第百四十二話 貴族区にて
(……やれやれ、色々と妙な事が続くものだ)
ケントはババアの使いより与えられた銀仮面を被り、宮殿を出て夜の街へと繰り出していた。
事前に受け取っていた地図は随分と役に立った。あれのおかげで警備の巡回ルートも把握が出来たので、比較的警備の甘い場所を抜けることが出来た。
目的地は宮殿や城に仕える侯爵、騎士男爵などが暮らす貴族区である。
そしてその間もケントは宮殿でのユウトの話を思い出していた。
それによると、どうやらユウトはディードから与えられた加護によって、一部の精霊が視えるようになり、その上で、言伝を受け取ったようだ。
『――騙すつもりはありませんでしたが、帝国に知られるわけには行きませんでした。実は今危機に直面しているのはエルフの隠れ里なのです』
つまり、南のスモールという村は、あくまで建前上の話であり、スモールという名称の村も本当は存在しないようだ。
帝国はそんな事もわからないのか? と思われそうだが、帝国の領土は広い。全ての街から村まで全員が全員把握しているわけでもない。
実際護衛という名目てついてきていた騎士たちも、聞いたこともないような村だと小馬鹿にしていたようだ。
しかしだからといって実際にあるかどうかまで調べたりはしない。そもそもまともに話を聞くつもりもなかったようなので当然かも知れないが――
どちらにしろ、そのディードという女エルフは最初から帝国を通すつもりなどはなかったようだ。
勇者の称号を持つユウトにさえ会えれば、後は何かしら理由をつけて触れることが出来れば加護を施し、連絡係となる精霊を付けておくことが出来る。
後は精霊を使って今後の話し合いをしていくつもりのようであった。
ついでに言えば、あの時騎士と出ていったのも振りであり、適当に話をした後は何もすることはなく別れたようである。
それを聞いたユウトは安心していたが、少々肩入れしすぎではないか? とマオやレナからは心配されていた。
マイに関しては、ユウトのすることだからな、と半ば諦めているようであったが――
ただ、その結果、やはりというか予想通りというか、エルフを助けるのに協力してほしいとケントまで持ちかけられてしまう。
ただ、これに関してはケントは一旦保留の立場を取った。
帝都から出ることに関して言えば互いに目的が一致している為、協力する事となるが、そこから先に関して言えばユウトとケントでは微妙に食い違う。
「――ケント様ですね?」
「――あぁ……」
約束通りケントは夜も更けた頃に貴族区までやってきた。
すると待ち構えていたように白ローブに包まれた者が一人姿を見せ誰何してきた。
なのでケントも素直にそれを認める。
すると、こちらへ、と口にし、足音も立てず案内人が駆け出す。
手慣れた身のこなしであり、気配を消すのも完璧であった。
そして、やはり貴族区をまともに歩くような真似はする気はないらしい。
建物の影を利用し、人目につかないように進んでいく。
驚いたのは初対面であるにも関わらず、ケントがついてこれるペースというものを理解していることだ。
大したものだと思いつつも、ケントは一つの大きな屋敷にたどり着く。
塀で囲まれ、立派な門構えをしていた。敷地も広く、屋敷も本邸と別邸とで分かれている。
そして白装束の彼は、正面ではなく裏側から、しかもひとっ飛びで四、五メートル程ある塀に上ってしまう。
「助けはいるか?」
「……いや、問題ない」
だが、ケントとて世界を目指すボクサーだ。この程度の真似はお手の物であり、あっさりと白装束の隣についた。
「――やるな、こっちだ」
ケントを試しているかのような笑みを残しつつ、更に先へと急ぐ。
尤も目立たない離れに着いたところで脚を止め、この中にいる、とだけ言い残して霧のようにその場から消え去った。
「……気配が完全に消えた。とりあえずは敵でなくてよかったな」
後頭部を擦りつつ独りごちる。勿論、戦いになるようであればケントとて遠慮はないが、厄介そうであることは確かだろう。
そして、示されたとおり離れの比較的小規模な屋敷(とは言え、それでも平民の暮らす家の数倍程度の広さはあるだろうが)に足を踏み入れる。
「……ようこそヴァイス家へ。御館様はこちらでお待ちです」
出迎えてくれたのは一人のメイドであった。可愛らしい顔立ちをしているが全く隙がない。
取り出しやすい位置には短剣も忍ばせているようだ。
先程の案内人といい、相手は相当な大物なのかもしれないとケントは考える。
そうでなければこれだけの手練をそうそう手元においてはおけないだろう。
「――ケント様がおいでなされました」
「そうか、通してくれ」
二階の一室、鉄枠で補強された木製のドアをノックし、メイドが許可を取る。
返事があったので、ドアを開き、先ずはスっとメイドが中に入り扉を開いた状態で横に立った。
姿勢が良いメイドを横目に部屋に入りある程度進んだところで、失礼しました、と言い残しメイドが去っていく。
よく来たね、と穏やかさの中に厳しさも感じられる声がケントに届く。
「……呼ばれて来た形だが、あまり敬語なんかは得意ではないが大丈夫か?」
雰囲気的にここが何かの執務を行うための場所である事が判った。
相手は真っ白な髪と髭が印象的な男性で、その為か年齢は結構いってそうにも感じられる。
ただ発せられるオーラには血気盛んな若者にも負けていない精強さが溢れていた。
それらも含めた全体的な雰囲気から、恐らく帝国内でもかなり位が上の人物と判断した。
故にこの質問である。
「勿論、そのままでかまわないよ。お呼び立てしたのはこちらの方であるのだから。さて、改めて私の名はレーヴェ・ヴァイス。一応帝国内では将軍の席につかせてもらっている」
これにはケントも驚いた。確かにある程度の立場の人間である事は予想していたが、まさか帝国の将軍が出てくるとは思いもよらなかったのである。
「……その将軍様が、スラムの情報屋まで利用して俺に何の用があると?」
眉間に皺を寄せ将軍へ尋ねる。ケントはいつでも逃げるか、反撃に出れる心構えになっていた。
何せ帝国絡みというだけでケントの信頼度は薄い。
「……そんなに警戒しないで頂きたい。そうだな、立ったままでは落ち着いて話もできない」
そしてヴァイス将軍から座るよう促される。ケントも一揖し、腰触りの丁度よいソファに腰を掛けた。
するとまるで図ったかのように紅茶がメイドによって運ばれてくる。
「さて、落ち着いたところで私がわざわざお呼びした理由だが、私としては先ず、君に謝らして頂きたいと思っていてね」
「……謝る?」
メイドが退室したのを認め話を切り出すヴァイス。それに応じたケントの声に疑問符が重なる。初対面のケントからすれば、特に謝られるような事もなさそうなものだが。
「カコ君についてだよ。あの子についてはカテリナからも任されていたのだが、結局守ってあげる事ができなかった」
「……カテリナ、あの姫騎士の事か。だが、確か――」
「あぁ、その通りだ。一応名目上は急遽任務が与えられ城を出ている事になっている」
「……名目ということは、実際は違うのか?」
「――公にはされていないが、これもあくまで帝国内での話ではあるが、カテリナは突如帝都から消えたことになっていてな」
「……さっきから名目だったり、消えたことになっているやらと、妙にはっきりとしないことが多いな」
「それに関しては、私も全てを明かすわけにはいかないのだよ。立場上ね」
「……なるほどな」
口元を緩めるケントの姿を認め、同じようにヴァイスも薄っすらと笑みを浮かべ。
「理解が早くて助かるよ」
「……ま、それに関してはな。それにそれが聞けなくてもここまでの話で信頼はしている」
勿論これは暗に他の答えを含めての返しでもある。ケントはシノブから聞いていた話と、これまでの経緯から、既に彼の耳にも届いている第三皇女の死は、実際はシノブによる隠蔽工作であり、何らかの理由で皇女がシノブと行動をともにしているのだろうと推測していた。
その上で、今のカテリナについてを照らし合わせれば、自ずと答えは湧いてくる。
「……それで、守れなかったというのは?」
「文字通りの意味だ。あの日、あまりに理不尽な理由でカコ君は帝国兵に連れて行かれ、彼女の護衛を任されていたベロニカにも悔しい思いをさせ、彼女を守ることもできなかった。本来なら私も口添えするべきだったのだが、この時命令を下したレクサス将軍には借りがあってね。それを盾にされてはどうしても動くわけにはいかなかった」
すまなかった、と将軍という立場でありながらケントに頭を下げるヴァイス。
それを見て、困ったように顎を掻くケントだが。
「……頭を上げてくれ。あんたにはあんたの事情があったのだろう? それに騎士はどんな形であれ恩義には恩義で報いるのが常と聞く。だからこそ動くわけにはいかなかったのだろう?」
ケントの言葉にヴァイスは目を丸くさせた。
そして、フフッ、と笑みを浮かべ。
「やはり君は、他とは一味違うような。勿論、それはユウト殿にも言える事だが、彼は真っ直ぐ過ぎるところがあるからな」
よく判っている、とケントは肩をすくめた。
「……それで、俺達は結局何をすればいい? まさか本当にただ謝るだけのためにあんな凄腕の連中まで使って俺を呼んだわけじゃないだろ?」
「――本当に、鋭いな君は」
「……これだけ手厚いご招待を受ければ、嫌でも何か目的があることぐらい判る」
「あぁ、まさにその通りだ。カコ君の件に関しても、あの場で無理して止めさせても逆効果であった。それでは多少の延命が出来るぐらいであったからな」
「――つまり、普通ではない方法で助けるしか手はないって事か?」
「その通りだ。だが、それは結果的に君たちに大きなリスクを背負わせることにも繋がる。だから、話を聞いてもらった上で行動に移すかどうか決めて欲しい、仲間のこともあるから持ち帰って貰っても構わないが、ただし決行出来る日だけは決まっている」
「……それで、それはいつなんだ?」
「――三日後の夜だ」
こうして帝都においても一つの大きな計画が、動き始めようとしていた――
次回から再びシノブ側へ!




