第九話 おいしいスープ
駐在所のロビーに、地響きのような低い声が響いた。
そこにいたのは、僕が呪いから救い出した、魔族の戦士・ゴルザさんだった。
すっかり目は正気に戻っているけれど、二メートルを超える巨体と漆黒の角は、やっぱり少し威圧感がある。
「あ、ゴルザさん! 起き上がって大丈夫なの? 」
「……人間のアルトよ、改めて礼を言いに来た。貴殿は俺の命の恩人だ」
ゴルザさんは大きな身体を縮めるようにして、僕に深く頭を下げた。
「あの……ゴルザさん。お腹、空いていませんか? もしよければ、アオイが作ってくれたスープがあるんですけど……」
「……フン、魔族の戦士たる者、人間の施しなど」
ぐぅぅぅ、とゴルザさんのお腹が派手に鳴った。
ゴルザさんは真っ赤になって俯き、隣にいたアオイは
「アルトくんのお誘いを断るなんて、だめですよ」
と、僕の後ろから小さな顔を覗かせてぷくーっと頬を膨らませていた。
「あはは、まぁまぁ。座って温まってよ」
僕は苦笑しながら、アオイが一生懸命作ってくれた野菜スープをゴルザさんに差し出した。
ゴルザさんは不器用な手でスプーンを持ち、恐る恐るスープを口に運んだ。
次の瞬間、彼の巨体がビクッと震えた。
「な、なんだこれは……!? 身体の奥底まで染み渡る……。ただのスープではない。俺の細胞の隅々まで、魔力が綺麗に満ちていくようだ……!」
「美味い……美味すぎる……っ! 俺の故郷の飯より美味いぞ……!」
ゴルザさんは涙を流しながら、大鍋いっぱいのスープを完食してしまった。
そして、真剣な目をして僕を見たんだ。
「アルト、お前に伝えねばならぬことがある。我が同胞たる魔族が狂暴化している理由――その醜悪な真実だ。……王都の上層部のやつらは狂っている。お前たちの町だけでなく、俺たちの領地の地下深くにも、この世界の魔力を強制搾取する『星脈搾取の杭』を打ち込んだ。
――世界の魔力が偏れば、当然、世界の核のバランスが狂う。
循環を失って腐った魔力が、あの底無しの『黒い霧』となって、俺たちの体を内側から蝕み、発狂させていたんだ。王都の奴らは、最初からこうなることを知っていて、わざと人間と魔族の戦争を作り出しているんだぞ……!」
ゴルザさんの言葉に、ハンスくんが息を呑む。
僕の意図とは裏腹に、世界の歪みそのものを正さなければ、この最果ての平穏すら守れないという現実に、僕はじわじわと巻き込まれ始めていた。
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