聖女崇拝~ことのはじまり~ブロックバルド暦820年4月
リノリー・ベルモンヌは子爵で魔法騎士団の団長をやっている父親を尊敬していた。
将来は父親の様に魔法騎士団に入団し世の中の役に立ちたいと強く願っていた。
ただ、リノリーは魔力の貯蔵量が人より少し少なかった。
繊細な操作やコントロールは兄よりも素晴らしいと自負している。
兄は膨大な魔力を貯蔵しており、無唱で魔方陣を紡ぐ事に長けていて、父親の跡を継ぐのは彼だろうと誰もが口を揃えて囃し立てていたのにも係わらず、魔法騎士団には入団せず、学園の魔法講師になった。
気に入らなかった。
兄が先に魔法騎士団に入団していたら、魔力貯蔵量の少ない自分は魔法騎士団に入団できないかも知れないのだが、それでも羨ましい程の力を持ち合わせておきながら人の役に立とうとしない兄がどうしても許せなかった。
もう数年口をきいていない。
昨日の魔法の授業で講師をやっている兄、ユーフェミナ・ベルモンヌ魔法教授から冷たいひとことを浴びせられた。
高度な魔方陣を紡いで放った攻撃魔法を褒めるでなく
「リノリー、お前は自分の魔力量に伴った魔方陣を紡いだほうが良い」
と大量に魔力が減って息が荒くなっているリノリーに冷たく言い放った。
「でも、ちゃんと的に当てたじゃないか。しかも、僕は誰よりも早く魔方陣を紡いだしコントロールもバッチリだった」
思い出して腹を立てる。
子供のころから魔力貯蔵量を増やすためにあらゆる努力を重ねてきた。
『一度魔力を枯渇させると次に満タンになる時には少し貯蔵量が増える』と聞けば、毎日魔力を枯渇させて卒倒し両親や家令達を心配させた。
魔力量を増やすと言われている苦くて臭くて口にするのも気が引ける薬草も頑張ってサラダに混ぜて食べた(全く効果はなかったが)
おまじないや都市伝説やあらゆる魔力貯蔵量を増やすと言われる事、もの、行いは全部買い身に纏い行ったが魔力貯蔵量が大きく増えることはなかった。
もう一生このままなのだろうか?と半ば絶望しながら入学した高等学園の図書館の禁書庫で禁呪の魔法書の中に魔力量を増やす魔方陣を見つけた。
本当は閲覧も書き写しも禁止なのだが、生徒会員の権限のごり押しと王太子の後押しで司書を黙らせ書き写して手に入れた。
今日は書き写した禁呪の魔力貯蔵量を増やす魔方陣を紡ぐ為に学園の裏の小さな森にやってきた。
かなり複雑な魔方陣だが、精密な魔方陣を紡ぐのに長けている自分なら大丈夫だと心の中で自分に言い聞かせる。
左手に写しを持ち、小さく口許で呪文を囁きながら右手で魔方陣を紡いでいく。
美しい魔方陣が空に描かれていく。
『後すこしだ』と思った瞬間、突然一気に大量の魔力が身体から消えていく。
どんどん無くなっていく魔力に魔方陣をキープするのに精一杯で右手の動きがとまる。
まだ紡ぎ終えていない魔方陣が揺らめき崩れ様としているのをもう殆ど気力だけで留めようとするが敵わず魔方陣が大きな音を立てて弾けた。
弾けた瞬間、強風が吹き荒れ森の木を直撃した。
風が刃となって森の木を襲い、枝が切り落とされて地面に落ちる。
幹に大きな傷が走る。
まずいと思ったが暴走した風をとめる方法がわからない。
焦りを覚えたその時、身体に僅かに残っていた魔力が暴発し、魔方陣を紡いでいた右腕が風に切り裂かれた。
肉が引きちぎられ骨が覗く。
リノリーはパニックに陥った。
『このままでは禁呪を使った事がバレてしまう』
『早く治癒しなければ腕が使えなくなってしまう』
『腕が使えなくなったら魔法騎士団に入団できなくなる』
様々な感情が走馬灯の様に思い浮かぶ。
魔力が枯渇し、風が止むとリノリーの身体が崩れ落ちた。
止めどなく流れる血を止めようとえぐれた腕を押さえると激痛が走り、リノリーは大きな声で呻いた。
「どなたかそこにいらっしゃいますか?」
柔かな鈴の様な優しい声が聞こえる。
痛みに朦朧としているリノリーは返事をすることができなかった。
森の入口の方からひとりの女生徒が姿を現した。
「なんて事!大丈夫ですか?」
女生徒はリノリーの腕に気がつき大急ぎで傍に駆け寄ってきて、うずくまるリノリーの横に膝をついた。
「どうして、こんなことに?」
「ま、魔力が暴走して…」
「どうしましょう、血が止まらない」
腕の付け根を持ってたハンカチで縛り、止血を試みた女生徒が小さく呟く。
「お義祖父さま、ごめんなさい」
女生徒が小さくひとりごちる。
突然、リノリーの怪我した腕に手をかざしたかと思うと金色のまばゆい光が放たれる。
痛みで朦朧としながらもリノリーはその光の向こうに見える女生徒の姿を『美しいな』と思った。
怪我した腕は光に包まれて見えない。
痛みがゆるゆると柔いでいく。
光が小さくなり、やがて消えるとリノリーは自分の右腕を見て息を呑んだ。
肉がえぐれて骨まで見えていた傷がなくなり、元の綺麗な腕に戻っている。
「聖女さまだ…」
リノリーが呟く。
「傷は元に戻りましたが、流れた血を失った事に代わりはありませんのでしばらくは眩暈がするかも知れません、無理はなさらないでください」
「ありがとうございます、お礼をしたいので、貴女のお名前を教えて頂けますか?」
「いいえ、お礼なんて結構でございます、ただ、このことは誰にも言わないで頂きたいのです」
「ええ、もちろんです。それを約束する代わりに貴女のお名前を教えてください」
「アリサ・フィールと申します」
「ああ、貴女が件の子爵令嬢でしたか。僕はリノリー・ベルモンヌ、同じ子爵家の次男です」
「はい、存じ上げております」
「聖女さま、この度は腕を治してくださり、ありがとうございます」
リノリーに聖女と呼ばれ、アリサがギョッとする。
「聖女さまではございません。そんな呼び方はおやめください」
「ああ、これは失礼致しました」
リノリーが尊敬を込めた瞳で見つめると居づらくなったアリサが慌てて立ち上がる。
「先ほども言いましたが、このことは決して誰にも言わないでください」
そう再度念を押すと学園へ向かって駆けて行った。
そのアリサの背中を見送った後、自分の右腕をじっと見下ろす。
「奇跡だ…殿下にお伝えしなくては」
興奮で蒸気した表情で自分の腕を撫でながらリノリーは小さく呟いたのだった。




