第21話『あの人の言葉』
「一人で、背負わないでください」
新人の少年が口にしたその言葉に、私はほんの少しだけ、足を取られた。
似ている。言い方も、声も、まるで違うのに。触れてくる場所だけが、同じだった。
――ずっと昔に、似たようなことを言われたことがある。
*
まだ、この体が今ほど言うことを聞かなかった頃。
私たちの集まりは、組織と呼ぶのもおこがましい、ただの寄せ集めだった。行き場のない者が転がり込んできては、また出ていく。看板も、規律も、ろくにない。
その真ん中に、あの人はいた。
「なあ。飯、まだか」
「まだです。……というより、あなたが薪を取ってくると言って、二時間、戻ってきませんでしたね」
「いや、それがな。途中で子どもが泣いてて」
「またですか」
「またなんだ」
悪びれもせず笑うその顔を、私は今でもよく覚えている。
強い人だった。強かったはずなのに、記憶の中のあの人は、なぜか、こういう間の抜けた顔ばかりしている。
書きものは苦手で、名簿はいつも私が付けた。日が高いうちから寝ていることもあった。誰かに頼られると断れず、その日の食いぶちまで人にやってしまうような、いい加減な人だった。
「あなた、団の長という自覚はあるんですか」
「ない。だいたい、誰が長だなんて決めた」
「みんなが、あなたに聞きに来るからです」
「じゃあ、俺じゃなくてお前に聞くように言っといてくれ」
そう言って、あの人は寝返りを打った。三日後には、また誰かの厄介ごとを背負い込んで帰ってきた。
それでも、あの寄せ集めは、あの人を中心に回っていた。
理由は、今なら分かる。
あの人は、誰のことも、数に入れていなかった。強い者も、弱い者も、昨日来たばかりの者も。全部、同じ重さで扱っていた。
*
当時の私は、それが気に入らなかった。
弱い者を同じように扱えば、そのぶん誰かが割を食う。守るには力がいる。力のない者を守れるのは、力のある者だけだ。
だから私は、強くなろうとした。
誰よりも早く起きて、誰よりも長く鍛えた。段取りを覚え、地形を覚え、危険を数え上げた。全部、私が背負えばいい。そう思っていた。
新入りの護衛を任された日も、そうだった。
「手伝おうか」
「結構です。人数を増やせば、それだけ穴が増えます」
「……そうか」
あの人は、何か言いたげにしていたけれど、結局、頷いた。私を止めなかった。
今にして思えば、それは信頼だったのだろう。あるいは、そう信じたかっただけかもしれない。
*
結果は、惨敗だった。
私の組んだ経路は、読まれていた。伏せられた敵は、私の想定の倍。前を守れば後ろが崩れ、後ろへ戻れば前が食われた。
私は速かった。誰よりも速く動けた。
それでも、体は一つしかなかった。
叫べば、誰かが応えてくれたかもしれない。助けを呼べば、間に合ったかもしれない。でも私は、呼ばなかった。呼べなかった。これは私が引き受けた仕事で、私が失敗を認めることは、私が弱いと認めることだったから。
目の前で、新入りが二人、地に伏せた。名前を覚えたばかりの子たちだった。片方は、昨日、私に焼き菓子を分けてくれた。もう片方は、いつか私みたいになりたいと、恥ずかしそうに笑っていた。
手を伸ばした。届かなかった。
私は、四人しか連れて帰れなかった。連れて出たのは、六人だったのに。
*
その夜、私は誰もいない裏手に座り込んでいた。
血を拭うことすら、忘れていた。頭の中は、ただ真っ白で。それでいて、同じ問いだけが、ぐるぐると回っていた。
私がもっと強ければ。私がもっと先を読めていれば。私が、もっと。
足音が近づいてきて、隣に、どさりと誰かが座った。
あの人だった。
叱られる、と身構えた。責められて当然だと思った。
けれど、あの人は何も言わずに、湯気の立つ椀を、私の膝の上に置いた。
「食え。冷めるぞ」
「……食欲は、ありません」
「知ってる。それでも食え。腹が減ってるやつの後悔は、たいてい実物より重い」
言われるまま、一口すすった。塩気が強すぎて、しょっぱかった。あの人が作ったものは、だいたい、いつもそうだった。
しばらく、二人とも黙っていた。虫の声だけが、やけに大きかった。
「……私の、責任です」
やっと絞り出した声は、みっともなく震えていた。
「私が全部、背負うはずでした。なのに、二人も」
「うん」
「……慰めないんですね」
「慰めても、あの二人は帰ってこないからな」
その言葉は、冷たいはずなのに。不思議と、突き放されたようには聞こえなかった。
あの人は、膝を抱えたまま、夜空を見上げていた。
「なあ。ひとつだけ、言っていいか」
「……はい」
「一人で背負うな」
その声は、静かだった。
「こぼれそうなものは、みんなで持てばいい。……俺たちは、そのために群れてるんだろう」
胸の奥を、まっすぐに射抜かれた気がした。
「……でも。私が背負わなければ、誰かが背負うことになります」
「そうだな。だから、みんなで持つんだ」
なんでもないことのように、あの人は言った。
「一人が全部持つと、その一人が転んだ時に、全部落ちる。……お前が今日、そうだったみたいにな」
言葉が、出なかった。
顔を上げた私に、あの人は、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「まあ、俺が言えた義理じゃないけどな。薪ひとつ、まともに取ってこられん男だし」
*
その夜のことを、私は今も覚えている。
椀の熱さも、塩辛さも。あの人の、少し猫背の背中も。
あの人は、もういない。
いつからいないのか、どうしていなくなったのか。それすら、私は正しく語ることができない。ある日を境に、あの人の姿は、この世界のどこにもなくなっていた。
残ったのは、あの人が作った寄せ集めと、そこから育った今の団と。それから、あの言葉だけだった。
あの言葉だけが、私の中に残った。私はそれを大事に、大事に、抱えてきた。誰にも渡さないように。
――そう。
抱えて、きてしまった。
一人で背負うな、という言葉すら。私は、一人で背負ってきたのだ。
「仲間を、一人もこぼさない」
それが私の誓いになった。けれどいつのまにか、それは「私が失敗してはならない」という意味に、すり替わっていた。
だから今も、私はすべてを自分の頭の中で組み立てる。誰にも預けない。預ければ、その人が背負うことになるから。
……あの人が言いたかったのは、たぶん、そういうことでは、なかったのに。
*
「――お嬢?」
声に、意識が引き戻された。
黒く濁った水路。並ぶ倉庫。そして、私を見上げている、頼りない新人の顔。
一人で、背負わないでください。
なぜ、あなたがそれを言うのか。
私は、この子を知らない。落ちてきたばかりの、無能と呼ばれる、G1の子。あの人とは、顔も、背丈も、声も、何ひとつ似ていない。
それなのに。
なぜ、この子の言葉は、あの夜と同じ場所に触れてくるのだろう。
……いいえ。考えすぎだ。あの言葉は、そう珍しい言い回しでもない。誰が口にしたって、おかしくはない。
そう自分に言い聞かせて、私は雑念を振り払った。今は、目の前のことだけを考えるべきだ。
「……ユウマ」
「は、はい」
「――全員、集まりなさい」
私は、水路に背を向けて言った。
「段取りを、共有するわ。逃げ道も、集合地点も、はぐれた時の判断も。全部」
団員たちが、驚いたように顔を見合わせる。当然だ。私は今まで、こんなことをしたことがなかった。
「……珍しいこともあるもんだね」
ツグミが、ひゅう、と口笛を吹いた。
私は答えなかった。
ただ、胸の奥で、ずっと固まってい




