っても纏わりついてくるので助けて欲しいと泣きつかれましたの
彼女の立場上、そんなに強くは出られないでしょう?
お気の毒に思って殿下にアリサの気持ちをお伝えしましたの
『フィール子爵令嬢はお困りになっていらっしゃいますよ』と
そしたら「嫉妬して私とアリサの仲を引き裂く気か」って
アリサとの仲も何も彼女が嫌がって私に殿下を嗜めて欲しいとお願いされて忠告しに来ているのに明後日の方向に解釈なさるので全くお話にならなくて…そうこうしている内にわたくしを慕ってくれている令嬢の中からアリサに嫌がらせをする子達が現れたのでその都度、叱ったり宥めて回ったりと本当に大変でしたのよ
これらの事は、わたくし、全部日記にしたためておりますの
嘘が書けない制約魔法のかかった日記帳なので証拠としてご利用いただけるかと
後でお渡しさせていただきますね
―ありがとうございます。―
お聞きになりたいのはそれ位ですかしら?
―えっと、ええ、はい。そうですね―
では、もう帰っても?
―はい、充分でございます―
では、失礼いたしますね…あっ、そう言えば、ずっと疑問に思っていたのですが、フィール子爵家は何故アリサを引き取ったのでしょうね?
―え?なぜ…とは?―
だって、あちらはすでに跡取りもいらっしゃるし、領も小さいながらも豊かで安定している
とくに養女を引き取る必要性はないはず
だって、王都の孤児院なら何不自由なく暮らせていただろうしわざわざ子爵家に引き入れる必要はありませんでしょう?
でも、子爵はアリサを引き取った…どうしてなんでしょうね?
そのこと、どなたかにお伺いになられました?
―いいえ、特には…―
そうですか
もしかしたら、子爵様を召喚してお聞きになられた方が良いかもしれませんよ、あの子の本当の血筋が判るやもしれませんし
―それは…―
恐らくあの子、高貴な血を引いているのではないかと…
あの子が魔法を使うところを一度見たことがあるのですが、間違いなく聖魔法でした
確か、『聖魔法は王族かその血をひく高位貴族家の令嬢にのみ受け継がれる』という話ではありませんでしたか?
―ええ、そうです―
そうすると彼女は王家、または歴々の王女様方が降嫁なさったお家の婚外子である筈です
彼女に暮らしていた孤児院の事を聞いてお調べになられては?
まぁ、『聖女』判定を行うのが先でしょうけど
…ところで、こちら、音声でそのまま記録が残るのでしたっけ?
―はい、そうですが、何か?―
いえ、ちょっと確認しただけですわ
きちんと声に出しておりませんでしたので、最後に一言だけよろしいかしら?
―あ、はい、どうぞ―
わたくし、あんな浮気者で人の話を聞かないナルシストの糞ボンボンと婚約を解消できて本当は大喜びですの
…ふぅ
では、帰ります、ご機嫌よう




