第百四十話 勇者として
「ハッ! いかんいかん! え、え~いとにかくだ。な、なんだ、特におかしな点はなさそうだが、なぜわざわざ顔を隠すような真似をしていたのだ?」
暫く彼女の人とはかけ離れた何かのような容姿に、目を奪われていた騎士だが、ようやく我に返り質問を投げかける。
するとディードは困ったように眉をハの字にし、理由を語った。
「それは、私が女だからです。勇者様のような御方であればそのような事はないかと思われますが、やはり女性というのは男に比べて下に見られやすいですから、どれだけ真剣に訴えたところで取り合っては貰えない可能性があるかと、そう思いましたので」
「……まるで帝国が女性を差別しているかのような物言いではないか。失礼な」
騎士はムスッとした顔で腕を組む。だが、ディードに対する態度が途端に高圧的になったのを見るに、彼女の危惧している内容はあながち間違ってもいないのだろう。
「大体、例えそうであったとしても、そのような格好の方がより怪しまれるではないか」
「……確かにそうかもしれませんが、ただ理由は他にもありまして」
「他にと言うと?」
マイが問う。するとディードは顔を上げ、敢えて自分の容姿がよく見えるようにフードを完全に取り払った。
丁度男の店員が追加の飲み物を運んできたところであり、ディードの顔を目の当たりにしてトレイのグラスを落としそうになる。
あぶない! とユウトが店員を支えて事なきを得たが――
しかし、その店員は申し訳ありませんでした、と謝った後退出するも、その視線はチラチラとディードを窺っていた。
「……グラスに関しては予想外でした。申し訳ありません」
「いや、結局何も無かったし、別に君のせいでは」
「いえ、少なからず私が関係しているのは確かでしょう。そしてこれがもう一つの理由、正直私は、自分の容姿が一般的な女性より遥かに良い事を自覚しておりますので」
「はい?」
「はっ?」
レナとマオがほぼ同時に声を発した。マイに関しては目が点になっている。
マオに関して言えば眉間にしわを寄せ、明らかに不機嫌になっているのが判る。
「ま、マオ! 多分この子性格悪いよ! 確かに顔綺麗だけど! 性格悪いよ!」
「フッ、しかも自意識過剰ときましたか。これはとんでもない刺客がユウト様に送られてきましたね」
「いや、ふたりとも聞こえてるし失礼だよ。それに刺客って……」
思わず苦笑いを見せるユウトである。
だが、気にしておりません、とディードは一言述べ。
「そういったやっかみも覚悟の上ですので」
「ひ、火に油ではないだろうか……」
マイが戸惑った顔で言った。その後ろではレナとマオがグギギと歯噛みしている。
「ふ、ふん、随分と自信があるものだな」
「自分の事は自分が良く判っているつもりですから」
クッ、と騎士達が短く呻いた。それでも文句の一つも出ないのは、実際に彼女の言っていることが正しいと思っているからだろう。
何せ帝国騎士の二人とて、その麗しさに言葉を発するのも一時忘れていたぐらいなのだから。
「話を本題に戻したいと思うのだけど、そこまでして貴方が僕に会いたかったのは何故でしょうか?」
「はい、実は私の村を救ってもらいたいのです」
「村を、ですか?」
「はい、私の暮らしていた村は南方の辺鄙な場所にある小さな村ではあるのですが、その分村人は全員家族のようなもので、村人が一丸となって協力して生きてきました」
「――フンッ、物は言いようであるな。結局のところ向上心のかけらもないような連中の集まりという事ではないか」
「まぁそう言うな。気持ちはわからなくもないが、一応は我が帝国領の村であるぞ。それで、その村の名前はなんという?」
「……スモール村です」
「ハッ! なんだそれは、全く聞いたこともないような村であるな。よほど小さな田舎の村なのであろう」
途端に蔑むような笑みを浮かべる騎士たち。ユウトの護衛という事で付いてきていた時は、一応は敬う姿勢を見せていたが、相手が田舎者だと判るとこうも変わるものかとユウトはため息をついた。
「それで女、貴様はその田舎村から何用で帝国の中心地である帝都まで、しかも勇者様に会いに来たのだ?」
不遜な態度で問い出す騎士。ユウトが話していたはずなのだが、いつの間にか騎士がしゃしゃり出てきてしまっている。
しかもその態度は、まるで彼女に身の程知らずであることを知らしめてやろうと言わんばかりである。
「……実は、村に凶悪な魔物が現れまして」
「魔物だと?」
「魔物ですか?」
顔をしかめる騎士から主導権を奪うようにユウトが質問を繰り返した。
するとディードの視線も騎士からユウトに移り。
「はい勇者様。それがあまりに凶暴で、すでに村でもかなりの被害が出てしまっておりまして。腕に覚えのある若者が魔物に挑みもしたのですが、結局帰らぬ人に――そこで、帝国に勇者様が降臨したというお話を耳にし、いてもたってもいられなくなり、藁にもすがる思いで赴かせて頂きました」
勇者に関しては確かに帝国が本格的に彼らを任務につかせる前に帝都内で公示され、お披露目されていた。
そうすることで帝国はユウト達を見えない鎖で繋ごうとしたのである。
情報が公になれば、その分帝国を離れるのが難しくなると考えての事だろう。
そしてユウト達はユウト達でカコのことがあり拒否することができなかった。
だが、そのお披露目の結果、このように本当に困っている人が勇者を頼りにやってくるようになったのなら、それも無駄ではなかったかもしれないと考えるユウトでもあり。
「お願いします勇者様。どうか私の村をお救いください」
ディードが深々と頭を下げてお願いしてきた。真剣な願いであった。それは雰囲気から判る。
恐らく相当切羽詰まっているのだろう。彼女の一見自意識が高そうに感じられた発言も、こういった状況で余計なトラブルに巻き込まれたくないという思いから客観的に考えた上での素直な気持ちであり、その為の用心であった事に間違いはないのかもしれない。
その真剣さは、レナやマオ、マイにも伝わっているようだ。特に話に加わってくることがなかったシュウジも、最初ほど警戒心は強めていないように思える。
ユウトは念のため全員の顔を見やり、その意志を確認したが、ユウトの判断に任せると目で訴えかけてきていた。
ならば、彼の答えは一つであり。
「――そういうことであれば判りました。村を救うために尽力させて……」
「冗談ではない! その程度の事で勇者様の手を煩わせるわけにいくものか!」
だが、ユウトが彼女に向けて答えかけたその時、帝国の騎士が声高々に否を唱えた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい! 僕はまだ何も!」
「いえ、この程度の事、わざわざユウト様自身の口からお答えになる必要はありません。大体女! 村に魔物が出たと言っているが、その程度の問題であれば傭兵でも雇えばよかろう。別に勇者様がわざわざ赴いて解決するような話ではない」
「……それも考えましたが、しかし先程も申し上げましたが辺鄙な場所にある小さな村です。傭兵などいるわけもなく、立ち寄ることもありません。傭兵がいそうな町に向かおうにもかなりの日数を要しますし、そういった手前、いざ雇うにしても相当な金額を要求されてしまいます。小さな村なのです、とてもそのような高い報酬を支払える余裕などございません」
「ハッ、だから勇者様の御心につけこもうとしたというわけか。村が貧乏だから、傭兵に支払うお金がないから、勇者様であればきっと未報酬で助けてくれるだろうと、そのような甘い考えで正義心を利用しようとしたわけか?」
責めるように騎士が言った。その物言いに、勇者は拳を握りしめ、いくらなんでも、といいかけるが。
「そのとおりでございます。私はずるい女です。小賢しい女です。村をどうしても救いたいという一心で勇者様の善意につけこもうと考えました。それは事実です」
しかし、ディードはあっさりとそれを認めた。聞いていた女性陣も意外そうに目を瞬かせるが。
「ふん、ほら見たことか」
「ですが、それが悪いことでしょうか? 自分の生まれ故郷を守りたいと思うことが、そこまでいけないことでしょうか? 私達とて必死なのです。それに私とて、いざとなればこの身を捧げてもかまわないぐらいの覚悟はもってきております」
「こ、この身って――」
マイの顔が赤くなる。その意志を汲み取ったからであろうが。
「え、え~い黙れ黙れ! とにかく勇者様は今が大事な時。押し迫った魔族や魔王の脅威に立ち向かうため、まだまだやるべきことが残っているのだ。大事の前にこの程度の小事にかまけていられるものか! どうしてもというならこの帝都には傭兵ギルドだってある。そこを当たるがい――」
「ちょっと待ってください!」
ユウトが叫んだ。そしてキッと騎士を睨む。
「今、小事と言われましたが、ですが魔族や魔王に対抗しようと考えるからこそ、小事を蔑ろにしていてはいけないのでは? 勇者の称号を持つ以上、どのような問題にも立ち向かっていく強さが必要な筈です。ましてや困っている人を見過ごすなど、そんなものは真の勇者のすることではない!」




