第百四十一話 精霊
「……と、そこまで言っておきながら結局その少女の事は、騎士に任せてきたということか」
宮殿に戻ってきたユウトに呼ばれたケントは、チユとユウトの部屋へ赴き、事の顛末を聞き自分なりにその内容をまとめた。
ユウトは、うぅ、と面目なさげに呻き、頭を下げている。
なんともしまらないものだな、とケントは思った事だろう。
「ユウト様は悪くないわよ。あれは結局あのディードという女が騎士の話を受け入れたんだから」
「本当だよ。わざわざユウト様に助けを求めに来たとか言っていたのに、ひどい話だよねぇ~」
マオとレナがユウトを擁護する。彼女たちの話も総合すると、ディードという女性は確かにユウトに村を助けてほしいとお願いしてきた。
だが、帝国の騎士はユウトが何を言おうと納得は示さず、そして最終的にはならば我々騎士が手助けになろうとさえいい出したようだ。
これにはユウトも驚いたようだが、勿論その言葉をそのままの意味で捉えたわけではない。村からやってきたディードという娘はハッとするような美人であり、当然騎士たちはとりあえずそう言っただけで、良からぬことを考えている可能性とてあった。
だが――肝心のディードがそれならそれで構わないと騎士の提案を受け入れてしまったようなのだ。
しかもそこからはトントン拍子で話が進み、結局騎士の一人が引き続き彼女の話を聞くため店を変えるという事となり、残った一人(どうやらコインの表と裏で決めたようで一人はそうとう悔しがったようだが)と一緒にユウトは宮殿にまで戻ってきたというわけだ。
「……まぁでも、相手がそれでいいと言ったなら仕方ないだろう」
「そうだな……ユウトはそれでも暫くは彼女に確認を取っていたんだがな、急に態度が変わってな。最後に握手をしてほしいとは言っていたけど、一体何だったのか」
「……握手?」
「あぁ、別れ際にな。騎士が眉を顰めていたが、
ユウトは心配そうにしながらもそれには応じていたんだ」
話を聞いたケントが頭を撫でた。何かが引っかかるような、そんな顔を見せているが。
「カンザキ君、何か気になるの?」
そんな彼の表情を見てチユが尋ねる。
「……気のせいかもしれないんだけどな、ユウト、何か身の回りで変わったことはないか?」
「え? 僕は別に……それよりやっぱり彼女の事が心配だよ。あぁ、僕の馬鹿! こんな事ならもっと良く――」
『大丈夫だよ~そんな心配しなくても、あれでディードは結構強いからね~』
「いや、そうは言われても、やっぱり女の子一人じゃ……へ?」
ユウトが目をまん丸くさせる。何故なら、聞こえるはずのない声が聞こえたからであり。
「き、君が僕に話しかけてくれたの?」
『うん、そうだよ。ディードに頼まれたからね、特別なの~』
「ディードって、え? あの子?」
「? な、なぁユウト、一体さっきから誰と話しているんだ?」
「え? いや、だからいまここにいる、なんと言ったらいいかな。う~ん妖精?」
「え? 妖精ちゃんがいるの? どこどこ?」
「いや、だからここ……」
「あ、あのユウト様、私達には何も見えませんが――?」
「え? え?」
突然出現した、目に視えているソレと会話していたユウト。それは随分と小さな女の子のような存在。
肌が薄緑色で背中からは蝶のような羽。大きさはユウトの掌に収まる程度。
それが、ユウトの周りをヒラヒラと飛び回っていた。
だが、ユウトには視えていても、他の仲間には視認出来ないようであり。
『残念だけど、貴方以外には視えないわよ~それと妖精なんて中途半端な連中と一緒にしないでね。私は精霊よ! 風の精霊シルフ、それが私、らんららん~風のまま~気の向くまま~』
「急に歌うの!?」
ユウトは突然の事に驚いた。何せ前触れもなく急に歌い出すのだ。そんなもの地球はおろか広大な宇宙にだってそうはいないだろう。
「……どうやら、何かいるのは間違いなさそうだな」
「え!? カンザキ君わかるの!?」
「……ユウトの話している方に意識を集中させれば、気配は感じる。ただ、はっきりと何かまではわからないけどな」
『へ~驚いた~エルフの加護もなしに精霊を感じ取れる人間がいるなんてね』
どうやらケントが勘付いている事はシルフにも察せたようだ。
そして、なにげに気になるワードも入り込んでおり。
「え? エルフの加護、え~とそれって一体?」
『うん? 勿論ディードの事だよ~君、彼女と握手したよね~その時に私達が視える程度の加護は受け取ってるんだよ』
「ちょ、ちょっと待って! その話だと、それじゃあディードはもしかして――」
『勿論、彼女はエルフだよ!』
◇◆◇
「うぃ~この私に任せておけば、その程度の問題、だけど、その代わり、判るだろ? へへっ、ムニャ……」
「全く、人間とはどこへ行っても愚かなものだな」
ため息混じりにディードが言った。蔑んだ視線の先では、酒の入っていたであろうグラスを空にした状態でテーブルに突っ伏す騎士の姿があった。
ユウトと別れた後、騎士の男がディードを連れて向かったのはよりにもよってそういった目的の為を主として利用される宿であった。
顔をしかめ、どういう事か? と尋ね返したディードであったが、魚心あれば水心などといった事を述べだし、その上で勇者に対しての覚悟までも持ち出された。
つまり村を助けてほしくば、体を差し出せと暗に臭わせてきたのである。
ソレに対しディードも、一応は逡巡する振りを暫しみせたりもした。勿論あくまで振りであり、むしろ彼女にとってはその方が都合が良かったのだが。
そして結局ディードが折れた体で部屋に入り、まずはお酒でもと誘った上でグラスに注ぎ、その時についでに術も掛けた。
彼女の得意な、つまりエルフ族が最も得意としている精霊術であった。こういったことも想定し、忍ばせておいた小瓶の中には花粉が詰まっていた。
それを利用すれば花の精霊を呼ぶことが可能であるし、花の精霊の力があれば眠気を誘うことも、そしてちょっとしたテンプテーションを仕掛けることも可能だ。
結果的に、愚かな騎士はディードにまんまとしてやられることとなる。
「――目覚めてから貴方は、まるで極上の生娘を抱いた後のような至福の気分に満たされる。そして、私の言っている事はまるで乾いた土に染み渡る水のように、すんなりと胸に溶け込んでいく事でしょう」
そしてディードは一旦騎士の装備を取り外し、半裸の状態にした後で濡れたタオルで体を拭き、ベッドに寝かせた状態で揺り起こす。
微睡みを覚えながらも騎士の両目がゆっくりと開かれていった。
「お目覚め、ですか?」
羞恥に満ちたような表情を作りながら、ディードは騎士に問うた。
すると、あ、あぁ、と騎士は上半身を起こし頭を擦る。
「……俺はどのぐらい寝ていた?」
「九十分間程になります」
「そ、そうか。結構呑んでしまったか。いやしかし――」
騎士はディードを見遣った。そして、なんだそっちはもう着替えたのか? と残念そうな顔を見せるが。
「――あまり、不用意に殿方に肌を見せるものではないと教わってきたものですから」
その反応に、騎士がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「そのわりに、随分と激しかったと思うが。全く、初めてだったというわりにはな」
敢えてうつむいて赤面してみせる。勿論本当はそんな事なかったのだが。
「それで、傭兵の件は大丈夫でしたでしょうか?」
「うん? 傭兵の件?」
「はい、腕の良いのを紹介して頂けるというお話だったと思いますが」
「――そういえば、確かにそうであったな。うむ、勿論覚えておるぞ」
「良かった……本当によろしくお願い致します。それと――のこともどうか」
「え? あ、あぁそうだな。うん、それも判っている、任せておけ」
その回答に、上手くいったとディードの口元が緩んだ。
そして宿を出て騎士とも別れる。
「……アレで帝国騎士か。程度が知れるな。まぁ末端かも知れないが――」
「勿論、あんなものが騎士の全てだと思われては困る」
思わず帝国騎士に辛辣な評価を下したディードであったが、そんな彼女の背中に声が突き刺さる。思わず弾けたようにディードが振り返った。
「……何者だ?」
「――白き流星。今は敵ではない。ババア様を通して、やってきている」
それを耳にし、柄に添えていた手を緩め、ディードが息を吐き出した。
「紛らわしいな。しかし、あの方は本当に仕事が早い」
「――これを」
白い外套に身を包まれた彼が手紙をディードに手渡した。白の外套など一見目立ちそうだが、どうやら認識阻害の効果が付与されているようだ。
そして手紙を渡してすぐにその場から消え去った。
その手腕に、今は敵ではないにしても、帝国も無能ばかりではないのだな、と認識を改めることとする。
そして手紙の内容を確認し。
「――なるほど、やはり予言はよくあたる。どうやら丁度よいタイミングでこれたようだ――」
そう独りごちつつ、後は勇者様にシルフがしっかりと話を届けているか気にしつつディードもまた動き出した――




