運命の歯車~公爵令息と子爵令嬢
「アリサが聖女だって…そんな馬鹿な…」
王城で聴取を受けた帰りの馬車の中で、サミュエルは聴取中に聞かされたアリサが近々聖女認定を受けるという事実に両手で顔を覆いながら小さく呟いた。
リノリーが大興奮でアリサが聖女だと生徒会室に駆け込んできたとき、サミュエルはそれを信じはしなかった。
父や元コモンノルド家侍従長だったセバスティアンからアリサは戸籍を持たない孤児だったという話を聞いていたからだ。
聖女は伯爵位以上の高位貴族の血筋からしか生まれてこない。
何故かは判らないがそう決まっている。
アリサが本当に聖女だったなら、彼女は伯爵家、侯爵家、公爵家、王家の何れかの隠し子、つまり、婚外子ということになる。
貴族の婚外子なら孤児になったとしても戸籍は必ず登録するはずだ。
何故なら戸籍は、直系児に何かあった時にその婚外子を養子として引き取る際に必要なものだからだ。
その戸籍がアリサにはない
平民の中には子供を戸籍の登録もせず産み捨て、見殺しにしたり教会や孤児院の前に置き去りにする者がいる。
戸籍がないという事は間違いなくアリサは平民だ。と、そう思っていた。
だから、リノリーが奇跡を見たと大興奮で生徒会室に飛び込んできたとき、何かを勘違いしているのだろうと思った。
聖女の条件を下位貴族の人間は教育を受けないので知らない筈だ。だから、何かを奇蹟だと勘違いしたのだろう。
…その筈だ。
そう考えていた。
王太子がリノリーの言葉を真に受けて彼女を聖女と発表したとしても、聖女の保護を《《名目》》に彼女を側に置いた時も、自分だけはアリサが本当は、『本当に聖女ではない』事を知っていると心の中でほくそ笑んでいた。
なのに、今日会った司教はアリサが聖女だと言った。
聖女判定で聖女であることが判明したと…
戸籍のない平民の筈の彼女が…
初めて出会った時に、昔何処かで会った事があると言う感情を持った。
それを隣にいた護衛騎士見習い、今は立派に護衛騎士として側に侍っているハップスに伝えた。
ハップスの「もしかしたら、前世でも会っていたのかも知れませんね」という言葉に、『ああ、そうか、これは運命なんだ』と思った。
家に帰って父親にアリサとの婚約を打診したが、爵位の違いを理由に許可して貰えなかった。
何度も何年もあれやこれやと説得材料を見つけては語り、あらゆる条件を出して打診しても全て爵位の違いを理由に却下され続けた。
爵位の違いが原因ならば、自分の爵位を下げれば良いのだと思いついた時に降ってきた聖女騒動。
使えると思った。
これを上手く利用すれば自分は恐らく廃嫡され、公爵家が持つ爵位のひとつである子爵へ降爵させられる筈。
子爵籍同士なら婚約するのに何の障害もない。
そう考えていたのに、アリサは聖女だった…
このままでは彼女は他の高位貴族と婚姻を結ぶことになってしまう。
何とかしなくてはいけない
確実に彼女を自分の妻にする為に
馬車が公爵邸に到着していることも気づかず、サミュエルはなかなか降りてこないことを心配したハップスがドアを開けるまで馬車の中で思案に暮れていた。
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3月25日 午後3時過ぎ王都郊外
セバスティアンが子爵領から王都に到着したという知らせを受け、迎えに来た教会の馬車に乗って中央教会を目指していたアリサは突然停止した事を不思議に思い、外の御者と護衛騎士に
「どうかなさいましたか?」
と声をかけた。
「襲撃です。今すぐカーテンを閉め、外にはお出になりません様」
キャビン脇についていた護衛騎士の一人が中にいるアリサとシスタークララに声をかける。
「聖女様、失礼いたします」
護衛騎士の声にシスタークララは素早くカーテンを閉めるとアリサの身体を引きよせ覆いかぶさる様に抱きしめた。
外から聞こえてくる争う声や何かがぶつかる音、人が倒れたような音に怯えながら、アリサとシスタークララはお互いを励ますように腕に力を入れて抱き合い、小さな声で何度も祈りの言葉を口にした。
少し経ち、外が静かになったことに気が付きアリサがシスタークララに声をかける
「外の皆さまは大丈夫でしょうか?」
「きっと大丈夫ですわ、皆さまお強いですもの」
シスタークララが小さく震えながらも外を伺おうとキャビンのカーテンに手を伸ばした途端、扉が勢いよく開かれ中に一人の男が踏み込んできた。
「きゃあああ」
シスタークララが叫び声をあげる
「シスター、こちらに!!」
怯え切ったシスタークララを守ろうと抱き寄せた瞬間、聞き覚えのある声が聞こえ、アリサは押し入ってきた男の顔を見上げた。
「ああ、怖がらせてしまったのだな。すまない、アリサ。でも怖がらなくて良い、僕だよ」
「サミュエル坊ちゃま?」
「坊ちゃまはやめてくれないか?名前で呼んで欲しいな」
「サミュエル様が助けてくださったのですか?あの…護衛騎士の皆さまは…?」
ニコニコと笑うサミュエルを見上げて問いかけるアリサから離れ、シスタークララがサミュエルの脇から外を覗き込む。
馬車の外に倒れている護衛騎士や御者の姿を見つけ、シスタークララが息をのんだ。
「君を迎えに来たんだ。さあ、アリサ、おいで」
「おやめください、コモンノルド公爵令息様」
笑顔のサミュエルがアリサの手を掴み馬車から引っ張り出そうとするのを、シスタークララが阻止しようと手を伸ばす。
瞬間、サミュエルは鞘に仕舞ったままの剣の切っ先をシスタークララの目の前に突き付けた。
「ひっ」
鞘に入っているとはいえ剣を顔の前に突き付けられたシスタークララは恐怖で伸ばしていた手を引っ込め後ずさる。
「サミュエル様、いけません」
サミュエルの無礼ともとれる行動にアリサが声を荒げると、サミュエルはアリサを見下ろしニッコリと微笑んだ。
「大丈夫、君が一緒に来てくれたら彼女には何もしないよ」
「分かりました、一緒に参ります。ただ、倒れている護衛騎士様や御者の方に治癒魔法をかけさせてください」
「残念だけど、そんな時間はないんだ。大丈夫、誰も死んではいないよ。まぁ、あばらが数本ほど折れている奴はいるかも知れないけれどね」
笑いながらサミュエルがアリサの身体をひょいっと抱き上げる。
「きゃっ!」
「馬は大丈夫?怖くないかい?比較的おとなしい子を選んできたから大丈夫だとは思うけど…」
そう言いながらアリサを自分が乗ってきた馬の上に座らせる。
「ちょっと遠乗りになるから途中少しつらいかもしれないけれど我慢してくれると嬉しいな」
「ど、どこへ向かうのですか?」
「アリサは何も心配しなくていい。ただ一緒に来てくれれば良いから」
終始笑顔のサミュエルは軽やかにアリサの後ろに乗り上げると手綱を取り馬を走らせた。




