第百二十七話 ゴブリンの巣
ハウンドを筆頭に俺達は穴の中へ潜り、勾配を下っていく。
まるで坑道のような雰囲気だが、人の手が加わった様子などはまるでない。
つまり土留めのたぐいは一切されていない。普通なら土砂崩れでも心配したくなるが、ゴブリンの巣窟となっているということは、これでかなり丈夫な作りなのだろう。
俺達のグループはロードを相手していた班と合流したというのもあって、二十数名と増えている。
二班増えたからな。それだと本来なら三十名になるが、減った分に関してはつまりそういうことだ。
洞窟そのものは単純な一本道で続いている。高さは大人が立ち上がって多少余裕がある程度の高さと、幅は大人三人が並んで歩けるほど。
足場は特に良いということもないが、ゴブリンによって踏みならされている為、酷く悪いという程でもない。
ただ人数が多いと多少の圧迫感はある。勿論五人一組になって、それぞれの組はある程度間隔をおいてはいるけどな。
そして暫く灰色の猟兵団の後を追って横穴を進んでいくと、途中で空気が変わる。
血と腐臭が鼻につき、先は先太りとなっている様子。そして唸り声と悲鳴――
「ククッ、どうやら早速目当ての獲物がいたようだぜ――」
ハウンドの声が俺の耳に届く。
かと思えば、野郎どもいくぜ! と鬨の声を上げ、猟兵団の五人と二匹が飛び出していった。
全く勝手な連中だなと思いつつ、俺達も先を急ぐが、横穴を抜けた先に広がる空洞内には悍ましい光景が広がっていた。
先ず目につくのが空洞内にひしめき合うようにいるゴブリンの量。そして、それを相手にしている生き残った討伐隊メンバー。
だが、数が違いすぎる。俺たちとは別の残りのふたグループが先にやってきていたようだが、二十名のメンバーが半分以下にまで減らされていた。
おまけに生き残っているのも片側の肩から先や膝下がなくなっていたり、全身が矢まみれになっていたり、血みどろで満身創痍なんてのもいる。
俺はつぶさに状況を確認する。空洞の奥側に一体、ゴブリンの中でも特に異彩を放っている存在がいた。
森で見たロードよりも更にたくましく、装備品もかなり上等な代物の様子。両手には長大な槍を手にしていた。
その周囲にいる中には、同じく鎧姿のゴブリンもいる。
早速看破したが、奥に一体いたそれはゴブリンジェネラル。冠種でレベルは48だ。
そしてその周囲には騎士のクラス持ちがいて、ただのゴブリンなのにレベルは20を超えていた。
勿論その騎士だけでなく、前に出てきているゴブリンも戦士や弓士、魔術士などが並び、どれも森のゴブリンよりレベルは高い。
しかも数が違いすぎる。この空洞の中に恐らく五百ぐらいはゴブリンの兵がいる。
むしろよくこの差で生き延びていられたとみるべきか。
……いや、ゴブリンの性質の問題もあるか。どうやらこいつら無駄に人間をいたぶるのが趣味なようだ。嗜虐心が強い。
だから、圧倒的に有利な状況になると途端に人を徐々に追い詰める方向に切り替えていく。
そういえば何人かいた女傭兵の姿もないな……奥へと続く道があるし、そっちに連れ込まれたとみるべきか。
スキルを考えるに、どうなったかなんて考えたくもないがな。
とにかく、こっちは俺以外は全員女性、しかもまだ若い少女だ。ネメアは、まぁ見た目幼女だけど、こいつは特に心配いらないだろうけどな。
「お、おい、一体どうなってるんだよこれ――」
追いついてきた他のメンバーが不安そうに口にする。なので俺ははっきりと警告した。
「この先は自信がないなら来ないほうがいい。相手は冠種のジェネラルだし、他のゴブリンも森のより更にレベルが高い。そんなゴブリンが五百はいる」
俺がそうつげると、後ろの連中がざわめき出した。
「だ、だったら俺達は念の為、こ、ここで見張っておくよ。いざってときには町に戻って知らせる奴が必要だな」
「あぁ、そうだな」
賢い選択だ。一応偵知で周囲を調べたら後ろからゴブリンがやってくる様子はとりあえずないし、森から戻ってくるゴブリンなら残りのメンバーでも対処は可能だろう。
「それじゃあ俺は出るから、何かあったら後のことは頼む」
「勿論あたしもいくっすよ!」
『怪我をしている方を放っては置けません!』
「シェリナ様のことは我に任せるのじゃ!」
シェリナはまだ生き残っている人を回復するつもりなようだ。心配ではあるが、ネメアが近くで護衛してくれるならジェネラルの方に近づかなきゃ問題ないだろう。
まぁ、ネメアならジェネラル相手でも問題ないだろうがな。
見張ってると言った面々は、大丈夫か? と聞いてくるが、出来るだけのことはする、とだけ告げて俺たちも空洞に出た。
真っ先に出ていった猟兵団は、大量のゴブリン相手にしても全く怯んではいない。
広範囲を殲滅できるような魔法職はいないようだが、腕のいい弓士が二人いる。
クラスも強弓士と弾弓士と変わっているな。クラスはより上位にチェンジする場合もあると図書館で見たクラス説明にあったかな。
強弓士はなんとなくわかるけど、弾弓士は少々変わった弓の使い手だ。
通常の矢とは異なり鉄球を発射するクロスボウのような物を使用しているからだ。
しかも弾がどこかにストックされているのか、連射が可能なようだ。
後は鑑定策士、荒塊戦士、そしてハウンドの三人。鑑定策士は鑑定の結果を元に色々な策を講じるようなクラスのようだが、これだけゴブリンがいると鑑定するだけでも一苦労な様子だな。
どちらにせよ、奴らの狙いがジェネラルなのは間違いない。さっきの話しぶりだと特別報酬狙いってところか。
ただ、相手の方が単純なレベルが高い。そう上手くいくか?
尤もゴブリンがベースな為なのか、レベルに対してステータスはそこまで高いとは思えない。
名前:ゴブリンジェネラル
レベル:48
種族:魔物
クラス:子鬼系将軍
パワー:1080
スピード:280
タフネス:1280
テクニック:1100
マジック:0
オーラ :980
固有スキル
将軍の指揮、強化指揮
スキル
異種交配、不退、将軍の意地、突虎蓮槍、旋風投槍、旋風壁槍
称号
歩く生殖鬼、子鬼の将、堅牢な指揮官
これだからな。黒騎士とそんなにレベル差はないはずなんだがステータスは比べ物にならない。
ネメアでももっとステータスは上だ。
だからこそ、ハウンドは自分たちでもやれると思ったのかも知れない。
レベルとステータスの差は明らかだが、それでもハウンドの矢か、猟犬の牙が通れば、毒の効果で相手の生命力を奪い、上手くいけばそれで倒せる可能性もある。
まぁとにかく、あれをやれば依頼は終わりと完全に思い込んでるハウンド達はとりあえず好きにやらせておいて、俺達は俺達の仕事をこなそう。
針術師になっているから少々面倒ではあるが、針を自らに刺すふりをして、強化! とか叫んでおけば針で強化したかのようにも見えるだろう。
そして体遁で肉体を強化した後、針千本! とそれっぽく叫んで針型手裏剣を投げまくる。
確かにここのゴブリンは森のに比べてレベルが高いが、それでも精々20そこそこだ。
悪いが俺の敵ではなく――
「雷針!」
それっぽいことを言いながら、雷遁でゴブリンを射抜く。直線上のゴブリンがバッタバッタと倒れていった。
まぁこんな感じでどんどんゴブリンを葬っていくわけだが――
「このマント凄いっす! 全然熱くないっす!」
早速マイラは火狐シリーズのマントを活用しているようだ。炎術士のクラス持ちのゴブリンが炎の魔法でマイラを狙ったが、マントを翻して全て受け止めきる。
だけど……外套は脱いでしまったせいか後ろで見ていた連中の反応がな。
「うおおぉおお! やっぱあの嬢ちゃんエロい体してるぜ!」
「あぁ、尻もぷりんぷりんしてやがる!」
「うぅ、は、恥ずかしいっすーーーー!」
顔を赤くさせてついでに剣も朱色に染めて、その斬撃に炎が乗る。
熱にやられたゴブリンの悲鳴が響き渡った。
「そんな目で見るなっす! ファイヤーボール!」
更にマイラの新魔法が炸裂。今度はマイラの頭より一回りほど大きな火球は発射され、着弾と同時に爆裂した。
半径十メートル程の相手を巻き込む爆破だ。密集していたゴブリンが尽く肉片に変わる。
「シェリナ様に近づくななのじゃ!」
怪我人に向けて急ぐシェリナを護衛するネメア。わらわらとやってくるゴブリンを獅子一掃爪塵で切り刻んでいく。
あれ、ある程度距離が離れてても届くから便利だな。
そして奇妙なことに周辺のゴブリンで突然眠りだすのが出てきた。
そういえばシェリナの聖羊のローブは攻撃を仕掛けてきた相手を眠らせることがあるんだったな。
この仕掛てきた相手というのがポイントで、実際に攻撃をされたかどうかではなくて、シェリナをターゲットにしたかどうかが関係してくるんだろうな。
眠っているのは弓持ちか杖持ちばかりな点からして、それぞれ弓や魔法で狙っている間に効果が発動したのだろう。
あくまで確率で効果が発生する系だろうからそこまで過度な信頼はおけないと思ったけど、弓や魔法なら狙い始めてから実際に攻撃に移るまでに多少なりとも時間がいる。
その間に効果が発動し続けるなら確率とは言え馬鹿には出来ないのかもな。
例えば眠る確率が十パーセント程度だったとしても、その効果が何度か繰り返されるなら期待値は更に上がる。
そう考えると、確かにこれは掘り出し物といえるかもな。
とにかく、皆は新装備を駆使し、俺はあくまで針術士であると見せかけつつ針に似せた手裏剣でゴブリンの群れを打ち倒していった――
次の更新は6日月曜日の予定です。