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やり直すほど、弱くなる ~死に戻りの代償は寿命。無能の僕が『英雄の再来』と囁かれる理由を、僕だけが知らない~  作者: ふゆう
第一章 無能の始まり

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第27話『轟く』

「――遅ぇんだよ、俺は」


聞き覚えのある、低い声が、鉄の向こうから響いた。


「待たせたな、坊主」


次の瞬間。


轟音。


分厚い鉄の隔壁が、内側から抉れるように歪み――そして、根元から引き剥がされた。


耳を殴りつけるような、金属の断末魔。床が揺れ、天井から埃が滝みたいに降ってくる。もうもうと立ち込める粉塵の中を、ひしゃげた鉄板が滑っていき、倉庫の壁に叩きつけられて、そこにめり込んだ。


僕は、目を疑った。


あれを、素手で。


その煙の中に、大きな影が立っていた。


肩で息をしながら、拳を血に染めて。全身の毛を逆立て、牙を剥き出しにして。包帯の上から、いくつも古い傷を滲ませて。


――メルドさんだった。


「よぉ」


獣の目が、僕を捉える。


「ずいぶん、粘ったじゃねぇか」



膝から、力が抜けた。


「メルド、さん……」


崩れ落ちかけた僕の襟首を、大きな手が掴んで、引き上げてくれた。


「馬鹿野郎。まだ立ってろ」


その手の温かさに、危うく泣きそうになる。


背後から、次々と人影が続いた。シュンさん。ツグミさん。そして、炎獅子の団員たち。基地から駆けつけてきたのだろう、見覚えのない顔も混じっている。


「遅くなってごめん」シュンさんが、僕とお嬢の傷を見て、顔を歪めた。


「巻き上げ機が、壊されてたんだ。……先回りされてた」


だから、二百では足りなかったのか。


僕の計算が甘かったんじゃない。あの人が、そこまで潰していたのだ。


「けど、うちにゃ、機械より頑丈なのが一匹いたからね」


ツグミさんが、肩をすくめてメルドさんを指した。


「その傷で殴り続けるとか、正気じゃないよ」


「うるせぇ。……俺が先に着いてりゃ、こいつをこんな目に遭わせずに済んだんだ」


メルドさんの声が、低く震えていた。


その手が、僕の血まみれの腕を、そっと確かめる。あちこち裂けて、まともに動く場所などない体を。


「……よく、生きてたな」


「メルドさんが、教えてくれたので」


僕は、掠れた声で答えた。


「勝てない相手からは、逃げろって。……時を、買えって」


メルドさんが、ぐっと言葉に詰まった。それから、乱暴に僕の頭を撫でて、ぼそりと言った。


「……上出来だ、坊主」



そして、お嬢が。


血だまりの中で、それでも武器を握ったまま、立っていた。


「……よく、来たわね」


「当たり前だ。段取り、聞いてたからな」


メルドさんが、にっと牙を覗かせる。


「集合地点も、機械室の位置も、お前が全員に教えたんだろ。……おかげで、迷わずここまで来れた」


お嬢の唇が、わずかに震えた。


「……そう」


それだけ言って、彼女は前を向いた。


けれど僕には見えた。その横顔が、ほんの少しだけ、泣きそうに歪んだのが。



「――やれやれ」


その、白けたような声で。


空気が、また張り詰めた。


間引だった。


彼は、剥がれた隔壁の残骸を眺め、心底つまらなそうに、ため息をついていた。


「せっかく、私が楽しんでいましたのに。……これでは、すっかり興が削がれてしまいました」


「てめぇが、()()か」


メルドさんの喉から、獣の唸りが漏れる。


「ええ。はじめまして」


丁寧に、間引は頭を下げた。


「ですが、順番というものがございます。私は今、この新芽と、大切な時間を過ごしていたのですよ。……無粋な方々に、割り込まれる筋合いはございません」


彼は、指を軽く鳴らした。


その音が、静まり返った倉庫に、やけに大きく響く。



――ざわり、と。


倉庫の暗がりが、動いた。


積み上がった木箱の陰から。上階の通路から。天井の梁の上から。


黒衣の男たちが、次々と姿を現す。五人、十人。数え切れない。どれも、あの日僕を殺しかけた金髪の男と、同じ気配を纏っていた。


選民派。


僕を殺しかけた、あの金髪の男の同類。それが、倉庫を埋め尽くすほどの数、湧いて出た。


ぞわりと、背筋が冷える。あの日、たった一人に手も足も出なかった僕が、この数を前にして、何ができるというんだ。


「彼らと、遊んでいてください」


間引は、微笑んだ。


「私は、まだこの子と、話の途中ですので」


「――ふざけんな!」


メルドさんが吠える。だが、その前に、黒衣が壁のように立ちはだかった。


数が、多すぎる。


「シュン!」


「――分かってる」



シュンさんが、前へ出た。


いつもの穏やかな顔のまま、静かに両手を持ち上げる。指を、ゆっくりと開く。


その所作は、戦うというより、何かを整えているみたいだった。


「〈縁糸(えにし)〉」


その瞬間。


倉庫の空気が、きらり、と光った気がした。


見えるか見えないかの、細い糸。それが、彼の指先から幾筋も伸びて、床へ、壁へ、柱へ、梁へと張り渡されていく。一本、十本、数え切れないほど。倉庫そのものが、巨大な織物の中に取り込まれていくようだった。


黒衣の男たちが、駆け出した。その足が、地面を蹴った瞬間。


「――かかった」


ぴん、と糸が張る。


先頭の三人が、同時にもんどり打って転倒した。慌てて起き上がろうとした腕にも、首にも、糸が絡みつく。もがくほどに、それは深く食い込んでいく。


「な、なんだこれ……っ!」


「悪いね。うちは、繋ぐのが仕事なんだ」


シュンさんが、指をわずかに動かす。


それだけで、糸の網が生き物みたいにうねり、次の三人を絡め取った。


「――今だ、メルド!」


「おうよ!」


解き放たれた獣が、糸に囚われた敵の群れへ躍りかかる。


一撃。豪腕が、黒衣の体をまとめて薙ぎ払った。壁が砕け、木箱が吹き飛ぶ。


「上、二人!」


ツグミさんの声が飛ぶ。梁の上から飛び降りようとしていた影が、シュンさんの糸に絡め取られ、無様に落ちてきた。


「右奥、まだ三人隠れてる。……そっちの柱の裏!」


「了解」


シュンさんの指が、柱へ向く。糸が走り、闇の中で悲鳴が上がった。


繋ぎ、止め、殴り、報せる。


四人が、まるで一つの生き物みたいに動いていた。


誰も、一人で全部をやろうとしていない。ツグミさんは見つけるだけ。シュンさんは止めるだけ。メルドさんは砕くだけ。誰かの手が足りなければ、別の誰かが埋める。それだけのことで、あれほど絶望的だった数の差が、じりじりと押し返されていく。



僕は、その光景を、呆然と見ていた。


すごい、と思った。


一人ひとりが、自分の役目を知っている。誰も、全部を背負っていない。


誰かが囲まれれば、別の誰かが声を飛ばす。糸が止め、牙が砕き、鼻が次の敵を見つける。


――ああ。


これが、あの人が言っていた"群れ"なんだ。


「……ふむ」


その戦況を眺めて、間引が、小さく呟いた。


「よく、動きますね」


その声が、少しだけ、硬い。


彼は、群れを見ていた。糸を張る手を。牙を剥く獣を。声を飛ばす鼻の利く女を。


一人ずつ、順に。


……そうだ。


胸の奥に残っていた、あの小さな種が。今、はっきりと芽を出した。


一対一であれば、読めぬ者はいない。


――じゃあ、この人は今。誰を、読んでいるんだ。


あの糸を読めば、牙を見落とす。

牙を読めば、声を聞き逃す。


この人の目は、たった一つしかないのに、追うべきものが四つも五つもある。


初めて、"届くかもしれない"と思った。


「さて」


間引の視線が、僕とお嬢へ戻ってくる。


「邪魔者は多いですが。……あなた方だけは、私が、きちんと片づけましょう」


湾曲した刃が、赤黒い光を弾いた。

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