第百二十六話 ゴブリンロード
やはり、それ相応の実力は持っていたか。
それが、ハウンドを中心とした灰色の猟兵団の戦い方を見た俺の評価だ。
奴ら、連携がかなり取れている。そして連中を指揮しているのは紛れもないリーダーのハウンドだ。
口先だけでいざゴブリンロードを相手してみれば、自惚れが過ぎて危機に陥る、なんてことはまるでなく、むしろしっかり相手の攻撃範囲やタイミングを考慮して、ヒットアンドウェイによる戦術で追い詰めていっている。
護衛役のゴブリンも、傭兵団の連中は最低でもゴブリン一体に対して二人付く形で処理していっていた。そうすることで結果的に一体に掛ける時間を短縮しているわけだ。
途中、ロードが鬨の雄叫びを上げて周囲のゴブリンの攻撃力を上げていたけど、それにも怯むこと無く個別撃破している。
ハウンドはハウンドである程度距離を取った状態から、腕にはめたアームシューターでロードの鉄板の切れ目にボルトを打ち込んでいっている。
矢の威力を上げるスキルの効果もあるんだろうけど、それによって徐々にロードへのダメージが蓄積していっていた。
何より猟犬がかなり強い。鎧を着込んだロードだが、首が太いためガードしきれていない露出した箇所が僅かに残っている。
そこを目掛け猟犬が食らいつき、かと思えば円を描くようにグルグルと回転し大きなダメージを残していった。
もう一匹の猟犬も足に噛み付いたり、絶妙のタイミングで手首に噛み付いたりして相手の行動を阻害する。
周囲のゴブリンを片付けつつ、いざという時には被害が拡大しないよう割り込もうと思っていたが、そんな心配は不要なようだ。
「グォオォオオオォオオオオオ!」
だが、大分ダメージが蓄積したところでゴブリンロードが雄叫びを上げる。
鬨の雄叫びかと思ったが少し違う。雄叫びを上げた直後、ロードの身体が赤く染まっていく。
かと思えば息を大きく吸い込み、傭兵団に向けて真っ赤に染まったオーラの塊を吐き出した。
多分あれが、スキルの闘魂爆発と闘吐弾なのだろう。
闘魂爆発は赤く染まっている間は能力が強化されるのだろう。
その上で吐き出したオーラの塊は着弾した辺りが大きくえぐれるぐらいに威力がある。
だが、モーションが大きすぎたな。
スキルが行使された時には既に灰色の傭兵団の連中は範囲外に退いていた。
巻き添えを食らったゴブリンの方が多いぐらいだろう。
「それがテメェの切り札か? だとしたらもうお前は終わりだ」
ニヤリと口角を吊り上げて、ハウンドのボルトが次々とロードの鎧の隙間に突き刺さっていく。
スキルの高速連射だな。ただ、ゴブリンロードは本来ハウンドよりステータスがかなり高い。
普通ならこの程度でやられるとは思えないが――しかし、ゴブリンロードが地面に片膝をつける。肩で息をし、苦しそうな様子を見せていた。
射抜くようにハウンドを見やるゴブリンロードだが、悔しいといった感情のほうが色濃く出ているな。
「た、倒しちゃったっすか? あのハウンドという男はそんなにLVが高いっすか?」
「いや、LVもステータスもロードよりは下だ。ただ、場馴れしているな。だから自分より格上との戦い方もしっかり心得ているってわけだ」
「どういう意味っすか?」
「ようは毒だよ。あのボルトにも、下手したら猟犬の牙にも毒が塗ってある。だからあれだけ苦しそうなのさ。肉体的にというより毒に身体を蝕まれているんだ。ああなったらもうロード側に勝ちはないな。立ち上がることすら困難だろうさ」
実際、そこからは一方的だった。毒で弱まったゴブリンロードを的にして笑いながらハウンドが嬲り殺しにして終了。
「あ、あそこまでする必要あるっすかね……」
『ゴブリンとは言え、同情します』
「シェリー様が気に入らないなら、我が今すぐ処するのじゃ」
「物騒な事は言うなよ」
ネメアはやれと言われたら本当にやりそうだな。
まぁマイラとシェリナの気持ちはわからなくもないが、ただ、ゴブリンも人間相手に似たような事していたりもする、だからハウンドの行為そのものを批判する気はないし俺は特にゴブリン相手に同情心も生まれない。
ただ、今回のことで警戒を強めないといけない相手だというのは判った。
毒も使いこなすわけだしな。これで普通に仲間としてみればそれ相応に頼りになるんだろうが、あの称号がある以上油断は出来ない。
「あ、あの、本当にありがとうございました」
すると、シェリナに対して治療してもらった面々達がお礼を言ってきた。
正直、この傷はもう助からないかな? と思えたのもいたんだけど、それもシェリナは見事治してみせた。
どうやらシェリナはかなり強力な回復魔法の使い手だったようだな。
勿論、それでも助からなかった命はあるが、命を救われた人は涙ながらにお礼を告げてくる。
シェリナもそれにただ笑顔で返していた。一応事情があって喋ることが出来ないというのは伝えているけど、それが逆に崇高さを感じさせる要因になったようだ。
「うむ、シェリナ様を崇め奉るのは当たり前の事なのじゃ」
「まぁ、確かに影の立役者はシェリナなのかもな」
勿論、これは聞こえない位置で呟くように言っている。
「まさかこれだけの回復魔法を扱えるのがついているとはな。針術師のテメェごときにはもったいなさ過ぎるぜ」
するとゴブリンロードの魔石を回収し終えたハウンド達がやってきて、今度はシェリナに興味を持ち出した。
回復魔法が使える仲間はどこでも貴重な戦力と捉えられているのだろう。
そして今の戦闘を見る限り、このメンバーに回復系のクラス持ちはいない。
「お前らそんなガキとは別れて俺達の下へ来いよ。そんな奴についてまわるよりよっぽどいい思いが出来るぜ?」
「あんたらもしつこいっすね。さっき断ったはずっすよ」
「シェリー様も同じ気持ちなのじゃ。不敬な奴らめさっさと立ち去るのじゃ」
「あん? てかお前、随分と敬ってるな。そいつ何かあるのか?」
まずいな、石版での筆談は出来るだけ目立たないようにやってもらってるし、顔も隠してるからバレないとは思うけど、こんな連中に皇女だってバレたら厄介だ。
「こいつはシェリーの回復魔法で命を救われたことがあるんだ。だからすっかり彼女を崇めてしまっているのさ」
とりあえずそう説明する。実際嘘は言っていない。魔法で治療してもらってからネメアは懐いているからな。
「ふん、そういうことか。しかしだとしたらやはりお前なんかにはもったいねぇな。俺達の傭兵団に加わったほうが幸せになれるってもんだぜ」
それはありえないな。どちらにせよマイラにもシェリナにもそんな気はないんだ。
「とにかく、ふたりにその気がないんだから仕方がないだろう。それよりこっちの依頼を片付けるほうが先じゃないのか?」
「……ふん、口の減らねぇガキだ。ま、だがそれも一理あるか」
とりあえずハウンドはそれ以上絡んでくるのをやめた。だけど、今回は妙に潔くて逆に気味が悪いぐらいだ。
「でもよ、ロードがここにいたってことは、魔物の大量発生の原因はこいつだったんじゃないのか?」
すると、一人の男がそんな事を聞いてくる。確かにゴブリンロードにしても冠種だ。そう思えてしまうのもおかしくないが。
「――ふん、それなら楽だが、こいつらの反応をみるに、ゴブリンはまだまだ多い上、慌てている様子もなさそうだ。もし集団を纏めている大本だとしたら、それが倒されればゴブリン達はもっと派手に逃げ出したりするはずだからな」
そういうことなのだろう。こいつは猟犬でそれを知ったようだが、俺は偵知の術でゴブリンの様子を掴んでいる。
だが、それで探ってもゴブリンの動きに大きな変化はない。
これはつまり今回の元凶が他にもいるという事の証明でもある。
「マジかよ……」
「普通、ロードだけでも大事だってのに……」
「もしかしてとんでもない依頼を請けてしまったのか俺たち?」
生き残った連中が口々に言う。今回の参加者は傭兵だけじゃなく、町では腕自慢で通ってるような連中も参加しているが、そういったのは実戦経験がないからな。
命を失ったのもやはりそういうのが多いようだ。ゴブリン程度と侮ったのが間違いだったという事か。
「ま、逃げるなら今のうちだな。せめて俺たちぐらいは経験を積んでいないと、本当に俺たちを残して全滅って事もありえるんだ。勿論それはお前にも言えるがな」
見下すような視線を俺に向けてくる。
確かにこいつらはそこそこやるようだけどな。
だが、正直ロードを倒した程度で調子に乗るというのもどうかとは思うけどな。
とは言え、猟兵団の連中以外も、今更あとには引けないのか逃げ出す気はないようだ。
途中で抜け出したら前金は返す必要がでてくるかもしれない。
だが、多くの連中は前金はとっくに溶かしてしまっているようだ。そうなると仕事を途中でやめるわけにもいかないのだろう。
「フンッ、ま、お前らがどうなっても俺たちには関係ねぇがな」
そう言いながら目的のカマス山脈へ向かう。その途中でもリーダーやボスなどの冠種は現れたが、金になりそうなのは大体猟兵団が倒していった。
俺達は、まぁ、今はそこまで金に困ってないし、余計なトラブルは避けたいから倒せる相手だけ倒していった。
その内にカマス山脈に辿り着く。やはりゴブリンが数多く出現したがそれらも排除していき――
「ここだな。連中が大量に潜んでるという塒は」
情報にあったとおり、山脈の流れが急角度で東に方向を変える地点、その付近にまるで巨大なモグラでも顔を出したかのような穴がぽっかりと開いていた――




