子爵令嬢の真実(3月30日午後2時 教会内応接間での密談)
疲れた表情でガブリエル・コモンノルド公爵が、アリサ・フィール子爵令嬢を伴って教会へと訪れたのはアリサが無事保護されたと連絡があった日の翌日の午後だった。
「この度は愚息がとんでもないことを仕出かし、教会にも多大な迷惑をかけたことをお詫びする。申し訳なかった」
「閣下、お顔をお上げください。貴方様の所為ではないのですから」
ニクラウスが頭を下げるガブリエルに慌ててそう伝えると、ガブリエルは低い声で何かを呟いた。
微かな声だったのでその言葉が聞き取れず、ニクラウスが首を傾げるとガブリエルは身体を起こし後ろに立っていたアリサを振り返り右手を差し出した。
アリサはその手をおずおずと取り、数歩前に進みガブリエルの横に立ちニクラウスに軽く膝を曲げ挨拶した。
「司教様、ご心配をおかけいたしました」
「いえ、ご無事で何よりです」
ニクラウスがアリサの顔色の良さを見て小さく息をつく
ふっと薄く笑顔を向けるとアリサも小さく微笑み返して見せた
「ニクラウス、アリサ嬢を休ませてやってくれ」
「ええ、はい、承知いたしました」
ガブリエルの言葉にニクラウスが秘書も兼ねているシスター・ルシアを呼び出し、「くれぐれも丁重におもてなしするように」と言い含めてアリサの身を預けた。
アリサはガブリエルを振り返ると、ガブリエルは優しい笑顔を浮かべて彼女に向って小さく頷いてみせた。
その笑顔を少し淋しそうな表情で見つめて小さく頷き返すと、アリサはシスター・ルシアに連れられて部屋を出て行った。
「何があったのかお話を聞かせていただいても?」
「ああ、大丈夫だ、その為に来たのだから。ただ、その前に紅茶を一杯頂いても良いだろうか?」
「ええ、お入れいたしましょう。そちらにお座りください」
ニクラウスはガブリエルをソファへと誘い座らせると、自ら部屋の隅に置かれた茶器を取りに行き紅茶を入れ始めた。
その背中を薄く微笑みながら眺めていたガブリエルは深いため息を一つつくと両手で顔を覆った。
「お疲れの様ですので、疲労回復に効くお茶をお入れしました」
同情の籠った眼差しでニクラウスは紅茶のカップをガブリエルの前へと置いた。
ガブリエルは「ありがとう」とお礼を言うとカップに手を伸ばし、紅茶を口に含んだ。
再びふうっとため息を吐き出すと前に腰かけたニクラウスに笑ってみせた
「ニクラウスの紅茶を飲むのは学生以来だな」
「そうですね」
「あの頃、いつも君が紅茶を入れてくれていたね」
「私以外の生徒会役員は皆さん上位貴族で紅茶を入れるのが下手糞で飲めたものではありませんでしたからね」
「特にアンジェリカの入れたものは口の中の水分を全部持っていかれる位の渋さだったものね」
あははと声を出して笑ったニクラウスを見上げながらガブリエルは優しく微笑んだ。
その笑顔を見つめながらニクラウスはガブリエルの前のソファに腰をおろし、カップを手に取り、紅茶をひとくち口に含んだ。
「さて、何から話したもんか…」
疲れた顔で優しく微笑み、ガブリエルはひとりごちた。
「では、こちらからお尋ねしても?」
「そうだね、その方が君も知りたい事が知れるだろうし、こちらも話やすいかも知れないね」
「サミュエル様は一体何故、フィール子爵令嬢を?」
「うん、既成事実を作りたかった様だよ」
苦笑いを浮かべて穏やかに答えるガブリエルにニクラウスの胸が少し痛む
「では、フィール子爵令嬢は…」
「ああ、それは大丈夫、無体は働いていない。そこまで卑怯者で鬼畜には育てていないよ。…数日間2人きりで小さな部屋の中で過ごしたという実態を作りたかったんだろうね」
ニクラウスからすっと視線を逸らし、少し小首を傾げながら斜め上の虚空を見つめる様にガブリエルがぽつりと呟いた。
「その事実があれば私が責任を取れとあの子を叱るだろうと考えたんだろう」
「では、ガブリエル様はサミュエル小公爵に、責任を?」
「いや、それがそうは言ってあげられないんだ」
ガブリエルの返答にニクラウスが少し驚く
誠実で正義感の強いガブリエルが何もなかったとはいえ2晩一緒に過ごした令嬢へ責任を取らさないと言うとは
「あの娘は、アリサ嬢は私の子供だからね」
「えっ?」
「サミュエルとは兄妹だから、一緒にしてあげられる事は無理なんだよ、残念ながらね」
ガブリエルはニクラウスに向き直ると淋しそうに微笑んだ
「では、アリサ嬢は公爵家の婚外子?」
「いいや、正真正銘の私とアンジェリカの娘。公爵令嬢だよ」
「では、何故?」
「全部、私の不甲斐なさが招いた事なんだ…」




