第百十七話 ゴブリンに襲われていた者
助けを呼ぶ声が聞こえたので、俺達は街道を駆けた。声が届く範囲ならそう遠くないはずだ。
偵知の術で位置も掴んだが、正面のなだらかな丘になっている位置を下った先あたりで何かあったようだ。
「いやぁ、パーパ、パーパぁ~」
「ギャギャッ!
「ゲゲッ、ゲヒョッ!」
「や、止めてくれムスメには、ヒッ!」
そして丘の頂上につき、見下ろした先に見えた光景は――ゴブリンの群れに襲われている親子であった。
中年ぐらいの腹の出た男性と、マイラと同年代ぐらいの少女といったところか。
近くには幌馬車も止まっていて、他に剣や槍を持った男性も転がっているが、そっちはもう事切れているようだ。
ゴブリンにやられたのだろう。森の中と同じで通常種よりLVの高いゴブリンだ。
しかも数が多い。十数匹はいるだろう。これだけの数に襲われては護衛二人だけでは流石に厳しかったか。
父親と思われる男はなんとか攻撃を避けているが、それは男の方に向かっているゴブリンが少ないからだ。
多くのゴブリンは少女に群がっていて、その服もビリビリに引き裂かれ始めている。つまり、ゴブリンの狙いはそういうことなのだろう。
まだ行為には及んでいないが、このままではそれも時間の問題だ。
「た、大変っす!」
『こんなの酷い――』
「あぁ、そうだな!」
ここは俺が単独で動いたほうが早い。そう判断し、俺は丘をすぐさま駆け下り、同時に印を結ぶ。
「雷遁・電光石火の術!」
俺の全身が迸り、速度が一気に上昇する。
そして、涙を流す少女に掴みかかるゴブリンを、勢いを乗せた拳で貫いた。
悲鳴すら上げる暇は与えない。
「雷遁・紫電一閃――」
霧咲丸を抜き、何が起きたか判らず立ち尽くすゴブリンの半数を一気に切り裂いた。切り株になったゴブリンが次々と地面にずれ落ちるが、構うこと無く残りのゴブリンへと術を行使。
「雷遁・電鎖の術!」
放たれた電撃が残りのゴブリンからゴブリンへと連鎖していき、これによって残りの半数も倒れて死んだ。
「グギョッ!」
「ギヒュッ!」
そして最後は忍気で作成した手裏剣を父親と思われる男に向かっていた二体のゴブリンに命中させ、全ては終わった。
すると追いついてきた皆が残らず葬られたゴブリンを見て声を上げる。
「流石っすねシノ、え~とシノビン!」
『あっという間過ぎて、何が何だか判りませんでした』
「シェリナ様、我もやろうと思えばこれぐらい出来るのじゃ」
「何で張り合おうとしているんだお前は。それと人前ではちゃんとシェリーと呼べよ」
「な! しまったのじゃ!」
全くこいつは……まぁ位置的に聞こえてないと思うけど。
大体ネメアの場合は、確かに軽く一掃できるだろうけど、荒っぽいから襲われてた女の子も怪我をさせかねないしな。
『…………』
て、うっかりしてたけど、助けた少女と父親らしき男が口を半開きにさせてポカーンとしてるな。
俺は全員にできるだけ顔を隠しておくよう促しつつ、少女に顔を向ける。ちなみに俺は既に顔を隠しているけどな。
仮面は流石に逆に目立ちそうだから、顔そのものを少し変化させた形だ。これでも随分と印象は変わるしな。
「あの、大丈夫でしたか?」
「……ハッ!? は、はい! あぶないところをありがとうございます」
「うぉおおぉぉおおお! ムスメぇ! ムスメぇ! 大丈夫だったかいぃい~~!」
「う、うん、大丈夫だよパーパ。この人達のおかげだよ」
俺とその娘とやらが会話していたら、我に返った父親が猛ダッシュで娘に抱きついた。
おいおい泣いているよ。よっぽど不安だったんだろな。
「本当に、本当にムスメを助けて頂きありがとうございます! なんとお礼を言ってよいか!」
「私も、パーパを助けて頂きありがとうございます」
そしてその後ふたりに凄い頭を下げられた。
「いや、こっちも通りがかりに見つけることが出来てよかった」
「本当に、無事で良かったっす!」
『でも、服が結構……』
あぁ、確かにそう言われてみると。一応少女は手で押さえつつ、隠すようにしているけど、結構肩とか太ももとかが顕になってしまっているな。
「お前は見過ぎなのじゃ。やっぱりお前はスケベなのじゃ」
「ちょ! 待て待て、そこまで見た覚えはないぞ!」
『ジーーーー』
いや、シェリナもジト目と石版の組み合わせはやめてくれ! 地味に効くし!
「服はご心配なく。馬車に替えがありますので。ほらムスメ、流石にそのままじゃみっともなさすぎる。着替えてきなさい」
「あ、はいパーパ。では――」
そして少女は幌馬車に駆けていき飛び乗っていった。
それにしても――変わった呼び方する人だな。
「いや本当になんとお礼をいってよいか。申し遅れましたが、私は行商人をしているパーパ、今馬車で着替えているのが私の娘のムスメです」
「……はい?」
「え? どういう事っすか?」
俺もマイラも同じように疑問に思ったのだが。
「いえ、ですので私がパーパ、そして娘がムスメなのです」
「……それは名前がムスメという事ですか?」
「そうですが?」
紛らわしいよ! なんだよ娘の名前がムスメって! いや確かにちょっとイントネーションが少し違うと思ったけど! 思ったけど!
「か、変わった名前っすね……」
「そうですか? わかりやすくて良いかなと思ったのですが……」
「それならば、あの子の母親の名前は何というのじゃ?」
「フローラですね」
「何でだよ!」
「な、なんですか突然!」
いや突っ込むだろ! 普通にそこは突っ込むよ! 何で母親はママとかじゃないんだよ! 何でフローラなんだよ!
「着替え終わったよパーパ」
「おおムスメ! やはりムスメは可愛いな。本当、傷一つでもついていたらパパ自らこの首を掻っ切るところだったよ」
俺のツッコミに疑問顔を見せていたパーパだったけど、そのムスメの着替えが終わると駆け寄っていき褒め称えていた。
かなりの子煩悩だなこれ。まぁ、確かに可愛らしい少女ではあるけど。薄っすらと青い髪をお下げにした彼女はワンピース系の服装に着替えていた。
スラリとした体型によく似合っている。
『……二人は助けられませんでしたね』
「――あぁ、そうだな」
石版に悲しげに書かれた文字。ゴブリンの骸とは別に、ふたりの男性の亡骸も横たわっていた。
ゴブリン相手に戦おうとしたんだろうけど、予想以上の手強さに抗いきれなかったのだろうな。
「残念な結果になってしまいました。随分と長い事護衛として付き添って頂いていたのですが、こんな結果になるとは――私達もまさかゴブリンがここまで手強いとは思っていなかったので……」
「二人共、私達が出発した南の町から同行してくださった傭兵さんなんです。それなのに……」
悲しそうな顔を見せる。確かに傭兵とはいえ接した時間がながければながいだけ、いざこういった形で亡くなったときの悲しみは増すものだろう。
「あの、ところで皆様はこれからどちらへ?」
ムスメの頭をひと撫でした後、パーパが俺達に尋ねてくる。
一瞬返答に迷ったが、隠しておくようなことでもないしな。
「俺達はここから北に行った先にある町に向かおうと思っていたんだけど」
「おや、それはそれは皆様もタイムの町に立ち寄られるという事ですね。これは私としては僥倖だったかもしれません」
タイムの町というのか。流石に町の名前までは偵知の術ではわからないからな。
思いがけず知ることが出来てよかったが――
「それで、僥倖というと?」
「はい、私達もタイムの町に立ち寄ろうと思っていたところなのです。そこで、もしよろしければそこまでの道のりを護衛しては頂けないでしょうか?」




