侯爵令嬢の苦難~令嬢達と王太子
「エレオノーラ様、お聞きになりましたか?先日のお休みの日、フィール嬢が殿下達と王都を散策していたそうですよ」
恒例のお昼のお茶会で情報交換を行っている最中、憤慨した声でルシェル・メイリール伯爵令嬢がエレオノーラに詰め寄った。
その言葉を聞き、エレオノーラは休み前にアリサが週末にフィール領から義弟が王都に来るので2人で出かけるのだと話していた事を思い出す。
『確か、フィール領だと1ヶ月位入荷が遅くなる読みたい本があって、それを買いに来るって言ってたわね…え?じゃあ、何?あの糞王太子、姉弟水入らずなとこ邪魔して一緒に王都に行ったの?本気?』
「ビンセントも一緒だったそうです…」
「そう…」
『まぁ、そりゃ、彼、王太子殿下の護衛騎士だものね…』
「あの女、スプレンドーレに長時間いたんですって」
「スプレンドーレって、あの王室御用達の宝石店ですよね?」
ルシェルの斜め前に座っていた子爵令嬢が大袈裟に驚いた様な声で会話に加わる。
「あの女、絶対、長い時間宝石を物色して殿下に買って貰ったんですよ!」
「なんて、恥知らずな!」
ルシェルの言葉にインリエッタが声を荒げる横でエレオノーラは頭の中で独り言を呟き捲っていた。
『宝石なんていらないとお断りするアリサに「プレゼントする」って長い時間ごねて大変だったのでしょうね、恐らく…義弟さんとの貴重な時間を潰して、あのおバカ王太子、何やってるの』
「真偽が定かでない事を余りとやかく口にするものではないわ。それに、さっきからフィール子爵令嬢の事を『あの女』呼ばわりしているけれど、その言葉遣いは淑女として失格ですよ、改めなさい」
「エレオノーラ様、何故あんな女の肩を持つのですか?」
「ほら、また、あの女という言い方をする。自分が気に入らないからと相手を悪し様に罵ることは自分の品格に傷をつける事ですよ、およしなさい」
味方になって一緒に罵ってくれると思ったのに、叱られてしまい、ルシェルが少し落ち込む。
「ルシェル様、貴女はとても素敵な令嬢です。こんな事でご自分の格を下げるなんて勿体ないわ」
「エレオノーラ様…申し訳ございません」
「わたくしに謝る必要はないわ」
「皆さまも。思うところはおありでしょうが、定かでない事を口さがなく言い触らすものではありませんよ、よろしいですね?」
エレオノーラの言葉にその場の令嬢達は、少し不満を残しつつも同意の言葉を返したのだった。
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放課後、政務の為に王宮へ戻っていたアレクサンドルを訪ねてエレオノーラが王宮の執務室にやって来た。
「こんな所まで何しにきた?」
執務机に腰掛けたアレクサンドルが冷たく言い放つ。
それを気にした様子もなくエレオノーラは執務机前に立ちアレクサンドルを見下ろした。
「お心当たりがおありな癖に」
「…アリサの件か?」
「ほら、やっぱりご存知じゃありませんか」
責める様にはぁと息を吐き出すとアレクサンドルがジロリと睨み上げてきた。
「義理の弟君と2人だけで王都に出ると言うから護衛を勤めただけで、何ら疚しい事などしていない」
「疚しい疚しくないの問題ではなく、婚約者でもない人間に王室御用達の宝石店でジュエリーを購入しプレゼントする事自体が問題だと申し上げているのです」
「何だ、嫉妬か?」
「嫉妬ではなく常識の話をしているのです」
「わざわざ執務室まで来て、結局嫉妬からくる文句だとは…侯爵令嬢はよっぽど暇なのだな」
「だから、嫉妬ではありません!」
イライラしながら返事をしていると部屋の角に佇むビンセントがぽつりと声を漏らした。
「口では何とでも言える…」
「エルモア令息、何かおっしゃいましたか?」
ギロリと睨みつけると、馬鹿にした様な薄笑いで「これは失礼致しました」と返され、ちょっとした苛立ちでエレオノーラは手にしていた扇をギリリと握り締めた。
「以前にもご忠告申し上げましたが、婚約者でもない令嬢の肩や腰に触れるのは非常識です。そして、婚約者でも恋人でもない女性に宝石を贈る事も非常識です。ましてや、それが、王室御用達のお店など言語道断」
「ご自分も欲しいから難癖をつけにいらしたのですか?」
突然背後から声がかかり、エレオノーラが振り返ると、そこには書類を手にしたサミュエルが扉を開けて執務室へ入ってくる姿があった。
「今のお話で、そんな捩曲がった考え方しか出来ないのですか、コモンノルド小公爵さま」
「おや?違いましたか?」
「全くもって見当違いです。殿下にねだらずとも自分で好きなだけ買えるので結構ですわ」
蔑む様な表情でサミュエルを見返すと、そう言い放ちアレクサンドルの方に向き直る。
「フィール嬢を困らせる様な行動はお慎みください。貴方が変な行動を行う所為で、令嬢達の間で不満の声が上がっております。嫌がらせを行う令嬢も出始めました。自重願います」
「嫌がらせですか?貴女がやらせているのでは?」
「エルモア令息、さっきから貴方失礼よ」
「エレオノーラ嬢、私の護衛騎士を脅さないで貰えるか?」
「脅してなどおりません。とにかく、皆さまにも婚約者がおありなんですから、ご自重願います。言いたいことは以上ですわ」
『どいつもこいつも、いっぱつ殴り飛ばすわよ』
心の中でそう叫ぶとエレオノーラは執務室を後にした。
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「全くなんでこう、次から次へと…」
「お嬢様、大分お疲れでいらっしゃいますね」
ソファに座り片手で眉間を押さえるエレオノーラに紅茶を注ぎながら侍女のニッテが声をかける
「ありがとう」
目の前に置かれた紅茶のカップを持ち上げると香りを吸い込んでから口をつける
「で、今日はどんなトラブルが起きたんですか?」
「今日は、殿下が1日政務でお休みだったから朝一番からアリサが数名の令嬢方から囲まれて「平民はこの学校には相応しくない、今すぐ出ていけ」なんて責め立てられているから間に入って、『貴族の家に養子に入った平民は、貴族籍に登録されているからこの学校にいても何ら問題ない』ことを、向こうが分かってることは百も承知でキチンと説明した上で『理不尽な言い掛かりは学園の理念に反する事』、『学園側に知られれば何らかの罰を受ける可能性がある事』、『私のことを思っての行動なら私は大丈夫である事』と気遣ってくれた礼を述べて解散させて…」
今日1日で起きた出来事を思い出しながらエレオノーラが深い溜息をつく
「休憩時間毎にアリサの教科書がなくなったり、ペンがなくなったり、ハンカチがなくなったり、ノートがなくなったりと地味な嫌がらせがちょこちょこ起きて…その度にアリサと一緒にそれらを探して…」
「見つかったんですか?」
「結局、わたくし達では見つけられなくて、毎休憩時間コソコソ探し回っているわたくし達を気にして声をかけてくださったユーフェミナ先生が探索魔法で見つけてくださったのよ」
「何処にあったんですか?」
「教科書は教壇の引き出しの中にあったのだけど、他の物は校内の噴水の中に沈められていたわ」
「噴水のほうは悪質ですね」
「ユーフェミナ先生の魔法で全部綺麗になったけど犯人は分からなくて」
「でも、見つかって良かったですね」
「それでね」
「えっ?まだあるんですか?」
ニッテの驚きの声にエレオノーラが苦笑いを浮かべる
「で、お昼の休憩時間にアリサが中庭の手入れを…」
「子爵令嬢がお庭の手入れですか?」
「ああ、あの子、美化委員をやってるのよ」
「そうなんですね。お嬢様は何委員なんですか?」
「わたくしは図書委員よ。新収図書が真っ先に読めるから」
「さすが、本好きさんの発想ですね」
「まぁ、それでね、あの子が中庭で草を毟っていたら隣接する校舎の2階からあの子目掛けて水を捨てた生徒がいて」
「え?なんて酷いことを!誰なんですか、そんな酷いことをするなんて」
「運よくアリサにはかからなかったんだけど、隣にいらしたイアン・モジリティ男爵令息に降り注いで…」
「あらら、それはお気の毒な…」
「モジリティ様は大丈夫と笑ってらしたのだけど、彼の婚約者のミリアナが大激怒して犯人探しが始まって…見つけた令嬢、1学年上の先輩の方だったんだけど、その方に魔法で攻撃する気満々だったから宥めて落ち着かせて、ミリアナの代わりにその先輩令嬢と話し合って…」
「ミリアナ様って確かお嬢様の幼なじみの伯爵令嬢様でしたっけ?」
「そうね、腐れ縁のね」
「お嬢様、眉間にお皴が…」
ニッテがエレオノーラの眉間に手を伸ばし、深く刻み込まれてしまいそうな皴を指で伸ばす
「お嬢様、お顔が険しいです」
「険しくもなるわ…だって、放課後に」
「えええっ、まだあるんですか?」
「あるのよ、残念な事にね…それもこれも、あの馬鹿王太子が普段からアリサが孤立しそうな事ばかり仕出かすから…」
エレオノーラがイライラし出した瞬間、ニッテがエレオノーラの口にボンボンショコラを放り込む
「あら、これ、美味しいわね」
「シェフの新作です」
「ただニッテ、主人の口の中に勝手に食べ物を放り込んじゃ駄目よ」
ボンボンショコラを飲み込んだ後、エレオノーラがニッテを軽く叱る
「すみません、お嬢様を癒したくて、つい…」
「王宮内で同じ事をやったら、貴女すぐに暇を出されてしまうわよ、気をつけてね」
「はい、気をつけます」
「それで、放課後にアリサに起きた出来事の事で殿下に抗議しに王宮の執務室を訪ねたのだけど…」
「お嬢様、また眉間にお皴が!!」
ニッテが今度はスプーンで掬ったババロアをエレオノーラの口に放り込む
「あら、このハバロア、もしかしてカモミールを使っているのかしら?」
口に含んだハバロアから漂うカモミールの香りにエレオノーラがほぉっと息を吐く
癒された雰囲気のエレオノーラにニッテが『私、良い仕事したわぁ~』と満足気に微笑むと、
「ニッテ、貴女、満足気にしてるけど、後でアルマ侍女長からお説教ですからね」
ずっと黙って部屋の端でエレオノーラとニッテのやり取りを見守っていたニッテの先輩侍女のローズがぽつりと呟いた
バッとローズを振り返ったニッテが顔を引き攣らせる
「お嬢様に一度注意を受けた事をまたやったんだから、当たり前でしょう?」
「えええ~そんな~」
「ローズ、ニッテを許してあげて。わたくしを癒そうと思ってした事なんだし、此処にはわたくしとローズとニッテしかいないのだから、ねっ?」
エレオノーラが小首を傾げてローズに微笑みかける
ローズは、はぁっと溜息をひとつ吐き出すと深々と頭を下げた
「承知致しました」
「許してくださるんですね!ありがとうございます!!」
ローズは身体を起こした瞬間に抱きついてきたニッテを面倒くさそうに引きはがし、おでこをぺちんと叩いた
「お礼なら私じゃなくて、お嬢様にでしょ」
「うわ~ん、お嬢様、ありがとうございます~」
「今後は気をつけなさいね」
ふふふと笑うエレオノーラにニッテはぶんぶんと首を縦に振って答えた
「それで、王太子殿下はどうなさったのですか?」
ローズが話の矛先を元に戻す
エレオノーラは、カップに手を伸ばすと紅茶を一口飲み込んだ
「「お前が命令してやらせてるんじゃないのか?」ですって」
「「はっ?」」
「誰が、わざわざ自分がやった事を報告しに行くのよ?」
飽きれた様に吐き捨てるエレオノーラを見下ろしながらローズが不穏な笑顔を浮かべる
「いっぱつ殴り倒しに行ってもよろしいでしょうか、エレオノーラ様」
「駄目よ、投獄されてしまうでしょ」
すかさず、ニッテが問い掛ける
「じゃあ、一服盛りに行くのはOKですか?」
「何故、それなら大丈夫だと思ったの?駄目に決まっているでしょ」
ニッテの問い掛けにエレオノーラが反対の声をあげると、ローズがチッと舌打ちをした
「怒ってくれる気持ちは嬉しいけれど本当に辞めてね。貴女達が居なくなるのは嫌よ。結婚した暁には一緒に王宮に上がるのだから」
エレオノーラの言葉に2人が嬉しそうに微笑む
その笑顔を満足そうに見つめた後、エレオノーラはふと疑問を口にする
「だけど、いつも何をやらせても完璧な王太子殿下が、アリサの事になるとポンコツなのは何故なのかしら?」
「恋は盲目と申しますからね…」
「そうなの?」
「そうですよ」
「あの距離感馬鹿も、その所為?」
「その距離感馬鹿を実際に見た事がございませんので、何とも申し上げられませんが、恐らくは…」
「そうなのね…」
アレクサンドルの行動を思い出しながらエレオノーラはますます眉間に深い皴を寄せる
「お嬢様は如何なさるおつもりですか?」
「どうしたら良いのかしらね?2人が相思相愛ならキチンと話し合って穏便に婚約解消した後、アリサを我が家の養女にするなりなんなりして殿下の新たな婚約者にすることもできたけど、アリサが迷惑がっているから…その選択肢はナイわね」
ギュッと目を閉じて暫く考えた後、エレオノーラは
「ま、なる様にしかならないのだから私が此処でグダグダ悩んでも仕方がないわね」
と、あっけらかんと言い放ち、プチフールのイチゴタルトを口の中に放り込んだ
「ローズ、ニッテ、貴女達も座って戴きなさいな。デザートの量が多過ぎてわたくし独りでは食べ切れないわ」
「わ~い、戴きま~す」
「では、新しい紅茶をお入れ致しますね」
早々に席についたニッテと紅茶を入れはじめたローズを眺めながら『何も起こらなきゃ良いんだけど…』とエレオノーラは小さく溜息を吐き出すのだった。




