第百三十九話 フードの中は――
「やぁケントくん、最近良く会うね」
「…………」
目の前の白騎士が両手を広げてケントを迎えた。
ケントが宮殿に戻ってきた直後の事であった。
この白騎士、つまり森で一度戦っている近衛騎士のロイドである。
この男とはあの事件の直後も再会しているが、その時には多少はケントも驚いたものだ。
同時にしぶといという印象も持った。
あの時、本気で放ったケントのストレートでこの白騎士の身体には間違いなく大きな風穴があいていた。
それを認めた時、ケントも異世界での出来事とは言え、人を殺めてしまったか、と考えたりもした。
勿論相手とてケントの命を狙っていく中での死闘だ。ケントとて覚悟も出来ていたつもりだったのだが――
しかし、その相手は以外にも平気そうに、まるで何事もなかったかのようにケントの前に姿を見せたのである。
勿論、その時はケントも仮面シノビー二号を名乗っていた為、気づかれているとは思っていないが。
だが、なぜかはわからないがそれを皮切りにこのロイドという白騎士は妙にケントの前に姿を見せるようになっていたのである。
しかも、これといった怪我をした様子も見せず、今も平然とケントを見つめている。
勿論ケントも気づかれないよう平静を装おうとはしているが――ただ、妙に彼の、白騎士ロイドの視線が気になる。
ジロジロと全身を舐め回すように品定めするように、その瞳にケントでさえも悪寒を感じてしまう。
勿論それは、力量としての脅威からくるものではなく、もっと別な意味での空恐ろしさであるが。
なので、声は掛けられても一揖する程度で、脇をすり抜けるが。
「んもう、冷たいね~ケントくん」
ピタリと背中に張り付かれ、胸板に腕が回る。
ゾワゾワと全身の毛が逆立った。弾けるように前に飛び出し、振り返りざまにファイティングポーズを取る。
「……な、何のつもりだ?」
「嫌だなぁ、ちょっと鍛え方を見てみただけだよ。うん、でもいい筋肉の付き方してるね。食べちゃいたいぐらい」
口元に指を持っていくその仕草に、まさか、という思いが去来する。
「……お前、まさか男も対象なのか?」
「ははっ、さて、どうかな~?」
「……と、とにかく用がないならこれで失礼する」
踵を返し、早足で去るケント。
その後姿を眺めながら、ロイドはペロリと唇を舐め。
「――フフッ、やっぱりいいね彼。でも、まだまだ本気の僕には及ばない――」
期待に満ちた瞳を向けたまま、独りごちるのだった。
「あ、ケント君おかえりなさい」
「……あぁ、悪いなリョウ。無理言って」
ケントが部屋に戻ると、そこにはケントそっくりな何者かがいて、彼を認めた上で出迎えてくれた。
そんな瓜二つの人物にお礼を述べるケントだが、その直後部屋にいたケントの身体がボロボロと崩れ、中からは全く別の男子が姿を見せた。
「……それにしても便利だな、自然祭司というのも」
「う~ん、でもそっくりにするには事前に型をとったりしないと駄目だからね」
リョウが口元に笑みを浮かべつつ答える。目もとはブラウンの髪で隠れているため見えないが、全体的に柔和な空気を漂わせている。
キノコのようなボブカットな髪型が、そんな雰囲気をより強めているのかもしれない。
実際、気持ちが優しく、その為帝国にも全く毒されていない。
尤も性格は臆病であるため、中々自分ひとりでは行動に移せなかったようではある。
だが、そんな彼もカコの件があって帝国に疑念を抱いたのだろう。
ある時、勇者の称号を持つユウトへ、本当に帝国が安心なのかどうかを尋ねて来た。
それがきっかけでケントとも顔合わせを行い、今は帝国の魔の手から逃れるという目的の元、協力して貰っている。
彼は仲間として考えればかなりの戦力になる可能性を秘めていた。
リョウが手にいれた自然祭司のクラスは、自然を操る自然魔法が行使出来る。
これは使いようによってはかなりのパワーを発揮する事も可能であり、今回のような応用も可能だ。
今リョウが行っていたのは土の力を利用した偽装であり、対象に土を塗り型を取ることで相手に化けたりすることが可能だ。
また型に熱を加えることで硬め、人形にするといった芸当も可能であり、リョウの部屋には仮眠中ということにし、リョウそっくりの人形を配置してある。
これらを組み合わせることで、リョウは見事ケントが抜け出す時間を稼いでみせた。
「……実はまた夜に一つお願いすることになると思う」
「うん、大丈夫、いつでも言ってね」
そしてリョウは自分の部屋へと戻っていた。そこへ入れ替わりにヒジリが入ってくる。
「カンザキ君、カコちゃんの件、どうだったかな?」
「……あぁ、居場所はまだ特定出来ないが、無事ではあるようだ」
「そうかぁ、良かったぁ」
チユがホッと胸をなでおろす。
そんな彼女を見ながらニヤリと口角を吊り上げ。
「……本当はシノブの方が心配なんじゃないのか?」
「え!?」
顔を真っ赤にさせて狼狽えるチユ。それを面白そうに眺めるケントだったが。
「……まぁ、心配はいらないさ。シノブならきっと上手くやってる」
「う、うんそうだよね……」
チユが笑顔で返した。ただ、やはり若干の不安の色は滲んでいる。
ケントにしても、信じてはいるが、だが、同時にこうも思っていた。
どうせまた、厄介なことに巻き込まれているのではないか? と。
シノブの行き先についてはババアの話である程度察しが付いていた。
出来ればチユを連れて後を追いかけたいが、その前に帝都でやっておくべきことがある。
「……そういえばユウト達はまだ戻っていないのか?」
「そういえばそうだね。確かダンジョン攻略にいかされているんだよね。無事だといいんだけど――」
そっちに関してはあまり心配はしていないケントである。
ケントも何度か帝国からの仕事でダンジョンの攻略に向かったが、今のところそこまで難しい難易度のところへは行かされていない。
今回ユウト達が赴いたのも、これまでとそう変わらない難易度のダンジョンであった。
帝国が今ユウトに嘘の情報を教える必要性も感じられないので問題はないだろう。
ただ、そうなると――
「……あっちはあっちで妙な事に首を突っ込んでなければいいのだけどな」
そんな事を思い、口にするケントであった。
◇◆◇
結局、ユウト達は帝国騎士とも相談し、帝都の商業区にある飲食店に赴いた。
当初は詰所に連れて行こうとしていた騎士であったが、それは落ち着かないだろうとユウトが止め、かといってどこの誰とも判らぬものを城や宮殿には連れていけないということで騎士が妥協した形だ。
とは言え、昼は飲食店、夜はちょっとしたオシャレな居酒屋に変貌するというこの店はしっかりと個室も用意されている。
その為、彼らも周りの目を気にせず話をすすめる事が可能であった。
「それにしても貴様、まさかまだ顔も見せずに話を進めるつもりか?」
そして、席についたディードに騎士が目を尖らせる。
威嚇するような声で問いただすが――
「これは失礼しました。そうですね、流石にここまで無理を聞いて頂き、顔も見せないのは失礼というもの」
だが、ディードは存外素直に騎士の話を受け入れ――そしてフードをめくり上げる。
「これは、驚いたな……」
ユウトも思わず見惚れ言葉を漏らす。
先ず見えたのはフードからもチラリと覗かせていた金髪。
だが、改めて全貌が明らかになったことで、よりはっきりとその見事さが顕になった。
それはまさに、上質な絹糸の如き黄金髪。一本一本がとても細く、まるで透けるような幻想的な恵み。
金色の髪に包まれた顔も小さく、目鼻立ちも整っていて、翡翠のような切れ長の瞳は、見たもののハートを射抜き骨抜きにしてしまいそうな雰囲気漂う。
そう、ディードは女性であった。しかもどこか人間離れした美しさを有した女性であった。
背が低いという点を除けばあらゆる点で完璧に近いであろう。通りを歩けば十人中十人が振り返りそうなほどの麗しさである。
そんな彼女に、ユウトの親衛隊であるマオやレイナですらため息が漏れ、マイに関しては完全に目を奪われ、どこか訝しげに見ていた騎士たちですらも完全に意識を持っていかれていた――




