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やり直すほど、弱くなる ~死に戻りの代償は寿命。無能の僕が『英雄の再来』と囁かれる理由を、僕だけが知らない~  作者: ふゆう
第一章 無能の始まり

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第28話『誰も決めない』

「あなた方だけは、私が、きちんと片づけましょう」


湾曲した刃が、赤黒い光を弾いた。


その切っ先が、僕とお嬢へ向く。


――今しかない。


「みんな!」


僕は、掠れた喉を振り絞って叫んだ。


「こっちに来て、一緒に戦ってください……!」


「馬鹿、坊主! 巻き込まれるぞ!」


「いいんです!」


僕は、首を横に振った。


「一人ずつじゃ、勝てない。……この人は、一対一なら誰にも負けないんです。だったら、一対一にしなければいい」


間引の眉が、ぴくりと動いた。


「……ほう」


「それと」


僕は、息を吸って、言った。


「誰も、指示を待たないでください。僕も、何も決めません」


「はぁ?」ツグミさんが素っ頓狂な声を上げる。「作戦は?」


「ないです。……好きに、やってください」


我ながら、無茶苦茶なことを言っていると思った。


こんな新人の世迷い言を、誰が聞くだろう。


でも。


「――ふん。上等じゃねぇか」


メルドさんが、真っ先に牙を剥いた。


「元々、俺は考えるのが苦手なんだよ」


「僕も、それでいい」シュンさんが静かに頷く。「君の言うことは、たぶん正しい」


「あー、はいはい。好きにやればいいんでしょ」


ツグミさんが、面倒くさそうに首を鳴らした。


胸が、詰まった。


誰も、僕を笑わなかった。G1の、無能と呼ばれた新人の言葉を、この人たちは、ちゃんと聞いてくれた。



これでいい、と僕は思った。


作戦を作れば、それを持った誰かが読まれる。段取りを一人が抱えれば、その一人を潰されて終わる。お嬢がそうされたみたいに。


だったら、最初から、誰の頭の中にも"全体"を置かない。


一人ひとりが、自分の見えるものだけを見て、自分の判断で動く。それなら、読むべき"計画"は、この世界のどこにも存在しない。



「……面白い」


間引の声から、温度が消えた。


「ですが、烏合の衆は、烏合の衆ですよ」


「そうかもね」


答えたのは、ツグミさんだった。


「けど、あんた一人でしょ。……こっちは、五人」



戦いが、始まった。


最初に動いたのは、メルドさんだった。何の合図もない。ただ、獣が吠えて、真正面から突っ込んでいく。


「ええ、来ますね。左の肩から入って、右で薙ぐ」


間引が読み上げる。その通りに、メルドさんの豪腕が空を薙いだ。


――でも。


その時にはもう、シュンさんの糸が、間引の足元へ走っていた。


「っ」


半歩、下がる。糸が、その爪先を掠める。


「三時の方向、跳ぶよ」


ツグミさんの声。


跳んだ先に、お嬢の刃があった。


「……っ!」


初めて。


間引の黒衣が、裂けた。



僕も、動いていた。


戦えるわけじゃない。殴れも、斬れもしない。それでも、あの人の視界に入るところを、ふらふらと横切り続けた。


「――邪魔です」


苛立った声。刃が僕を薙ぐ。


躱せたのは、たぶん半分。残りは、当たった。腕が裂け、肩を打たれ、床を転がる。


それでも、いい。


僕がこの人の目を一瞬でも引けば、その一瞬、誰かが自由になる。


殿は、逃げる役じゃない。時間を稼ぐ役だ。……メルドさんが、そう教えてくれた。


「――なるほど」


彼は、後ろへ大きく跳んで距離を取った。裂けた肩口を、わずらわしそうに一瞥する。


「読みが、追いつきませんか」


その声が、初めて掠れていた。


そうだ。この人の目は、一つしかない。


メルドさんを読めば、糸を見落とす。糸を読めば、声を聞き逃す。声を読めば、刃が来る。


誰かを読んでいる間、他の四人は、この人の網の外にいる。


「けれど――」


間引の視線が、ぴたりとお嬢に据えられた。


「この方だけは、別です」



背筋が、凍った。


そうだ。この人は、お嬢を何年も観察してきた。癖も、思考の順序も、迷った時に選ぶ道さえ、全部知っている。


刃が、迷いなくお嬢の未来の位置へ滑る。彼女がどう動くかを、この人はもう知っている。


「お嬢! 考えないで!」


叫んでいた。


「決めないで、動いてください! この人は、決めたことを読むんです!」


お嬢の目が、大きく見開かれた。


そして――彼女は、笑った。


初めて見る、その顔で。


泣き笑いみたいな、けれど、憑き物の落ちたような笑い方だった。


「……ええ。もう、一人で決めるのは、やめたわ」


彼女は、刃を投げ捨てた。


「なっ――」


間引の読みが、一瞬、空白になる。


武器を捨てる。そんな選択は、この人の手帳のどこにも書かれていなかったのだろう。何年観察しても、この人には知りようがなかったのだ。変わった後の、この人のことを。


丸腰で踏み込んだお嬢の掌が、青い光を纏って、間引の胸へ突き刺さった。



「ぐ、っ……!」


間引が、初めて呻いた。


体勢が崩れる。その隙へ、獣が飛び込んだ。


「おらぁッ!!」


メルドさんの拳が、間引の腹へ深々と沈む。細身の体が、く、の字に折れて宙を舞った。


床に叩きつけられ、転がる。


「――足!」


ツグミさんの声と同時に、シュンさんの糸が、跳ね起きようとした間引の両脚に絡んだ。


「動かないで。……もう、終わりだよ」



倒れたまま、間引は僕を見ていた。


穏やかな仮面は、もうどこにもなかった。乱れた髪、切れた口の端、荒い息。


「……理解、できません」


彼は、呻くように言った。


「無能が。何の力もない、摘まれるべき芽が。……なぜ、私の庭を、荒らすのです」


僕は、ぼろぼろの体を引きずって、その前に立った。


「僕一人じゃ、何もできませんでした」


本当に、そうだ。


僕は何度も死んで、何も変えられなかった。避けようとして、先回りしようとして、全部無駄だった。


「でも、みんななら、できたんです。……それだけです」


「そんな、ものが」


「そんなもの、ですよ」


間引の顔が、歪んだ。


彼の信じてきた世界には、たぶん、それだけがなかったんだ。強い者が残る。弱い者は摘まれる。その理屈のどこにも、"みんなで持つ"という選択肢は、なかった。


だからこの人は、ずっと一人で見ていたのだ。人を数え、癖を記し、思考をなぞって。誰の背中も預からず、誰にも背中を預けずに。


……この人と、お嬢は。


もしかしたら、よく似ていたのかもしれない。


そう思った瞬間、僕は、この人を憎みきれなくなった。



その時。


倒れたままの間引の手が、そっと懐へ滑り込んだ。


僕は、その動きを、知っていた。


あの日、集積所で見た。追い詰められた老人が、同じ動きをして――そして、自分ごと消えた。


「――だめだ!!」


叫ぶより早く。


しゅ、と糸が走った。


「させないよ」


シュンさんの糸が、間引の手首を、懐の手前で縛り上げていた。


指の間から、小さな筒が転がり落ちる。


「……ああ」


間引は、それを見て。


小さく、笑った。


「そうですか。……最後まで、あなた方は、繋がっているのですね」


その体から、力が抜けていく。


こうして。


僕の三度の死と、二百二十五の数と、みんなの手で。


"庭師" 間引 芽生は、生きたまま、捕らえられた。



膝が、笑った。


支えを失ったみたいに、僕はその場に崩れ落ちる。指一本、もう動かない。


「――ユウマ!」


誰かの声。複数の足音。


視界が、ぐるりと回った。抱き起こされる感覚。血の匂い。それから、聞き慣れた、ぶっきらぼうな怒鳴り声。


「馬鹿野郎……無茶しやがって」


ああ。


生きてる。


今度は、誰も、こぼれなかった。


そう思った瞬間、僕の意識は、静かに途切れた。

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