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やり直すほど、弱くなる ~死に戻りの代償は寿命。無能の僕が『英雄の再来』と囁かれる理由を、僕だけが知らない~  作者: ふゆう
第一章 無能の始まり

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第33話『採掘』

上りは、ひどく長かった。


バルガさんが先頭で、その後ろに背の低い子。真ん中に残りの二人。しんがりが僕だった。


「詰めろ。前の踵が見える位置を歩け」


言われた通りにする。誰も、口をきかなかった。


理由は、教えてもらえなかった。ただ、朝の下りではこんなことを言われなかった、ということだけは分かっていた。



階段を半分ほど登ったところで、バルガさんの足が止まった。


足場に、白い粉が散っていた。誰かがそこで、担いだ石を置き直したような跡だ。


その粉の上に、靴の跡がいくつも残っていた。


爪先は、全部、下を向いていた。


「……バルガさん」


「見るな。歩け」



さらに登って、二度目に折り返した時。


音が、聞こえた。


かん、かん、と、硬いものを打つ音。ずいぶん遠い。けれど、確かに下から上がってくる。


僕たちが掘っていた場所とは、方向が違った。


バルガさんが、足を止めた。


三秒くらい、そのまま動かなかった。


それから、何も言わずに歩き出した。


「あの」


「歩け」


その一言に、朝までの不機嫌とは違う何かが混じっていて、僕はそれ以上訊けなかった。


背の低い子が、僕のすぐ前で、荷物を抱え直したのが見えた。


その手が、少し震えていた。


僕は何か言おうとして、やめた。大丈夫だと言えるだけの根拠が、何一つ無かったからだ。



地上に出た時、僕は思わず両手を膝についた。


「休むな。歩きながら息を整えろ」


バルガさんは、振り返りもしなかった。


白く固まった街を、誰も喋らずに戻る。朝は三十分に感じた道が、今日は倍に感じた。


そして、角を曲がった。


基地の白い壁が、見えた。


その途端、肩から力が抜けた。


壁の下に、赤い布がある。黄色い果物がある。子供が二人、走り回っている。


色が、戻ってきた。



掘った石は、工房へ運ぶように言われた。


扉を開けると、しゃり、しゃり、という音がした。


「息」


顔も上げずに言われて、僕は反射的に口を押さえた。


「……冗談だ。袋のままなら飛ばん」


僕は、押さえた手をそろそろと下ろした。


爺さんが袋の口を開け、指で二つ三つつまみ上げて、明かりに透かす。


「……ふん」


それから、初めて僕の顔を見た。


「割れてはおらんな」


なんだか、無性に嬉しかった。


工房を出たところで、背の低い子が待っていた。


「先輩。あの、明日も行くんですか」


「……たぶん」


「よかった」


その子は、心底ほっとした顔をした。


「一人だと、僕、たぶん降りられないので」



夕方、僕は三階の大部屋に呼ばれた。


先月、間引 芽生の処遇を決めた、あの部屋だった。


今日は人が少ない。団長と、バルガさんと、古参が二人。それから、なぜかメルドさんもいた。


「新入り。見たままを言え」


バルガさんに促されて、僕はしどろもどろに話した。白い筋が無かったこと。溝だけが残っていたこと。壁一面がそうだったこと。


「削り口は」


「……尖ってました。丸くなってなかったです」


「よし」


それだけで、僕の役目は終わった。



「壁一面か」


団長が、地図に指を置いた。


「バルガ。あの規模だと、何日ぶんの仕事だ」


「うちの隊なら、十日」


「人数は」


「足跡は四人ぶんでした。……ですが、四人で十日ぶんの石は、運べません」


古参の一人が、腕を組んだ。


「担ぎ手が別にいるってことか」


「上に、荷受けがいる。……でなきゃ、あの量は動かん」


(……ああ)


そこでようやく、僕にも意味が分かってきた。


四人がこそこそ掘っていったんじゃない。掘る係と、運ぶ係と、受け取る側がいる。


つまり、組織だ。



「どこの連中だ」


「決めつけるのは早い」


団長が、指で机を叩いた。


「まず、野良の掘り子の線がある。どこにも属さん連中は、いつだって食い詰めている」


「四人ぶんの足跡で十日ぶんの穴を掘る野良が、どこにいます」


「では他所の団だ。表層の脈は、うちの持ち物ではない。取ったもの勝ちだ」


「うちの持ち場を、一面まるごとですか。……喧嘩を売ってるのと同じだ」


「うちの人間、って線は」


メルドさんが、低い声で言った。


部屋の空気が、少しだけ止まった。


「……場所を知ってるのは、うちの人間だ。全部が全部、外の仕業と決まったわけじゃねぇだろ」


誰も、すぐには言い返さなかった。



「一つ、確かなことがある」


長い沈黙のあとで、団長が言った。


「あの量の常白が、まだどこにも出回っていない」


「……市場にですか」


「そうだ。十日ぶんだぞ。粉一つ流れていない」


団長は、そこで初めて僕のほうを見た。


「売るために掘ったんじゃない、ということだ。……誰かが、溜め込んでいる」


溜め込む。


その言葉が、なぜか耳に引っかかった。


常白は、プルセになる石だ。掘られた量が減れば、その分だけ、誰かのプルセが作られない。


困るのは、たぶん潜る側じゃない。上で暮らしている人たちだ。


今日、門の外で果物を並べていたおばさんとか。足元をすり抜けて走っていった、あの子供たちとか。



「明日、二隊出す。同じ深さを、東と西に分けて見てこい」


団長が立ち上がった。


「今日のところは、それだけだ」


椅子を引く音が、いくつも重なる。


その中で、古参の一人が名簿を捲りながら、独り言みたいに言った。


「……そういや、中層の隊、まだ上がってねぇな」


「刻限は」


「あと二時間ある。誰かがへばって、休み休み来てんだろ」


「中層で長居はしたくねぇだろうに」


「あそこの隊長、慎重だからな。焦って怪我するよりましだろ」


そう言って、二人は笑いながら部屋を出ていった。


誰も、深刻な顔はしていなかった。


僕も、そうだった。



廊下に出て、階段を降りながら、僕はぼんやりと考えていた。


明日はどの隊に入るんだろう。バルガさんの隊だといいな。あの人は褒めないけど、たぶん、いちばん死ににくい。


そんなことを考えていて。


踊り場で、ふと足が止まった。


中層の隊。


今朝、裏口で。


シュンさんが、手を振っていた。


――今日は別の隊で、中層まで降りるんだ。


――気をつけてね。あと、荷物は下で増えるから、上りのぶんも考えて背負って。


僕は、窓の外を見た。


白く固まった街の向こうに、日はもう、ほとんど落ちていた。


あと二時間。


たぶん、なんでもない。


誰も深刻な顔をしていなかった。笑いながら、部屋を出ていった。


――それでも僕は、その場から、しばらく動けなかった。

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