第八話 新芽
王都の監査官たちが慌てて逃げ帰ってから、数日が経った。
レンディル駐在所の裏庭では、今、ちょっとした奇跡が起きていた。
「アルトくん、アルトくん! 見てください、お野菜の芽が、こんなにいっぱい……っ」
白い髪を揺らしながら、アオイが嬉しそうに僕の服の裾を引っ張る。
彼女が指差した先には、数日前まで白くひび割れていたはずの畑から、瑞々しい緑色の新芽がぽこぽこと顔を出していた。
「本当だね、アオイ。君が毎日、一生懸命お水をあげてくれたおかげだよ」
「ふぇぇ……あ、アルトくんに褒められちゃいました……。私、嬉しくてまた知恵熱が出そうです……」
アオイは両手で顔を覆い、指の隙間から覗く耳まで真っ赤に染めている。本当にこの子は健気で可愛い。
実はこれ、僕が修正した駐在所や教会傍の井戸水の力だった。
ただの綺麗なお水のはずなんだけど、この街の土壌に溜まっていた「呪い」を、お水に含まれる僕の澄んだ魔力が、じわじわと中和して綺麗に整えてしまっているみたいなんだ。
「アルトさん、これ、ただの野菜の芽じゃないですよ……!」
ハンスくんが血相を変えて走ってきた。
「鉱夫の連中が、アルトさんの井戸水を自分の家の家庭菜園に撒いたら、数年ぶりにトマトや小麦が実り始めたんです! 誰もが『レンディルはもう死んだ街だ』って諦めていたのに……街のみんな、お祭りが始まったみたいに大騒ぎしてます!」
「ええっ!? ただの井戸水なのに、みんな大げさだなぁ……」
僕は困り眉で苦笑いした。
僕はただ、アオイやハンスくんと美味しいお茶を飲みたくて、駐在所や教会の井戸を少しお手入れしただけなのに。
気づけば、僕のあずかり知らぬところで、レンディルという街の「自給自足」が勝手に始まりつつあった。
一方その頃、王都のある一室では、「レンディルからの魔力吸い上げ効率が限りなくゼロになった」「システムが深刻な逆流を起こしている」と、上層部が大パニックに陥っていることなど、僕はまだ知る由もなかった。
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