第百十八話 思わぬ情報
「やぁやぁ本当、引き受けてくれて助かりましたよ」
御者台のパーパがニコニコと笑いながら語る。二人がけの木製の椅子であり、手綱を取るパーパの横に俺は座らせてもらっていた。
結局俺達は二人の護衛を引き受けた。助けてもらったお礼を支払うと言ってくれたし、護衛代金とあわせて五千ルベル支払ってくれると言っていたしな。
それに、俺達としても護衛を失った二人を放っておくというのも気が引けた。それでまた何かに襲われて死なれでもしたら寝覚めが悪いし。
方向も一緒なわけだしな。正直、馬車よりも忍術を駆使したりの方が速いんだけど、馬車を追い抜いて先に進むのも目立つし何より感じが悪い。
かといって後ろからただついていくのもな。それなら護衛としてついたほうがいいだろう。
女性陣に関しては荷台の方に乗ってもらっている。ムスメも一緒だし女の子は女の子同士の方がよさそうだしな。
「後ろは狭くありませんか?」
「狭いに決まってるのじゃ! シェリー様にこのようなむぐぉむぐぉ~」
「あ、大丈夫っす! ムスメちゃんもいい子だし楽しくやってるっす!」
パーパが荷台に向けて声をかけるとマイラが即座にネメアの口を塞いでくれた。全く、ネメアときたら……。
「そうですか。しかし申し訳ありませんね。遺体まで一緒に乗せたので、もしかしたらあまりいい気分はしないかもしれませんが……」
「大丈夫っす。気持ちは判るっすから……」
遺体というのはあの傭兵の遺体だ。流石に道端にそのまま放置は忍びないという事で、次の町にも礼拝堂があり、神父も務めているようなので、そこで祈りを捧げて貰い埋葬するとのこと。
それに、遺体は放置していると後にアンデッド化する可能性がある。瘴気と呼ばれる物が濃いところならより高確率でアンデッド化は起きるが、瘴気がなくても可能性はゼロではないのだそうだ。
このあたりは異世界なんだなって実感するな。ちなみにゴブリンに関しては魔石は全て俺たちが回収してくれて構わないと言ってくれたのでその言葉に甘えることにした。
「ギャヒッ!」
「ギャヒャッ!」
「ギャッ!」
そして馬車で移動中、案の定と言うかゴブリンが襲ってきた。
さっきとは違い数体だったし、一々止めてもらうのも面倒だったから、魔法が使えるということにして忍術でサクッと殺したけどな。
魔石の回収も、正直数体ぐらいなら一々降りるのも手間だから無視させてもらった。
「いやはや、本当にお強い。これは護衛をお願いしてよかったです」
「いえ、それほどでも。ところで、目的地は次の町だったのですか?」
手綱を握り続けるパーパに聞いてみる。判るならこのあたりがどの辺かも知っておきたいから情報をききたいところだ。
「いえ、本来の目的は港町ハーフェンなのですよ。次の町はその途中で立ち寄って休もうかなと。あ、勿論それはそれで商人として回るところもありますけどね」
「へ?」
驚いたな。まさかここでその町の名前を聞くとは。まさにそこはババァから話を聞いていた呪術師が潜んでいるという町じゃないか。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ。こんな偶然もあるもんだなと思いまして。実は自分たちもその町を目指していたんですよ」
「本当ですか!? これは本当に幸運だ! 実はタイムまではいいとしてその後どうしようかと思っていたのですよ。護衛の傭兵は残念な結果になってしまいましたからね……」
どうやらパーパとしては今後もハーフェンまで護衛を頼みたいという思いらしいな。
俺としては、偶然とは言え、帝都を離れてから向かおうとしていたうちの一つが近かったのは幸運だったけど、護衛の仕事しながらか……。
「でも次の町で雇う予定だったのでは?」
念のため確認する。だけどパーパは、ハハッ、と力なく笑い。
「もしシノビン様が断るならそうするしかないですが、タイムの町には傭兵ギルドというのがないのですよ。こんなときに冒険者ギルドなんかがあれば広い範囲でカバーしているのですが、傭兵なんかはどうしても大きな町なんかに集中しますからね。それでも流しの傭兵だったりが中間点のタイムに集まったりしてるのですが、酒場にいってそれっぽい方に声を掛けたり手間が掛かるのですよ」
帝国には冒険者ギルドがない。これは帝都でも聞いていた事だ。
だからこの手のは傭兵ギルドに頼ることになるみたいだけど、傭兵ギルドは冒険者ギルドほど組織化されていないから、すべての町に必ずあるという程でもないのだな。
「ギルドの紹介じゃない場合、傭兵の判断は完全に雇う側の目利きにかかることになります。傭兵は本当にピンきりで中には盗賊と組んでいる場合なんかもあるので、信用のおける傭兵を探すのも一苦労です。見た目強くても実際はそうでもない場合なんかもありますしね。その点シノビン様なら腕は既に見てますし、まだ少し話した限りですが下手な傭兵よりは信頼は置けると思いました。子供にも好かれていたのもポイント高いですしね」
子供? あぁ、ネメアの事か。実際はあれは子供といっても見た目が幼女なだけで魔獣なんだけどな。
「子供と言ってもこいつは妹ですからね」
「ムッ、何を言っておるのじゃ! 我はぐむぅ!?」
とは言え、今後の事を考えて兄妹という事にしておこう。うるさいから口は塞いでおく。
「なんとそうでしたか。ですが、兄妹仲が良いというのは良いものですな。そこもいい、ぜひともお願いしたいところです」
う~ん、そこまで言われると断りづらいな。ただ、これは冷静に考えたら悪くないかもしれない。俺達は身分を隠しながら移動しているわけだし、単独で移動しているとそのあたりごまかしきれるかが少し不安だ。
よく考えてみれば本来他の町に入るのも一苦労だろう。現に今から向かう町はこの二人の護衛という形を取ればすんなり入れそうだけど、そうでなかった場合傭兵というだけで押し通せるのか? というのもある。
俺とマイラはともかく、幼女状態のネメアとシェリナはどこからどうみても戦えるようにはみえないだろうからな。
そういう意味では行商人としてあっちこっちを渡り歩いていて顔が利く彼らと行動を共に出来るのは大きいとも言える。
護衛として報酬も貰えるしな。
「そうですね、そういう事情なら。ただ、一応他の皆とも相談したいので次の町でお返事という形でもいいですか? 宿は取られるのですよね?」
「はい、勿論それで結構ですよ。宿も一晩は過ごす予定なので、あ、宿代ですが私達で出しますよ。勿論それはハーフェンの件とは関係なく、今回は助けてくれて町まで付き合ってくれたお礼としてですので」
「そうですか、それでは遠慮なく――」
とりあえずこれでわざわざ探さなくても宿は確保できそうだ。
ある程度話が落ち着いた後は、他愛もない話を続けながら町へと馬車が走り続ける。
ゴブリンはそれから出てくることはなく、二十分程揺られたところで小高い丘の上にタイムの町が見えてきた。
◇◆◇
「ギギッ?」
「そう、お前達は今日から僕の為に働くんだ。いいね?」
「ギッ!」
「ギュギュイ!」
「ギャッギャッ!」
ふぅ、とマビロギが一息ついた。
あの男と妙な穴に吸い込まれ、気がついてみれば不埒な行為と屈辱にまみれたあまりに最悪な事態がそこにあった。
出来ることならその場ですぐにあの男を殺してやりたい気持ちになったものだが、マビロギはあの男と距離を離してすぐ、使役していた魔物たちが周囲に全くいないことに気がついていた。
マビロギのクラスは魔物使いである。一応は四属性魔法を行使する力も備わっているが、基本的にはマビロギ本人は矢面には立たず、魔物をけしかけてその間に魔法などを行使しアドバンテージを取る。
それが彼女の基本的戦術なのである。だが、その魔物がいないとなると魔物使いとしての力は激減する。
多少距離が離れているぐらいであれば魔物招集のスキルにより瞬時に呼び寄せたりが可能なのだが、隷属化した魔物の気配が一切察知出来ないという事は現在地は帝都から相当離れた場所ということになる。
何故、そのような場所に飛ばされたかはマビロギにも判断のしようがないが、そうなってくると他にも仲間が一緒であったあの男との対決はかなり厳しい。
魔法を使おうにもマビロギ一人では、術式が完成する前に攻撃を受け潰される可能性が高いからだ。
そうなると、改めてこの周辺で魔物を隷属化させ使役していくのが一番手っ取り早いという結論に至る。
ただ――
「それにしても、どうしてゴブリンしかいないんだ?」
使役したゴブリン達を眺めながら、マビロギが疑問の声を上げた。
そう、あの男から一旦離れ、森を彷徨ってそれなりに時間もたつが、何故か出会えるのはゴブリンばかり。
おかげでゴブリンばかりで配下は二桁を超えたが、どうにも心もとない。
ただ、使役して判ったことだがどうやらこのゴブリン、通常種とはかなり異なる。クラス持ちであるし何よりLVが高い。
そのことに関しては、まだ助かったと言えるかもしれないだろ。これが通常種であったなら精々そのLVは4~6。
これでは魔物強化の固有スキルの加護化においてもたかが知れてしまう。
だが、このゴブリン達のLVは12~16。
これであれば強化によってLVは20は超える事ができ、マビロギ本人へのステータス加算もそれなりのものにはなる。
ただ、それでも帝都にいた頃に比べるとやはり戦力ダウンは否めない。
これではあの男を倒すことなど不可能に近いだろう。
そう、マビロギは倒さなければいけない。勿論マビロギを辱めた事もその理由の一つだが、何よりあの男はその正体に気がついてしまった。
マビロギが女であるという事実にだ。正直、性別などはお祖父様、つまりマジェスタの心配性がすぎるだけだと思っていた。
マジェスタは当初、マビロギが軍に入ることに否定的であった。だがそれでも説得し、ならばと課せられた条件が男として過ごすことであった。
これについてマビロギは当初、てっきり女を捨てろという意味であり、それぐらい厳しい世界だと教えてくれたのだと思っていたが、実際は言葉の通りの意味であった。
マジェスタ曰く、もし女であることがバレたなら非力な魔物使いであるマビロギなど一体どんな目にあわされるか判ったものではない。帝国の男など野獣と一緒、マビロギはただでさえ私に似て可愛らしいのだから、そんなことになれば腹を減らした野獣の群れに野ウサギを放り込むようなものだというのがお祖父様であるマジェスタの意見であり忠告であった。
正直マジェスタに似てという部分に引っかかりは覚えたし、いくらなんでも大袈裟すぎはしないかと思ったりもしたが、そういったこともあり、マジェスタは独自に調合したという魔法薬をマビロギに手渡し、定期的に服用するよう命じた。
この薬は、飲むことでなんと一定時間性別が逆転する。ステータス上も男として認識されるのでこれさえ飲んでいれば女とバレることはないと、それがお祖父様の言い分であった。
正直、あまりの孫馬鹿ぶりに呆れる思いのマビロギであったが、それさえ守れば軍に入れるというならば躊躇う必要などなかった。
そしてそれから今までずっと男として通し続けていた。
だが、まさかそれがバレる日が来るとは。しかもよりにもよってあのような不埒な男に――
正直、今マビロギはお祖父様であるマジェスタの忠告が正しかったと確信している。
まさか女とわかっただけであそこまで簡単に狼に変貌するとは――最悪だ! と歯牙を噛みしめるマビロギでもある。
とにかく、薬とてもう手元にはない。男に化けることは難しくなった。一応はフードで顔を隠したりで誤魔化そうとは思っているが、体つきなどを調べられるとごまかしようがない。何よりマビロギはこう見えてわりと胸はあるほうだ。
とは言え、その胸を弄んだあの男は許してはおけない。それに帝国軍に務めるマビロギの正体が女だと知られているのも不味い。
なんとしてでも片付けなければいけない問題である。
そう、だからこそ、マビロギは使役したゴブリンにちょっとした案内をお願いした。
そう、ここまでゴブリンしかいないのは妙な話だ。だが、この現象の正体にはマビロギにも多少の覚えがあった。
もしそれが彼女の思っていたとおりであるなら――あの男を倒す切り札が手に入るかも知れない。
そう考え――彼女は森をさらに突き進んでいくのだった。




