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やり直すほど、弱くなる ~死に戻りの代償は寿命。無能の僕が『英雄の再来』と囁かれる理由を、僕だけが知らない~  作者: ふゆう
第一章 無能の始まり

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第29話『大丈夫』

目が覚めると、クリーム色の天井が見えた。


ピッ、ピッ、ピッ、と規則正しい電子音。点滴のスタンド。消毒液の匂い。


(ああ……ここ、前にも)


初めてこの世界で目を覚ました時と、まったく同じ景色だった。あの時と違うのは、体じゅうに巻かれた包帯の数と――胸の奥にある、確かな充足感だけ。


「……起きたか」


視界の端から、白衣の小さな影がぬっと現れた。


「シルビィ」


「三日だ」


彼女は、腕を組んで僕を見下ろした。


「お前、三日も寝てた。……全身の裂傷が十七ヶ所。肋が二本。血も、抜けすぎ。よくもまあ、あれだけ壊れて帰ってきたもんだよ」


その声が、いつもより硬い。


「ごめん。……治してくれて、ありがとう」


「ふん」


シルビィは、そっぽを向いた。


それから、ぼそりと付け加えた。


「……無事で、よかったよ」



倒れていた仲間たちは、全員、目を覚ましたという。


中継地点で押さえた毒の現物から、シルビィが解毒剤を作り上げた。もう、新しい毒が基地へ流れ込むこともない。輸送経路は炎獅子が押さえ、集積所の管理体制も見直されている。


「一人も、死ななかった」


シュンさんが、そう教えてくれた時。僕は、みっともなく泣きそうになった。


一人も、こぼれなかった。


三度死んで、地獄のような二百二十五秒を耐え切って、その結果がこれなら。

……全部、報われた気がした。


その日の午後、目を覚ました団員の一人が、わざわざ僕の病室まで来てくれた。


食堂で「残すなよ」と笑いかけてくれた、あの人だった。廊下でぐったりと倒れていた、あの人。


「よお、新入り。……いや、ユウマ、だったな」


やつれた顔で、それでも彼はにっと笑った。


「毒の元を止めたの、お前らなんだってな。……助かったよ。ありがとな」


言葉が、出なかった。


僕はただ、俯いて、何度も頷いた。



そして、間引 芽生は、生きたまま捕らえられ、基地の最下層で厳重に管理されているらしい。


「あの人、何か話しました?」


「……何も」シュンさんが首を振る。「ずっと黙ったままだよ。ただ、一度だけ」


「一度だけ?」


「君のことを、聞かれた。……あの新芽は何者か、って」


背中が、ぞわりとした。



「そういえば」


シルビィが、思い出したように言った。


「お前、ランクを見てみろ」


「え……?」


言われるまま、僕は拳を握った。


(タイムランク)


手の甲に、光が浮かぶ。


そこに刻まれた文字を見て――僕は、目を疑った。


〈G8〉。


「……は?」


G1じゃない。G8。


出発した日から考えると、6つも上がっている。


「え、なんで。僕、鍛錬なんて、ほとんど」


「そう。それがおかしいんだ」


シルビィが、眉間に皺を寄せた。


「タイランってのは、そう簡単に上がらない。真面目に鍛えて、数ヶ月で一クラス。それが普通だ。……なのにお前は、たった数日で6つ跳ねた」


「な、なんですか、それ」


「知るか。僕が聞きたい」


彼女は、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。


「強いて言うなら――何回もの死線を、一度に潜り抜けたみたいな数字だ。……そんなこと、あるわけないけどな」


僕は、答えられなかった。


心当たりが、ありすぎたからだ。


三度、殺された。そのたびに、あの男の刃を見て、癖を覚えて、死に方を覚えた。避けて、逃げて、削られて。……あの記憶は、確かに全部、この体に残っている。


死ぬたびに、僕のタイランは削れた。


でも、そのぶん積み上がった"死の記憶"は。どうやら、消えていなかったらしい。


(……そういう、ことなのか)


余命一年から、八年へ。


数字が戻ったわけじゃない。ゼロから、積み直しただけだ。


それでも――僕は、少しだけ、笑ってしまった。


無駄じゃ、なかったんだ。あの死は。あの、無様な二百二十五秒は。


死ぬたびに、弱くなる。それは、変わらない。次に死ねば、また削られる。


でも、削られたぶんだけ、僕の中には何かが積み上がっていく。


(……だったら)


まだ、戦える。


まだ、この人たちの隣に、立ち続けられる。


「おい。難しい顔してどうした」


「いえ」


僕は、首を振って笑った。


「……もうちょっと、生きられそうだなって」



しばらくして、お嬢が見舞いに来た。


包帯の巻かれた腕。それでも、背筋はいつも通りまっすぐで、相変わらず取りつく島もない顔をしていた。


……ただ、一つだけ違った。


以前のこの人は、いつも一人で立っていた。誰の隣にもいないような、そんな遠さがあった。


今日のこの人は、扉のところで、後から入ってきたシュンさんに何か短く言葉を交わしてから、こちらへ来た。それだけのことなのに、なんだか、不思議だった。


「……傷は」


「もう、平気です」


「そう」


会話が、途切れる。


気まずい沈黙。何か言わなきゃ、と焦っていると、彼女がぽつりと切り出した。


「あの時の言葉」


「え」


「一人で背負うな、というあれ。……誰かに、教わったの」


僕は、首を振った。


「いえ。……自分で、思ったことです」


その瞬間、彼女の瞳が、かすかに揺れた気がした。


「そう」


それだけ言って、彼女は背を向けた。扉の前で、一度だけ足を止める。


「……ありがとう」


小さな、けれど確かな声だった。


振り返らないまま、彼女は出ていった。


僕は、しばらく呆然と、その扉を見つめていた。


あの人に、礼を言われた。


それがどれだけ大変なことなのか、この一週間ちょっとで、僕はもう知っている。



数日後。


歩けるようになった僕は、久しぶりに食堂へ向かった。


廊下を歩いていると、視線を感じた。


すれ違う団員たちが、僕を見て、こそこそと何かを話している。前にもあった。無能の新人が来た、能力なしだ、と、憐れむような視線。


でも、今度は。少し、色が違った。


「……本当かよ、それ」


「本当だって。お嬢が、はっきりそう言ったんだよ」


角の向こうから、声が漏れてくる。


僕は、なんとなく足を止めてしまった。


「なんて言ったんだ」




「あの子は大丈夫、って」






しばらく、間があった。


「……嘘だろ」


「嘘じゃねぇよ。俺、その場にいたもん」


「あの人が。……新人に、それを言ったのか」


声に、はっきりとした驚きが混じっていた。


僕には、何がそんなに驚くことなのか、よく分からなかった。



「――ああ、そりゃ驚くだろうさ」


食堂で、メルドさんにその話をすると、彼はスープをすすりながら、あっさりと言った。


「あいつはな、新人のことを、絶対に"大丈夫"とは言わねぇんだよ」


「そう、なんですか」


「当たり前だ。新人ってのは、あいつにとっちゃ、目を離しちゃならねぇ相手だからな。……朝に何人出ていって、夜に何人帰ってきたか。あいつは全部、頭の中で合わせてる。一人でも合わなきゃ、寝ねぇんだよ」


そういえば、と思い出す。


あの人は、新人の名前を必ず初日に覚えると、間引が言っていた。


「だからな、坊主」


メルドさんが、にっと牙を覗かせた。


「あいつが"大丈夫"って言ったってことは。……お前を、守る対象から外したってことだ」


「え……」


「もう、数えられる側じゃねぇ。……一緒に数える側だ、ってな」


スープの椀を置いて、メルドさんは僕の頭をがしがしと撫でた。


「あいつの中で、お前はもう新人じゃねぇんだよ。……大したもんだ」



胸の奥が、じわりと熱くなった。


僕は、何も変わっていない。相変わらず能力もないし、力もない。三度死んで、無様に逃げ回っただけだ。


それでも。


あの遠かった背中が、ほんの少しだけ、こちらを向いてくれた気がした。


隣に立ちたい、と願った。あの日から、まだ何日も経っていない。


その距離は、まだ果てしなく遠いけれど。


――半歩だけ、近づけたのかもしれない。



〈幕間〉


「あの子は大丈夫」


我ながら、ずいぶん軽率なことを言ったと思う。


団員たちが目を丸くしていたのは、視界の端で分かっていた。私は今まで、新入りにその言葉を使ったことがない。使えるわけがなかった。私が目を離した瞬間に、あの子たちはこぼれていくのだから。


けれど、あの倉庫で。


血まみれで、みっともなく転がって、それでも立ち上がって、私の前に立った、あの背中を見てしまったから。


―――人で背負うな。


思い出すのは、いつもあの言葉だ。


似ていない。顔も、背丈も、声も。あの人とは、何ひとつ。


それに、あの子は言った。誰かに教わったのではなく、自分で思ったことだ、と。


……なら、ただの偶然だ。よくある言い回し。誰が口にしても、おかしくはない。


そう、何度も自分に言い聞かせて。


それでも、あの子が振り返る一瞬に。ほんの一瞬だけ。


――どうしても、あの人の面影が、重なってしまうのだ。


「……馬鹿ね」


誰にも聞こえない声で、私は呟いた。


あの人は、もういない。


そんなことは、誰よりも私が、よく知っているのに懐かしくなってしまう。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!

彼女が誰の面影を見ているのか。その答えは、もう少し先で明かされて、この物語の核心に触れる文脈になります。

まだまだ核心に触れるエピソードは先になりますが、引き続き楽しみにしていただけたら嬉しいです。


毎日更新しています。ブックマークしておくと、更新の通知が届くのと、筆者の励みになります。

これからもよろしくお願いします!

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