第四話 水=薬
井戸の蓋を開けると、底にある水はどろりと濁り、赤黒い澱のようなものが混ざっていた。ハンスくんの言う通りだ。
これはいわば、世界の血液である魔力が何かの影響を受け、残ってしまった『老廃物』の混ざった水だ。
「うーん……これじゃあ、みんな喉も痛めちゃうよね。よし、ちょっとだけお水の状態を修正してみようか」
僕は井戸の縁に手を当て、そっと目を閉じた。
自分の奥底にある清らかな魔力を、ほんの少しだけ水に浸透させる。
僕の『レストア』は、悪い状態を引き受け、正常な形へと書き換えて返す力。
井戸の中に溜まっていた赤黒い濁りを、僕の魔力で優しく包み込み、その所有権を書き換えて無害な光へとろ過していく。
(よし、これくらいかな)
ほんの数秒。
目を開けると、さっきまで泥のようだった井戸水が、底まで見通せるほど透明で、キラキラと輝く美しい水へと変わっていた。
「あ、アルトくん……すごい、です。お水が、とっても綺麗……」
「ありがとう、アオイ。上手くいってよかったよ」
バケツで水を汲み上げ、駐在所に戻ってお湯を沸かす。
ハンスくんは「本当に飲むんですか……?」と怯えていたけれど、淹れたてのハーブティーを差し出すと、おずおずと口をつけた。
次の瞬間、ハンスくんの目がこぼれそうなほど見開かれた。
「っ!? ……なんだこれ、美味い……! いや、美味いだけじゃない。頭のモヤモヤが消えて、体の奥が、すごくポカポカする……!」
ハンスくんの体を包んでいた、あの不自然な魔力貧血の状態が、綺麗に上書きされていくのが僕には視えた。
「アルトさん、あなた一体何をしたんですか!!?」
「え? いや、ただ井戸の水を魔法で修正して、不純物を取り除いただけだよ?」
僕が困り眉で答えていると、アオイが「アルトくんは、とってもすごいお方なんです……!」と、なぜか自分のことのように誇らしげに顔を赤くしていた。
その翌朝のことだった。
アオイが「た、大変です、アルトくん……!」と僕の服を引っ張りにきた。
外に出てみると、駐在所の前には、バケツや手桶を持ったレンディルの住民たちが、何百人も大行列を作っていたんだ。
「ダムドの野郎の病気が一晩で治ったって本当か!?」
「駐在所に、奇跡の聖水が湧いたって聞いたんだが……!?」
疲れ果てていたはずの住民たちが、必死な目で僕を見つめている。
ハンスくんが夜、近所の人に僕のお茶を少し分けてあげたら、長年寝たきりだったおじいさんが元気に動き出したらしい。それが一瞬で街中に広まったのだ。
「ええっ!? いや、ただの井戸水なんですけど……。あはは、そんなに喜んでくれるなら、みんな順番に持っていってくださいね。」
僕はあわてて、笑顔で住民たちに水を配り始めた。
アオイは僕の後ろに隠れて服の裾を掴みながら、「アルトくんの優しさ、みんなに届いてよかったです……」と、健気に、嬉しそうに呟いていた。
住民たちは、水を一口飲むごとに、涙を流して僕に頭を下げた。
「ありがてえ、ありがてえ……!」
「聖者様だ、本物の聖者様が来てくれたんだ!」
ただ駐在の仕事として、みんなの体調を整えたかっただけなのに。
気づけば僕は、街の救世主として祭り上げられ始めていた。
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