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第10話 せーの!!

「国の上層部が、意図的に世界を壊そうとしている……。うーん、のんびり駐在生活を送るはずだったんだけど、これは思った以上に根が深そうだね」


僕が困り眉で苦笑いしていると、隣で白い髪を小さく揺らしながら、アオイが僕の服の裾をぎゅっと掴んだ。


「アルトくんが困るような悪い機械……私、許しません。私が全部、壊しちゃいます……っ」


「あはは、ありがとうアオイ。でも、まずはその装置がどこにあるのかを突き止めないと――」


そう言いかけた、まさにその時だった。

駐在所の重い鉄の扉が、凄まじい勢いでバァン!! と蹴り開けられた。


「た、大変です! アルトさん 大坑道(閉鎖された鉱山)の入り口が、とんでもないことになってます!」


飛び込んできたのは、村の青年だった。

彼の顔は紙のように真っ白で、額からは尋常ではない量の冷たい汗が流れている。


「落ち着いて。何があったの?」


「鉱夫の連中が、アルトさんの井戸水を家庭菜園に撒いたら、数年ぶりに小麦が実ったのは知ってますよね? それで調子に乗った若い連中が、もっと効率よく水を引こうとして、昔使われていた地下の大坑道の奥深くに入り込んじまったんです! そしたら……」


青年が恐怖に喉を鳴らす。


「奥から噴き出してきた『黒い霧』をまともに浴びて、そのまま倒れ込んじまった! 今も坑道の入り口から、あの禍々しい赤黒い魔力が泥みたいに溢れ出してきてるんです。このままじゃ、街全体がまたあの呪いに呑まれちまう!」


その言葉を聞いた瞬間、僕の右腕の皮膚が、かすかにピリピリと拒絶反応を起こした。

あの、レオンたち第一部隊を内側から焼き尽くし、アオイを礼拝堂のベッドで死に追いやろうとしていた、世界そのものの不具合。


「……なるほどね。ゴルザさんの言っていた『星脈搾取の杭』、この街ではその大坑道の奥深くに隠されているみたいだ」


「間違いねえ」


ゴルザさんがその大きな手で大剣の柄を握りしめ、獰猛に歯を剥き出した。


「あの坑道の奥から漂ってくる臭い……俺を狂わせた、王都のあの薄汚い術式の臭いだ。アルト、俺も行くぞ。これ以上、あの呪いのせいで同胞やこの街の奴らが苦しむのは見ていられねえ」


「ゴルザさん……うん、分かった。ハンスくん、街のみんなには坑道の近くに絶対に近づかないよう避難を誘導して。僕たちで奥を見てくるから」


「ええっ!? ア、アルトさん、本当に行く気ですか!? あそこはもう、人間が息を吸えるような場所じゃ……!」


「大丈夫だよ。僕の仕事は、レンディルの駐在さんだからね。街のみんなの安全を脅かす不具合があるなら、ちゃんとお手入れして直してあげなくちゃ」


僕は柔らかく笑うと、支給品の古いランタンを手に取った。

その時、僕の服の裾が、これまでになく強い力でぎゅっと引っ張られた。


振り返ると、アオイが真っ白な顔をしながら、だけどそのアメジストの瞳に強い、強い決意を宿して僕を見上げていた。


「ア、アルトくん……私、私も行きます……っ! 私、もう失敗しません。アルトくんの隣に、ずーっといたいですから……っ! 今度こそ、アルトくんの盾になります! 駐在所のお手伝いさんとして、アルトくんの邪魔をする悪いものは、私が全部やっつけちゃいます!」


怯えに小さな身体をガタガタと震わせながらも、僕のために必死に勇気を振り絞ってくれる少女。

その健気な姿に、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「ありがとう、アオイ。心強いよ。じゃあ、一緒に行こう。僕の隣が、君の特等席だからね」


「ふゃぅっ……!? と、特等席……えへへ……私、がんばっちゃいます……っ!」


一瞬で知恵熱が出そうなほど顔を真っ赤にしながらも、アオイは小さな拳をぎゅっと握りしめた。


僕たちはハンスくんに街の警戒を任せ、すり鉢状の街の最下層に位置する、暗い大坑道の入り口へと向かった。


近づくにつれて、大気がねっとりと肌にまとわりつく。

坑道の奥からは、どろりとした赤黒い魔力の霧が、まるで生き物の触手のように這い出してきていた。普通の人間なら、この場に立つだけで精神が汚染され、発狂してしまうほどの圧倒的な悪意の濃度。


「……酷いな。大地の悲鳴が、ダイレクトに伝わってくる」


僕が坑道の壁に手を触れると、僕の脳内に、引き千切られるような痛みが伝わってきた。

国の上層部は、このレンディルの地下深くで、星の命(魔力)を強引に吸い上げようとしている。その吸い上げが、僕が街のインフラや井戸水をレストアで修正したせいで狂い始め、システム全体が限界を迎えて暴走しかけているのだ。


「放っておいたら、この街の地下が魔力の爆発を起こして、レンディルごと消し飛んじゃうかもしれない……」


本人の意図とは関係なく、国が隠し続けてきた神にも背くその行為が、すぐ目の前で暴走を始めてしまった。


「……やることは一つだよ。僕たちの力で、この大地の狂った魔力を、全部直してあげるんだ」


僕は物腰柔らかく笑いながら、暗い坑道の奥へと足を踏み入れた。


暗く、冷たい坑道を下り続けること数十分。

僕たちは、ラグビー場ほどもある巨大な地下空洞へと辿り着いた。


だが、その光景を目にした瞬間、強固な精神を持つはずの魔族のゴルザさんすらも、恐怖に息を呑んだ。


「な、んだ……ありゃあ……っ!!」


地下空洞の中央。そこに鎮座していたのは、家一軒ほどもある巨大な、黒鉄製の魔術建造物だった。

無数の歯車と極太のパイプが生物の血管のように複雑に絡み合い、地面に深く、深く突き刺さっている。その姿は、大地に打ち込まれた巨大な『杭』そのものだった。


機械はドクン、ドクンと、まるで不気味な怪物の心臓のように生々しく脈打っている。

それこそが、王宮魔法警備隊の上層部がこの街の地下に設置し、秘匿し続けてきた禁忌の心臓部『星脈搾取の杭』だった。


杭の先端からは、このレンディルの大地が数百年をかけて蓄えてきた瑞々しい青い星脈(魔力)が、目に見えるほどの美しい光の奔流となって強引に吸い上げられ、遥か天空、王都の方角へと送られている。


そして、その強欲な搾取の代償として、機械の排気口からは、ドロドロに腐った赤黒い『黒い霧』が、大量の老廃物として周囲に撒き散らされていた。


「これのせいで……街の土地が枯れ、水が濁り、俺たち魔族まで狂わされていたのか……!」


ゴルザさんが拳を血が出るほど強く握りしめる。

現在、その機械は赤黒い光を放ちながら、みしみしと狂ったような不協和音を立てて暴走を始めていた。僕たちが街の魔力を修正したせいで、不具合が発生して、限界を迎えているのだ。


「これ以上は危険だ、アルト! 凄い呪いの濃度だぞ! 機械のなかに溜まった数年分の拒絶反応が、今にも一気に爆発しようとしてやがる!」


「ア、アルトくん、危ないです……! 壊します、私が、あんな悪い機械、絶対に壊しちゃいますからっ……!」


アオイが今にも泣き出しそうな顔になりながらも、僕の前に飛び出してきた。

彼女は必死な顔で愛用の杖を構え、僕の魔力で最適化された強大な、魔法を放とうとする。


「邪魔する機械は……これ、です……っ!!」


アオイの体から、周囲の空気を一瞬で絶対零度へと変えるほどの凄まじい魔力が解き放たれる。本来なら、機械ごと地下空洞全体を一瞬で完全凍結させるほどの超絶な魔法だ。


――が、暴走する『星脈搾取の杭』から放たれた赤黒い魔力に一瞬ビビってしまい、アオイは直前で


「ひゃぅっ!?」


と怖気付いてギュッと目を瞑ってしまった。


緊張のあまり一歩踏み出した足が、坑道の段差に引っかかり、派手に転んでしまう。


ドカンッ!!!


「ふぇぇぇ!? またやっちゃいましたぁ……!」


頭の上からパラパラと土砂が降ってくる。

緊張のせいで手元が完全にブレた彼女の魔法は、機械の遥か上空へと飛び、坑道の頑丈な天井の岩盤を丸ごと一つ、綺麗に消し飛ばして、地下なのに綺麗な青空が見える状態にしてしまった。


地形を書き換えるほどの威力なのに、命中率は見事なまでのゼロ。相変わらずの可愛いポンコツさだ。


「ガアアアアッ!」


だが、機械の暴走は待ってくれない。

アオイのポンコツな一撃の衝撃でさらに臨界点を突破した『星脈搾取の杭』から、赤黒い呪いの触手が、まるで無数の大蛇のように幾重にも這い出し、転んだアオイの背中に向かって容赦なく襲いかかった。


「ひ、ひぃっ……!」と腰を抜かして床にへたり込み、涙目でお腹を抱えるアオイ。赤黒い大蛇が彼女の白い髪を引き裂こうと牙を剥く。


「……もう、しょうがないなぁ、アオイは」


僕は小さく苦笑いしながらアオイの元へ歩み寄り、彼女の小さな身体を後ろから優しくぎゅっと抱きしめて、立ち上がらせた。


「ふゃぅっ……!? あ、アルトくん……っ!?」


アオイの口から、可愛い悲鳴が漏れた。

同時に、彼女の背後に迫っていた赤黒い呪いの触手を、僕は空いた左手で直接掴み取ったんだ。


『ガシィィィン!』と、素手で呪いを束ねて掴む。


「な、に……!? 禁忌の呪いを、素手で掴みやがっただと……!?」


ゴルザさんが大剣を落としそうになりながら絶叫する。

違う、僕は呪いを受け止めたんじゃない。呪いが僕の皮膚に触れた時、【レストア】を発動し、そこに込められていた狂暴な魔力を一瞬で丸ごと僕の中に吸い上げたんだ。


「ぐ、あ、ああっ……!」


肺の空気が一瞬で凍りつくような激痛。脳を直接針で刺されるような、世界の本質的な悪意が押し寄せる。普通の人間なら一瞬で精神が壊れてしまうほどの汚染だ。

だけど、僕の『レストア』は、引き取ったエネルギーの「意味」すらも書き換える。


右腕を満たした昏い赤は、僕の魔力の圧力によって一瞬で分解され、一片の濁りもない透明な光へと修正されて、体内へと完全に行き渡るように還元されていった。


「お水の不純物を無くすのと同じだよ。――アオイ、僕が導くから、一緒に放とう」


「は、はい……っ! アルトくんと、いっしょ……!」


僕は背後からアオイの手を包み込み、魔力の流れを一本に束ねた。


僕の手が触れた瞬間、アオイの身体を通じて、僕の『レストア』の感覚が彼女の膨大な魔力と完全に同調する。


「僕の魔法に合わせてね、アオイ。――せーの、で放とう」


「せーの……ですっ!!」


二人の体内から溢れ出た純白の光。それが、アオイの天災級の魔力を燃料にして、世界の理を上書きする巨大な奔流となり、暴走する吸い上げ器を包み込んだ。


機械に詰め込まれていた数年分の赤黒い呪いを、僕がアオイの魔力を借りて一瞬にして『修正』していく。

星の血液である魔力が、本来あるべき正しい循環の形へと書き換えられていく。


パリン、と澄んだ美しい音が地下空洞に響いた。


次の瞬間、周囲を廃人にせんとしていた禍々しい『星脈搾取の杭』は、僕たちの魔力によって完全に修正され、周囲に清らかなエネルギーを放ち続ける「世界最大の魔力精製炉」へと生まれ変わってしまった。

箱から、あたたかい聖なる光の粒子が溢れ出す。


地響きが収まり、坑道の外から、信じられないような歓声が響いてきた。


大坑道から溢れ出た純白の光の粒子は、波紋のようにレンディルの街全域を駆け巡った。

白く枯れていた大地が一瞬にして瑞々しい緑の草花で満たされていき、空を数年間覆っていた澱んだ黒い雲は、まるで嘘のように消し去られた。

大気は澄み渡り、街全体がどんな邪悪な呪いも寄せ付けない、大陸最高峰の『聖域』へと変貌を遂げたのだ。


「ば、馬鹿な……。国の禁忌システムを丸ごと浄化して、街ひとつを聖域化させちまった……」


ゴルザさんが顎を外して呆然としている。


「アルトさん……これ、王都がパニックになりますよ……!」


ハンスくんが頭を抱えて座り込んだ。


王都のコントロールルームでは今頃、「レンディルを中心に世界の魔力バランスが再構築されている!」と、上層部が大パニックになっているだろう。

だけど、当の僕はといえば。


「アルトくんが、またギュってしてくれた……。私、もう一生このままでいいです……むにゃ」


胸の中で、すべての魔力を使い果たし、同時に最高の緊張から解放されたアオイが、幸せそうな顔をしてすやすやと眠り始めてしまったのを、困り眉で優しく抱きかかえていた。


「あはは……。まぁ、アオイが元気なら、ひとまずいっか」


のんびり暮らすはずだった駐在騎士の僕は、こうして、国家の最高機密を完全に破壊し、世界の運命の真ん中へと、どっぷりと巻き込まれていくのだった。

読んで頂きありがとうございます。


記念すべき10話という事で、レンディル編終了です。


これからもよろしくお願いいたします。



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